更新日:2022/01/28
行きつけの美容院で、担当してくれる若い店員さんたちと話をしていると、「美容院の仕事は立ち仕事も多く体力が要るので大変」、「特に最初は技術力や接客力も並行して磨かなければいけないので、一般企業に就職した友人の話を聞いていると、楽しそうだな、羨ましいなと思うことも時々ある」と言っていました。でも私は、「いや、美容師ほど世界中どこでも働けて、しかもニーズがあり続ける仕事ってそれほどないから、それを若いうちから職業に選ぶなんてセンスありますよ」とお伝えしています。それはお世辞でも励ましでもなく、実際にグローバルな視点で見ると、美容師は限りなく有利な職業の一つです。
日本国内だけのことを考えれば、待遇や労働環境など、もっと良い条件の職業はたくさんあるでしょうが、日本語しか話せない人がいきなり外国に行って、そのまま実務スキルが通用する職業や職種は実は思うほどはありません。
たとえば議論が中心となる仕事、言葉を使う仕事が中心の場合、まずその国の言葉が喋れない、聞き取れないと最初から太刀打ちできません。ビジネスレベルの語学力を準備していかないとさすがに難しいと思います。ではビジネスレベルの語学力が最初はなくても、言葉を覚えながらなんとか食らいついていける仕事とはどのような特徴を備えた仕事でしょうか。
一つは、手に職がある仕事です。美容師や料理人などは、技能+ジェスチャーで、最低限のコミュニケーションは取れます。もちろん細部になればビジネスレベルの語彙力が必要になってきますが、それは働きながら3か月くらい過ぎた後から日常会話くらいは何となく耳が慣れてわかってくるようになることも多いですし、技能の部分が仕事のメインなので、それがあればしばらくは語彙力の不足は補ってくれます。
そしてもう一つは、日本語、英語などの「言語」とは別に、「共通言語」がある仕事です。その一つに「アラビア数字」があります。
私もこれまで旅行会話程度しか外国語を話せない状態から、いきなり中国に赴任したり、フリーランスとして外資系の企業で働いたり、端から見たら無謀なことを繰り返してきました。どれもオファーを頂いた瞬間は、「え、絶対無理でしょ」と自分でも思いました。ビジネスレベルの英語や中国語を勉強し始めてもマスターするのに何年かかるかわかりませんし、美容師や料理人とか手に職のある仕事ならまだわかるけど…と、考えていると、オファーをくださった方達が必ず言うのは、「大丈夫ですよ。数字は世界共通言語なんですから、前田さんならなんとかなりますよ」。という言葉でした。「別にあなたに外国語でスピーチやプレゼンテーションをやってくれと言っているわけではないんだし、数字の資料はどの国でもどの会社でも基本は一緒でしょ。メインは数字なんだから」。と言われて、「確かに」と思い直し、やってみようかなと思いました。実際に中国に行ったときは、まずエクセルなどデータ化されている経理関係の資料をもらって(最初のうちは「資料をください」、というところからジェスチャーなど駆使しましたが)、帳簿に書かれている中国語を全て翻訳ソフトで翻訳して、日本語版の「あんちょこ」を作りました。
そうすれば、その会社にはどのような売上があるか、どのような費用があるか、経費精算でどのようなものを買っているかなどだいたい理解ができました。あとはさまざまな経理資料をまんべんなく見ていくにつれて、日本の会社と同じように、「経費精算はこういうルールで処理しているんだな」「請求書の支払いサイトは○日だな」「この会社は分割入金してきているんだな」ということが「感覚的に」わかるようになっていきました。これは、数字資料の小計や合計、並び順などを見て行くうちに、当然日本と外国では会計制度は違うのですが、基本は、「売上-費用=利益」という流れや資金繰り表の作り方などはどの国も変わりがありませんので、「数字の流れ」を追っていけば、その数字資料の見方や作り方はわかるようになります。正しい数字の計算、算出、管理をすることが経理のメインの仕事ですから、それさえできれば多少の語彙力の不足は周囲に助けてもらえば特に業務には支障がないわけです。
また、日本で外資系の会社の仕事をしたときは、ソフトウェアと社内のメールのやりとりは全て英語対応でしたが、対面のコミュニケーションは日本語でもOKという職場でしたので、中国の時と同じように英語の「あんちょこ」を作りつつ、英文メールでわからない単語が出てきたときは、翻訳ソフトで調べればすぐ理解できましたし、そもそも働く場所も日本ですし、日本人スタッフもたくさんいたので、周囲の方達に語学の部分は助けて頂きながら無事仕事をすることができました。
私もこうした経験をする前は、経理よりも花形の職種の人達が羨ましいなと思うこともあったのですが、冷静に考えると、これからますますグローバル化になり、日本の人口も減少し、日本に居ても多くの外国の企業や外国人の人達と一緒に仕事をしていかなければいけない環境になっていく中で、数字という共通言語があるというのは、とてもつぶしがきく仕事だなと改めて実感しました。これが経理でない仕事だったら、やはり外国や外資系の会社で準備の時間もなく、いきなり仕事をすることなど無理だったと思います。中国の仕事の時はオファーがあってから1か月半後には中国に引っ越しをして仕事を初めていましたし、外資系の仕事はオファーがあって2週間目には出勤し始めていたと記憶しています。
ドメスティックな目線ではなく、グローバルな視点で経理に限らずさまざまな職業や職種などの仕事を見てみると、今まで見えていなかったものや、ゲームチェンジャーになり得るものがたくさん見えてくるのではないかと思います。
冒頭の若い美容師さんたちには、「そもそも髪って、コロナだろうが、景気が悪かろうが、どの国の人であろうが、全く関係なく多くの人が伸びるでしょう。だから日本でも外国でも普遍的に需要がある業界だし、日本の美容技術が優れているのは外国でも知られているから、技術を磨いて将来は外国に行って勝負することもありですよ。仕事や留学で外国に住んでいる日本人も都市部にはいるし、そういう人の中には高いお金を払ってもいいから日本の美容師の人にお願いしたいという需要もあるから、美容師として外国で暮らしていくというのはあながち夢物語ではないんですよ」と伝えたところ、「今まで仕事の一部分ばかり見ていましたけど、そういう視点もあるんですね。嬉しいです!」とパッと表情が明るくなりました。自分の仕事を好きになるということはとても大事なことだと思います。あらゆる角度から自分の仕事を見つめ直して、期待や希望が持てるポイントを見つけてみてはいかがでしょうか。
流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。