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経営者が信頼するバックオフィスの仕事の習慣~仲裁力~
バックヤード部門の組織での立ち位置とは
経理を含めバックヤード部門がなぜ会社組織において成長に欠かせないのか。今回はその「間接的役割」についてお伝えしたいと思います。
私は経理について深く掘り下げていくうちに、経理業務そのものの他に「組織における経理の立ち位置」というものに着目し始めました。一般的に経理は「自席で黙々と計算や処理をする部署」という理解を世間ではされているでしょうが、実際のリアルな経理社員の日常というのは、そのイメージとは大きく異なる場合があります。特にベンチャーや中小企業などは、「経営陣や現場社員とコミュニケーションをとりながら仕事を進める」ということがあります。それは、経理から積極的に経営陣や現場社員に話しかける、というよりも、「経営陣や現場社員から話しかけてくる」ことが多いのではないでしょうか。そしてその内容には、現場同士、あるいは現場と経営陣との間に起きる言葉や感情の行き違いといった齟齬に関する話も含まれています。
私もそうした経験をしてきました。
たとえば夜作業をしていると、外出から帰ってきた現場の部長が「ねえ、前田君、うちの会社って、上場(IPO)する必要あるの?」と上場担当の私に聞いてくるわけです。上場審査は売上や利益の実績も加味されますから、最初はピンときていなかった上場準備の大変さを実感してきて、そうした現場社員の疑問も生まれてくるわけです。すると「上場なんて、経営陣のお金儲けのためにやるだけなんじゃないの」という、うがった見方をする意見も出てくる可能性があり、その「手先」として上場準備担当者も見られてしまうことがあります。
私の場合は、入社早々に、まず現場の「キーマン」というのを数人見つけ、まずその人達に「自分は現場の敵ではない」ということを伝えるコミュニケーションをとっていきます。これはコンサルタントになった今も同じで、たとえば純粋な業務改善のためにコンサルタントに入ったとしても、従業員としてはそう思わない人も多く、「自分の首を切るためにやってきたのではないか」と不安になる人達が一定数います。一旦そう思い込んでしまうと、求めている資料を出してもらえなかったり、ヒアリングしても答えてくれなかったり、ということになるので、「自分は経営陣の味方だけでも、従業員の味方だけでもない、全員の味方であり、中立な立場で伺いました」ということを示す努力を最初の数日間、業務と並行して行っていきます。
「中立」であることの貴重さ
「上場なんて意味があるの」と聞かれた際には、「ある会社にはありますし、ない会社にはないですね」といつも答えています。
会社員時代にも同じように答えていましたので、それで先述の部長さんは私が上場の意義を力説すると思っていたのか拍子抜けされて「でしょ!ない会社にはないでしょ!」と笑顔で、その部長さんが置かれている立場について話をしてくださいました。部長さんとしては、経営陣からは「上場するには数字が足りない」と言われ、部下からは、「上場のためだけに数字を撮る仕事をさせられるなら、もう辞めたい」と言われ、板挟みにあっていたわけです。その気持ちを一言で表したものが「上場って意味あるの?」という言葉でした。
表層的な一言にも、人によって、さまざまな意味があります。「自分がこう思うからこうに決まっている」と決めつけるのではなく、「どうしてこの人はこのような言葉を自分に投げかけてきたのだろう」と、冷静になって相手の立場になりきり、その理由を考える、ということも大切なことです。
バックヤードの間接的な役割は、ここにあるのです。
もし、今挙げたケースで、私のような存在が会社にいなかったらどうなるでしょうか。あるいは経理社員がいても「自分は会社に言われて上場準備をするために入社しただけですから」と経営陣寄りの発言をする、あるいは反対に「そうですね。自分は上場担当ですけど、上場する必要なんてないですね」と上場に反対する従業員側の立場になったらどうなるでしょう。どのケースにしても、答えは同じで、上場することは難しいでしょう。つまり、経営陣と従業員側、その「中立」「仲裁」に入る人が誰もいない状態になるからです。するとどうなるか。経営陣と現場社員が衝突し、最終的には現場社員が一斉に辞める、または数字やクライアントを握っていた影響力のある社員が辞めるという事態が起こり、上場どころか会社経営が傾く、というケースも出てきます。
なぜそうなるかというと、経営陣と現場の社員、お互いが自分の理想の仕事を求めていくと、必ず「ぶつかる」からだと私は思います。
現場社員は、理想を求めていけば、売上や利益も大切ですが、そのためだけに製品やサービスの質を妥協したくないはずですし、一方で経営陣はその場の状況に応じて数字など「経営」そのものを考えなければいけないので、時には現場からは妥協と受け止められるようなことも言わなければいけないでしょう。「あの社長だから」「あの社員だから」ということではなく、どの会社も等しく同じことが起きるのです。
そのような時に「緩衝材」となるのが、しがらみのない「バックヤード部門」ということです。
特に「総務・経理・システム」この3部門には、従業員や経営陣からの疑問や愚痴というのが集まってきます。
たとえば経理でいえば、社員とは経費精算や請求書など、提出物や問い合わせなどで日常的に接しています。その問い合わせや提出するタイミングで話すちょっとした会話の中に普段の悩みや不平不満などが出ることもあります。また、経営陣と経理は、毎月の月次決算など、数字の報告や確認などで会話をするタイミングがあります。その中で数字の悪い部署などがあると「どうしてこんなに数字が上がらないのだろう」「自分が言った通りに営業すればいいのに、言うことを聞いてくれない」といったような話を聞くこともあるわけです。
こうした話を「傾聴する」だけでも、現場や経営陣のストレスは軽減します。
組織におけるバックヤード部門の重要性
経営陣と現場が口もきかないような空中分解してしまった会社を見ると、その全てがバックヤード部門の社員がいない、あるいは手薄な環境でした。成長している会社のバックヤードが強いというのは、その理由として、その人達のスキルだけでなく、その「仲裁力」にあると言えます。
たとえば現場のA部長が「社長から、『こんな数字なら普通の人でも出せる』と言われた」と激高しながら経理に愚痴りにきたら「社長も外部から厳しく売上について言われているので、本音を言えるAさんにはつい甘えて言ってしまったのかもしれませんね」と言い、社長から「A部長に数字のことを言ったら、『そんなに簡単に仕事がとれるならとっくに独立していますよ』と逆切れされてさあ…」と言われたら、「A部長も『部下に数字のことばかり言うと、数字のために仕事をしているわけじゃないから転職したいと言い出されて困ったよ』と言っていたので当然数字や社長の意図はご理解されていると思いますよ」というように、衝突やすれ違いを「回避」させる気の利いたバックヤードのスタッフがいる会社は実際に組織として強いですし、数字も伸びています。
私が経営者の方に「簡単にバックヤードの人員を削ってはいけない」という理由の一つに、バックヤードには、こうした中立の立場で組織の「のりしろ」となる機能があるからです。
周囲から不平不満や愚痴を言われたら、どのようなコミュニケーションをとればその相手を前向きにすることができるか、皆さんのできる範囲から試してみてください。そしてその様子は、必ず誰かが見ていてくれるはずです。
筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
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