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経理は数字やデータのリテラシーが自然に身に着く だから私は経理を選ぶ 第9回

更新日:2021/10/29

経理は数字やデータのリテラシーが自然に身に着く だから私は経理を選ぶ 第9回

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分析の前に大切なこと

ここ数年間で、身近な仕事として浸透したものの一つに「分析」があるのではないでしょうか。

以前から存在するアナリストのような仕事の他に近年はデータサイエンティストという名前の仕事もできました。一方で日常生活では、インターネットから都度流れてくるニュースを直感的に自己分析し、それをTwitterなどSNSに書き込む、あるいはYouTubeなどの動画配信サイトなどで自分の考えを披露する方達も数多くいます。「他人の考えを聞く」よりも「自分の考えを語る」ことに費やす時間のほうが増えてきているのではないかと思います。

ただ、自分の考えを語ることに際して気を付けなければいけない点があります。それは、「そのファーストコンタクトをした情報が、事実なのか」という点です。フェイクニュースを見聞きして、その真偽を確認せずSNSで拡散したり、自分の考えを展開したりした後に、それがフェイクニュースだと知ってそっと自分の投稿を削除する人も実際にいることでしょう。

「AIによって10年後に経理がなくなる」という話のほうが先になくなった…

数年前、「AIの影響で経理の仕事は10年後になくなる」と多くのメディアで流布されました。計算するとあと4年ほどでなくなるはずですが、皆さんの周りではどうでしょうか。なくなりそうでしょうか。経理実務をしたことがある人なら誰でもそのようなことは非現実的だということがおわかりでしょうが、実際にそのニュースを見た経営者の人達の中にはそれを鵜呑みにしてしまい、「AIで経理がなくなる」という記事を社長から経理社員に転送して、その行為に失望した経理社員が辞めてしまった事例も当時私は聞きました。

私も雑誌社からAIと経理の関係性について取材を受け、流布されていることと事実の違いをお伝えはしたのですが、「AIで経理がなくなる」という前提で特集が組まれてしまって後戻りはできないようでしたので、折衷案として「作業的にAIで代替できそうな一部分の仕事はこういうものではないでしょうか」という部分だけ掲載していただいた記憶があります。

私自身がメディアと関わりのある会社に勤めていたことがありますので「メディアリテラシー」を経理社員も身に着けておくべきとセミナーでお伝えすることも多いのですが、AIの件があってから、益々その重要性を認識しました。経理社員自身も経理業務に関する知識の吸収だけでなく、世の中の潮流やメディアの仕組みについても日々追従して最新の情報を把握しておいたほうが、話題先行の経理に関するニュースに関して、正しい情報や自分の考えを経営者など周囲の人達に明確に伝えることができると思います。


情報に「絶対」はない

私自身もメディアによく取り上げられることの多い会社に勤めていたことがありましたのでこれは経験から言えることですが、世の中のニュースというのは、100%本当のもの、80%本当のもの、20%本当のもの、全くのでたらめのものなど、取り巻く状況やパワーバランスなどによってさまざま混在しています。だから私がニュースや記事などを見る時も、一度目の報道で100%鵜呑みにすることは少ないです。必ずいくつかの他の報道や記事などと見比べて、それがどれくらい真実なのかを判断しています。

「新聞を何紙も購読して、毎朝読み比べる」という方もおられると思いますが、どのようなニュースも「人間」が介在している以上、誇張や演出、そして歪曲や不正も可能性は0ではないということです。

数字においても同じことが言えます。上場企業が数千社ある中で、毎年必ず数社は粉飾決算など、偽装した決算書を提出する企業があります。そういったニュースを見聞きするたびに、「決算書だけを見て、ただ分析するだけでは本当に決算書を読めているということにはならない」と改めて思います。つまり、分析する前に、「決算書の数字が本物かどうか」ということがチェックできる能力があって、初めて決算書を分析する段階に進める、ということです。本物かどうかを見抜く能力がないと、偽物の決算書だと気づかずに分析をして、大損害を被ることもあるからです。偽物の決算書は、基本的に「分析したら良い分析結果が出る数値」「投資してもらいやすいような良い数値」に置き換えられているからです。


経理経験者の決算書の「見方」

職場での経理経験の有無、平たくいうと「会社員として仕訳を計上したことのある人とそうでない人」の違いは次のたとえのようだと私は考えています。

「顧客や取引先からの評判がものすごく悪いのに、なぜか決算書の数字は良い」というケースの会社があったとします。その際に、分析しかしたことがなく会社員の経理として仕訳を計上したことがない人は、「数字のほうが間違っていることはないはずだから、おそらく評判が悪いなりに、なにか好材料があったのだろう」という視点で推察し、決算書の分析を始めることが多いと思います。一方で、会社員の経理として仕訳を計上したことがある人は、「顧客や取引先の評判が悪かったら仕訳上の数字も本来は悪いはず。なのに決算書の数字が良いと言うことは、めったなことは言えないけど…決算書の作成過程のどこかで…何か間違えた…それとも誰かがいじった…かも?」と、口には出さず、まず心で思うことでしょう。そして、そのような「疑念を持ちながら」決算書を一科目ずつ、分析をする前に、事実確認から始めることでしょう。

決算書は「絶対」ではありません。

現場社員が意図せず申請漏れをしたり処理間違いをしたりしていることもあれば、意図的に不正をしていることもあるかもしれません。また経理社員も純粋な処理ミスや仕訳ミスをしていることもあれば、意図的な不正処理をしていることがあるかもしれません。そして経営者の指示で経理社員が仕訳データを変えさせられて会社ぐるみで不正をしていることがあるかもしれません。決算書というのは、本来の正しい数字とかけ離れてしまう可能性がいくらでもあるものなのです。

だからこそ、そうならないように、ダブルチェック体制などさまざまなルールを設けたり、申請漏れの有無などの確認、数字に関する資料作成のサポートなど現場社員へのサポートを経理社員が行ったりします。そして不正の誘惑や圧力に屈しない人間性を持った経理社員も必要になります。時代に合ったソフトウェアを導入することは言わずもがなです。ただし、全ての会社がこのような意思を持って経理部門をマネジメントしているわけではないので、いくつかの会社は不正の決算書を提出した、と判断されることが起きます。

「監査法人がOKを出しているものを疑ったらきりがない」と言われる人もいるかもしれませんが、現に監査を通った不正の決算書があるわけです。監査法人も「人の集団」には変わらないのですから、絶対ではありません。有名なメディアや著名人が巧妙なフェイクニュースを鵜呑みにしてお墨付きを間違えて与えてしまうことがあるように、巧妙なフェイクの決算書を鵜呑みにしてお墨付きを与えてしまう可能性は0ではないのです。


経理は数字やデータのリテラシーを自然に育める

自分で数字やデータを作るという仕事は、それだけ数字やデータの特徴や、さらされているリスクも同時に知見を得ることができますので、仕事上やプライベートでも数字やデータのフェイクに気付きやすくなり、騙されにくくなります。そして自分で数字やデータを作れる人は、自動的に分析もできます。経理という仕事は、日々その仕事を行っているだけで、自然に数字やデータのリテラシーを育むことができ、身に着けることができますので、機会があればぜひ経験していただきたい仕事の一つです。

この記事の執筆者
前田 康二郎
前田 康二郎(まえだ こうじろう)

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。