公開日:2024/01/16
メンタルヘルス不調を理由に休職している社員がいるのですが、最近になって、「メンタル不調の原因は上司からのパワハラである」と述べるようになりました。
また、当該社員と連絡が取れないこともあり、困っています。
会社として、どのように対応したら良いでしょうか。
ア 問題の所在
労災によって社員が疾病を発症した場合、当該休業期間とその後30日間は解雇が制限されます(労基法19条1項)ので、疾病が業務に起因している場合、休職期間満了により退職扱いにすることは、上記規定により無効となります。
そのため、労災か私傷病かでは、その対応が大きく変わってきますので、その見極めが重要になります。
イ 事実確認
(ア)当該社員が主張している事実の確認
当該社員の体調に配慮しつつ、当該社員の主張を確認していきます。
例えば、上司からパワハラを受けたとのことであれば、5W1Hを意識しながら事実関係をヒアリングしていきます。具体的には、いつ、どこで、誰が、誰に対して、どのような言動を行ったのかを聞いていきます。
そして、上記主張を裏付ける証拠(メール、録音、目撃者の証言など)があるかを確認します。
(イ)診断書等の再確認
これまで当該社員が提出した診断書等の書類の中に、職場内で問題があった旨の記載がなされているかなどを再度確認します。
(ウ)社内調査の要否の検討とその実行
当該社員の意向を確認した上で、行為者とされる者や目撃者からヒアリングを行うことを検討します。
(エ)労災申請の有無
当該社員が労災申請しているか否かを確認します。
通常、労災申請の有無は、当該社員から「労災申請するので、事業主証明をして欲しい」という連絡があったり、社員による労災申請後、労基署から会社に関係書類の提出を求める連絡が来たりすることによって把握することが多いです。
まず、いつから当該社員との連絡が滞りがちになっているか等を確認します(もし分かれば、一人暮らしか、同居人がいるかなども社内で確認します)。
次に、休職中の連絡頻度・方法について、就業規則に規定があるかや本人との間で取り決めがなされていたかを確認します。例えば、就業規則に、「従業員は、休職期間中、会社の指示に基づき、連絡、報告、及び復職に向けた面談、診断等を行わなければならない。」という規定がある場合があります。
ただし、メンタル不調のケースにおいて、この規定をどこまで全面に出して対応するかは慎重な検討が必要です。
※就業規則例の詳細は、弁護士が解説!5分で分かる、私傷病休職(メンタルヘルス)の基礎知識と実務対応(就業規則例を含む)
また、休職中の本人以外の連絡先として、例えば、会社から家族(緊急連絡先、身元保証人)への連絡について、本人から意向確認しているかを確認します。
なお、会社担当者としては、メンタルヘルス不調に家族関係が影響している可能性があることを頭の片隅に置いておくことが重要です。
ア 労災認定の判断がまだされていない場合
(ア)会社が労災であると考える場合
この場合、私傷病休職ではなく、労災として扱うことになります。
(イ)会社が労災であると考えない場合
この場合、私傷病休職として扱うことになります。
イ 労災認定の判断がされた場合
(ア)労基署が労災認定をした場合
この場合、私傷病休職ではなく、労災として扱うことになります。
(イ)労基署が労災認定をしなかった場合
ウ まとめ
労災でない場合と労災である場合の取り扱いの違いは、次のとおりです。
休職に入る際に、当該社員との間で連絡を取る頻度・方法・内容・本人以外の連絡先について、同意を得ていた場合、その同意に基づいて連絡を試みます。
休職中は、定期的に療養状況を報告してもらうことが重要です(※)。
もっとも、当該社員に不必要な負担を課した場合、メンタルヘルス不調が悪化してしまう可能性がありますので、求職中の連絡頻度等は、適宜、本人の同意を得た上で主治医から意見を聞いたり、産業医から助言を受けたりしながら対応を検討することが重要です。
※本コラム特典として、「定期報告書(例)」(ワード)の無料DLを用意しています(詳細は後述)。
会社として、調査をしたものの、パワハラの事実関係が認められない場合、その旨を社員に伝えます。
ただし、当該社員が「会社から労災申請をするなと言われた」と受け止められないよう、伝え方には注意が必要です。
なお、当該社員から労災申請書の事業主証明欄への記入・押印を求められることがあります。会社として、労災申請手続には、可能な限り協力すべきではありますが、会社として認められない事実関係を前提に事業主証明をすべきではありません。
社員との間で定期的に連絡が取れている場合、特段の問題は生じませんが、当該社員と連絡が付かない場合、その対応が問題になります。
例えば、当該社員が自死をほのめかす言動をした後、連絡が付かなくなった場合、すぐに親族、警察や主治医等に連絡して協力を求めるべきです。
この点について、本人からあらかじめ親族等に対して連絡をすることの同意を得ていない場合、個人情報保護法の問題は生じ得ますが、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」(同法27条1項2号)に該当すると整理して、本人の同意を得なくとも、親族等に連絡をして状況を伝えることが考えられます。
この場合、本人の個人情報保護やプライバシーよりも、本人の生命を優先する対応をすべきことになります。
なお、緊急ではない場面において、本人の個人情報を第三者に開示することは問題になり得ますので、状況判断が重要になります。
休職以降、社員に連絡をせずに放置していた場合、休職期間満了直前になって急いで連絡を取ろうとしても、思うように連絡が取れないことがあり得ます。
この場合、復職可否の判断をするための材料もなければ、時間的余裕もない状況となり、難しい対応を迫られることになります。
会社としては、社員との連絡が途切れないよう、主治医・産業医の協力を得つつ、定期的に休職中の状況を把握するよう努めることが重要になります。
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多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。
経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。
著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。
URL:http://www.tamura-law.com/