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弁護士が解説!5分で分かる、労働条件の不利益変更の基礎知識と実務対応(就業規則例を含む)
「社員の労働条件を統一的に変更したい。どう進めてよいか、ブリーフィングして欲しい」
企業担当者として、このような職務を任された場合、どう整理すれば良いでしょうか。
このコラムでは、企業側労働法弁護士が、労働条件の不利益変更の基礎知識と実務上の運用ポイント(就業規則例)を分かりやすく解説します。
1 労働条件の不利益変更の基礎知識
⑴ 労働条件の設定方法
ア 合意による労働条件設定
第一に、労働契約は、労働者が労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、双方が①合意することによって成立します(労契法6条)。
そして、労働条件は労働契約の内容ですので、労働条件の設定もまた双方の合意によることが原則となります。
ただし、就業規則で定める基準に達しない合意は無効となり、就業規則で定める基準となります(労契法12条、労基法93条)。
イ 就業規則による労働条件設定
第二に、使用者が合理的な労働条件を定めた②就業規則を労働者に周知していた場合、労働契約の内容は、就業規則で定める労働条件となります(労契法7条本文)。
また、就業規則よりも有利な労働条件を合意していた場合、この合意が有効になります(労契法7条ただし書)。
ただし、就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、労契法第7条、第10条及び第12条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用されません(労契法13条)。
ウ 労働協約による労働条件設定
第三に、当該労働者が組合員の場合、③労働協約の内容が労働条件になります(労組法16条)。
エ 小括
以上をまとめたイメージ図は、次のとおりです。
なお、労使慣行の説明は省略します。
⑵ 労働条件の不利益変更の方法
労働条件の不利益変更とは、労働契約の内容である労働条件を将来に向けて労働者に不利益に変更することをいいます。
その方法は、①合意、②就業規則の改訂、及び③労働協約の締結・改訂があります。
労働条件の不利益変更は、合意によることが原則(労契法8条、9条)ですが、例外的に、就業規則の変更による方法で、合意なく実施できる場合があります(労契法10条)。
本コラムでは、主に②の説明をします。
2 実務上の対応①:正社員就業規則例
⑴ 正社員就業規則の改訂案
例えば、一案として、次のような正社員就業規則の改訂案が考えられます。
変更前 | 変更後(案) |
---|---|
(通勤手当) 第●条 2 前項の支給は、公共交通機関を使用するものとし、会社が認める合理的かつ経済的な経路に限る。 |
(通勤手当) 第●条 2 前項の支給は、公共交通機関を使用するものとし、会社が認める合理的かつ経済的な経路に限る。 (附則) |
⑵ 解説
ア 検討手順
(ア)労働条件の不利益変更該当性の考え方
労働条件の不利益変更は、変更前後の就業規則の内容を形式的に見て、(有利に変更される部分(代償措置等)があったとしても)不利益の部分があれば、労契法10条の問題になると考えられています。
(イ)変更の合理性(労契法10条)
労働条件の不利益変更の合理性は、次の要素を総合考慮して判断されます。
すなわち、次の図のとおり、①と②の相関関係において、判断するイメージです。
上記①は、不利益となる程度(減少額や減少幅)がポイントになります。
上記②は、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、・・・高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである」ことが必要になります(大曲市農協事件=最判昭63・2・16)(下線は筆者)。
上記③は、賃金原資の減少を伴うか否か、代償措置や経過措置の有無等がポイントになります。
上記④は、労働組合や労働者との間での交渉状況(説明内容)、合意の有無がポイントになります。
イ 正社員就業規則改訂案の検討
(ア)労働条件の不利益変更該当性の検討
上記2⑴の通勤手当について、変更前後において、実費支給であることに変わりないため、不利益変更ではないという議論もあり得ますが、定期代相当額を受給できなくなる可能性があることから、不利益変更に該当すると整理するのが穏当です。
(イ)変更の合理性(労契法10条)の検討
たしかに、就業規則等で諸手当の支給条件や支給基準が具体的に定められている場合には、労基法上の「賃金」に該当します(昭和22・9・13発基17号)。
そのため、上記2⑴の通勤手当は労基法上の「賃金」に該当するため、変更の高度な必要性が求められる可能性があります。
しかし、通勤手当は、実費支給であり、実態として、労働の対価とはいえないため、不利益の程度は大きいとはいえないと考えられます(本来、通勤費は労働者が負担すべきものといえます(民法484条参照))。
また、テレワークが導入されている企業の場合、出社日数が減少することから、不必要な通勤費の支出を抑える必要性が認められる可能性があります。
したがって、例えば、通勤手当の改訂によって抑えられる費用を原資として、在宅勤務手当などの代償措置を講じることにより、労働者の不利益が緩和されていること、及び就業規則の改訂手続を十分に行うことを前提に、変更の合理性を肯定できる可能性があると考えます(なお、実務的には、次のとおり、労働者の合意を得ることが重要です)。
3 実務上の対応②:就業規則改訂までのスケジュール案(一例)
労働条件の変更を検討する場合、手続的には、次のスケジュール案が一例として考えられます。
ただし、企業ごとに、事業場の数、従業員数(雇用管理区分の別)、労働組合の有無などの事情が異なりますので、オーダーメードの計画を立てることが重要です。
なお、労働者から合意を得たとしても、就業規則の該当部分を改訂していない場合、その合意は無効となり、就業規則で定める基準となります(労契法12条)ので、就業規則の改訂も併せて実施する必要があります。
また、労働者が合意書に署名押印をしたとしても、後に合意の有効性が争われる可能性がありますので、合意を取得する際には、労働者にとって不利益な内容も含め、労働者が合意するかを判断するために必要十分な情報を提供することが重要です。
4 まとめ:賃金はどのように決定されるか
労働条件のうち、労働者の関心事は、「給与(賃金)をいくら受け取ることができるか」(経営者側からみると、「給与いくらに値する人材か」)にあると思われます。
しかし、そもそも、賃金はどのように決定されるのでしょうか。
賃金の決定要素には、①年齢、②勤続年数、③生計費、④扶養家族数、⑤能力、⑥職務、⑦成果・業績があると説明しているものがあります(「賃金・賞与制度の教科書」高原暢恭・労務行政・31頁参照)。
他方で、企業は国が定める最低賃金制度を遵守しなければなりません。
また、賃金制度には、職能資格制度に基づく職能給や成果主義賃金制度(例えば、職務給)等があり、このうち、職能資格制度の原型については、「官庁の「任官補職※」原則と、軍隊型の階級制度が、明治期の日本企業に広まった。これは、戦後の日本企業にも職能資格制度という形で残り続けた。」(「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」小熊英二・講談社現代新書・214頁)という指摘があります。※任官補職:まず官に任ぜられ(任官)、そのあと職務が与えられる(補職)こと
さらに、戦後直後には、生活費を重視した生活保障型の賃金体系(電産型賃金体系)が普及したといわれています(他にも労働経済学からのアプローチ等もあります)。
したがって、日本(の企業)で導入されている賃金制度は、様々な経緯や変遷を経ていることから、賃金の決まり方に対する回答は、容易ではないことが分かります。
以上より、賃金とは何かを根源的に考える場合、明治期以降から現在まで続く、日本の雇用社会の在り方(会社設立から現在まで続く、各社における雇用の在り方)に関わるテーマになるのではないでしょうか。
筆者プロフィール
飯島 潤(いいじま じゅん)
多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。
著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。
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