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経理は「やり直し」が少ない仕事 だから私は経理を選ぶ 第11回
作業工程で無駄が出ないのが経理の仕事
私が若かった時は「自分が仕事で生きていくためには経理しか選択肢がない」と思っていました。
人前に出ることも苦手ですし、気の利いたことも瞬発的に言えません。一方で、数字を見るのは嫌いではないし、実際に計算などをしても不得意ではないし、これだったら自分でもなんとか生き残っていけるのかなと思い、経理の道を選んだような気がしていました。そうした会社員時代を経て10年前に独立をし、コラムを書いたり、人前に出て講演をしたり、自分でアプリを作ったり、経理に関する本やイベントの企画提案などをするようになり、経理作業以外にも選択肢が増えた今でも、やはり経理の仕事は昔と変わらず嫌ではない、むしろ好きかも、と思います。その理由は、経理以外の仕事をしてみて改めてはっきり理解できました。私は何においても無駄がとても嫌いなので、だからあまり作業工程で無駄が出ない経理の仕事が好きなのだと思いました。
作業工程で無駄が生じやすいか否かというのは、「答えが明確に一つしかない作業」と、「答えが無限にある作業」の違いなのだろうと思います。
経理の仕事だけしかしていなかった時代は気がつかなかったのですが、世の中には、無駄になる工程を経て完成に向かう仕事や、やり直しでも、経理のように間違えた箇所からやり直せばいい、そこまでの作業は無駄にはならない、というやり直しではなく、0からのやり直しを指示される仕事もたくさんあります。料理人であれば、新しいメニューを考案するために、何度も食材を使いながら1から試行錯誤を何度も繰り返して完成に向かうことでしょうし、企画提案の仕事であれば、上司やクライアントが満足しないものだったら何度も「やり直し」と言われて、1から始めなければいけないことでしょう。
その点、経理というのは、そのような「1からのやり直し」という作業工程やシチュエーションがほとんどありません。あるとしたら、計算が合っていない時に再計算するか、予算や決算数値の着地見込みを作った時に何度か数字を微調整するくらいですので、一度やった仕事がリセット、完全に無駄になる、ということは日常的にはほとんど起こらない仕事であるともいえます。
経理は「やり直さなきゃ」はあっても「やり直してくれる?」が少ない仕事
そして経理の一番の特徴といえば、自分でチェック時にミスに気付いて「やり直さなきゃ」というシチュエーションはあっても、完璧な仕事をしたのに「やり直してくれる?」と言われることはない、ということです。
これは、経理の仕事は答えが一つなので、そこにやり直しの概念がないからです。しかし、クリエイティブな仕事の場合は、自分では完璧にできたと思った仕事でも、上司や依頼主から「やり直してくれる?」と言われてしまうことがあります。
会社員の悩み相談などで、「直属の上司が、私の企画を理由も説明せずに却下して何度もやり直しをさせたり、明らかに私の企画の方がいいものなのに、上司自身の企画を部の代表としていつも役員会議に上げたりするのですが、どうしたらいいのでしょうか。毎日私は無駄な作業を繰り返しているとしか思えません」という内容の相談を見たことがありますが、経理に関しては、部下が正解の答えを持ってきたら、上司はそれを却下しようがありませんので、こうしたことも起こりません。ヒトが恣意的に無駄を起こさせようとしても、そうなることが少ないのが経理の仕事の特徴です。そのため、「無駄が嫌い」という人は、経理はとても向いていますし、ストレスなく仕事ができる職種だと思います。反面、例に挙げたような無駄になる工程が必然的に発生する仕事や、人間関係によって、無駄が生じるリスクがある仕事は、いくらその分野の仕事に興味があったり好きだったりしても、無駄が嫌いという性格の人がその仕事を選択すると、非常にストレスを溜めやすくなります。
そのような観点から仕事選びをするのもいいのではないかと思います。
「やり直さなきゃ」をさらに減らす方法
このように、経理は非常に無駄が少ない仕事だと言いましたが、1点だけ、それを維持するために気をつけなければいけないことがあります。それは、「経費精算や請求書など、経理関係の証憑や資料、データなどを1件も漏れなく期日までに回収すること」です。経理で可能性のある「やり直し」、それは、経理作業のもとになるデータが漏れていて入っていなかった時です。
月次決算を終わらせて完璧にできた、と思った1時間後に、「すみません、支払請求書を経理に出し忘れていました」「経費精算を出し忘れていました。まだ間に合いますか」と現場の社員がひょっこり現れたら、それは追加で処理をしてデータを整え直さなければいけません。経理作業を無駄なくスピーディに行うために一番大切なことの一つは、「期日までに経理の必要なデータを100%完璧に入手すること」です。そのために、社員名簿と経費精算の提出済者を見比べて、未提出の社員に「今回は経費精算はなし、ということで大丈夫ですか」と確認をして漏れを防いだり、毎月発生している支払請求書、売上請求書の取引先を自分でリスト化しておいて、未到着、未発行の場合は、今月は発生しないということで間違いないですかと社内の担当者に連絡をして確認をしたりします。そのようにすることで、「やり直さなきゃ」すらも起こる確率を減らすことができるでしょう。
このように、無駄を減らすことに喜びを感じる人、得意な人には、経理は天職かもしれません。
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筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
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