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弁護士が解説!5分で分かる、合意退職・辞職の基礎知識と実務対応(就業規則例を含む)

公開日:2021/11/02

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2023年1月19日(木)【医療業・福祉業向け】弁護士が教える!判例から読み解くハラスメント対策の勘所2023

この記事の執筆をした飯島先生が講師を務めるセミナーのご紹介。労働訴訟専門の弁護士の視点から、医療業・福祉業におけるハラスメント対策の勘所について最新の情報提供をさせていただきます。

企業担当者として、次の状況にどう対応したら良いでしょうか。

  • 退職届を提出した従業員が退職を撤回すると言ってきた
  • 退職勧奨をしたところ、従業員が「退職には応じるが解雇にして欲しい」と言ってきた

このコラムでは、企業側労働法弁護士が、合意退職・辞職の基礎知識と実務上の運用ポイント(就業規則例)をわかりやすく解説します(無料DL書式あり)。


1 合意退職・辞職の基礎知識

⑴ 合意退職

合意退職とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することをいいます。

退職日は、双方の合意に基づいて決めます。

労働者は、使用者が承諾の意思表示をするまでは、特段の事情のない限り、自由に撤回できると解されています。

この場合の使用者の承諾は、退職の承認権限を持つ人事部長等によることが必要です。


⑵ 辞職

辞職とは、労働者による労働契約の一方的解約をいいます。

期間の定めのない労働者は、民法627条1項に基づき、いつでも解約の申し入れができ、退職の理由は必要ありません(労働者には辞職の自由が認められています)。

退職の効力は、辞職の意思表示の到達後、2週間の経過をもって発生します。

労働者から退職届が出された場合、それが合意退職の申し込みなのか、辞職の意思表示なのかが不明確な場合がありますが、いずれの意思表示なのかが不明確な場合、合意退職の申し込みと解釈されることがあります。


⑶ 合意退職(辞職)の意思の有無が問題になることもある

裁判実務では、退職の意思表示とされている言動が、確定的な意味でのそれと評価できるかが争点になることがあります。

例えば、売り言葉に買い言葉で、労働者が「こんな会社辞めてやる」と言ったとしても、この発言のみでは確定的な意味での退職の意思表示とは評価されない可能性があります。
使用者(企業担当者)としては、このような状況になった場合、その真意を確認し退職の意思があるのであれば、退職届を提出してもらうなどして、退職の意思を客観的に明らかにすることが重要です。


⑷ 労働者が合意退職(辞職)の意思表示を取り消すことができる場合

労働者が上記⑴及び⑵の意思表示をしたとしても、次のいずれかに該当する場合、労働者は当該意思表示を取り消すことができます(改正民法施行後は、錯誤は無効事由から取消事由になっています)。

  • 強迫(例:使用者が労働者に畏怖心を生じさせて退職の意思表示をさせたこと)
  • 錯誤・詐欺(例:客観的には解雇事由や懲戒解雇事由がないのに、これがあるかのように労働者を誤信させて退職の意思表示をさせたこと)

したがって、使用者としては、労働者が退職届を提出しさえすれば全て問題がなくなるわけではないことを理解する必要があります。

仮に、退職の意思表示に瑕疵があると認められる場合、労働者から「退職の意思表示を取り消します。その結果、私はまだ会社に在籍していますので、その間の賃金を支払ってください」との主張がされることになります。


⑸ まとめ

合意退職と辞職の違いをまとめたものは、次のとおりです。

種類  性質 退職日 労働者による撤回の可否
合意退職 労働者と使用者の合意 双方の合意日 使用者(人事権者)に到達後、使用者(人事権者)の承諾の意思表示までは可能
辞職

労働者による単独行為

使用者に到達後2週間経過後 使用者(人事権者)に到達するまでは可能。その後は不可

2 実務上の対応①:正社員就業規則例

⑴ 正社員就業規則例

例えば、一案として、次のような正社員就業規則例が考えられます。

(退職)

第●条 労働者が次のいずれかに該当するときは、退職とする。 

  1. ①退職(合意退職)を申し込み会社が承認したとき
  2. ②退職(辞職)を申し出て2週間が経過したとき
  3. ③(略)
2 前項1号及び2号の場合、原則として、1ヶ月以上前までに退職届を提出するように努めなければならない。

⑵ 解説

ア 合意退職

正社員就業規則例では、合意退職の要件として、退職の申し込みと会社の承認が必要であることを記載しています。

ケースによっては、退職勧奨をきっかけに、合意退職に至ることがあります。

退職勧奨とは、辞職を勧める使用者の行為、または、労働者による合意解約の申し込みを誘引する事実行為であり、使用者は基本的に自由に行うことができます。

しかし、その手段、方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した場合、当該行為が不法行為として違法になる可能性があります。

したがって、使用者として退職勧奨を行う場合、①時間(時間帯)、②場所、③人数、④退職条件(特別退職金等)、⑤回数、⑥発言内容等に留意した上で、労働者の自由意志を尊重できる状況を作ることが重要です。

イ 辞職

前述のとおり、労働者からの期間の定めのない雇用契約の解約(辞職)は、解約の申入れ日から2週間を経過することによって終了します(民法627条1項)。

したがって、この場合、使用者の承諾の有無に関係なく、2週間が経過すれば、労働者は退職することができます(労働者には辞職の自由が認められています)。

ウ 退職届の提出期限を設定できるか

辞職を定めた民法627条1項の趣旨は、使用者による不当な人身拘束を防ぐことにあると考えられています。

民法627条1項について、(これを任意規定と解する見解もありますが)これを強行規定と解する裁判例(広告代理店A社元従業員事件・福岡高判平成28年10月14日)があることから、同条項に反する就業規則等の規定は無効になる可能性があります(例えば、退職の1か月前までに辞職を申し出ることを要件とする規定は無効と判断される可能性があります)。

そこで、正社員就業規則例では、法令遵守の観点から、事実上の協力を求める形で、「1ヶ月以上前までに提出するよう努めなければならない」という記載例にしています。


3 実務上の対応②:設例への対応

⑴ 退職届を提出した従業員が退職を撤回すると言ってきた

本設例の場合、(退職届が提出された経緯や退職届の記載内容等にもよりますが)辞職の意思表示であることが明確ではない場合、合意退職の申し込みを前提にするのが穏当です。

この場合、従業員が退職を撤回する前に、(a)使用者が既に承諾をしている場合には撤回を拒むことができますが、(b)使用者がまだ承諾をしていない場合には撤回を拒むことはできません。
したがって、上記(a)または(b)のいずれのケースかを見極めることが重要です。

なお、使用者による退職の承諾は、口頭でも構いませんが、後に、「言った、言わない」が問題になることがありますので、実務的に退職の承諾の意思表示は、書面により行うことが重要です。
※本コラムの特典として無料DL書式(退職承諾書)を用意しています(リンクは下部)。


⑵ 退職勧奨をしたところ、従業員が「退職には応じるが解雇にして欲しい」と言ってきた

使用者が労働者に退職勧奨をした際、労働者が(失業等給付における特定受給資格者の意味で述べている可能性もありますが)「退職には応じるが解雇にして欲しい」と要望することがあります。

この場合、使用者が良かれと思って解雇にしてしまうケースを散見しますが、合意退職と解雇は、法律関係が大きく異なります。

すなわち、退職合意の場合、意思表示の瑕疵(強迫、詐欺、錯誤)は問題となり得ますが、解雇権濫用法理等の解雇規制は要求されません。

したがって、使用者は、退職合意の事案において、解雇扱いにしないことが重要です。


4 まとめ:雇用の流動化と企業の秘密情報管理

昨今では、人材の流動化がキーワードになっていることもあり、今後、労働契約の締結(入口)と終了(出口)の出入りが増えることが予想されます。

この場合、企業秘密の情報管理体制を改めて点検しておくことが重要です。

すなわち、退職労働者との関係では、在職中・退職後に秘密情報を漏洩・使用させないこと等が重要になります(転職者を受け入れる際も、転職元の秘密情報を意図せず侵害しないことが重要です)。

これからは、企業として、労働者と労働契約を適切に締結・終了させることはもちろん、これと同時に、企業秘密を守ることを念頭に置くことが重要になってくるものと思われます。


この記事の執筆者
飯島 潤
飯島 潤(いいじま じゅん)
弁護士 

多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。
経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。

著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。

URL:http://www.tamura-law.com/