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カスタマーハラスメントと企業対応の実務全2回カスタマーハラスメントと企業対応の実務~基礎編~第1回

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「お客様は神様です。」
企業の心構えとしては良いかもしれませんが、従業員は、顧客や取引先(以下「顧客等」)のいかなる要求にも応じたり、我慢したりしなければならないのでしょうか。

昨今、顧客等からのカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)が社会問題化している状況において、企業は、カスハラ対応を個々の従業員に任せておけば良いのでしょうか。

答えは、No.です。

企業は、2022年2月に厚労省が公表したカスタマーハラスメント企業対応マニュアル(以下、「カスハラマニュアル」)などを参考に、対策を講じることが重要です。

本コラムでは、カスハラマニュアルや裁判例を踏まえ、企業として講じるべきカスハラ対策の基礎と実践を、2回に分けて解説します(各回の最後に書式の無料DLリンクあり)。

1 企業がカスハラ対策を行うべき理由

⑴ カスハラ問題は他人事ではない

カスハラマニュアルによると、過去3年間に勤務先で顧客等から著しい迷惑行為を一度以上経験した者の割合は15.0%です。これは、パワハラ(31.4%)よりは低いものの、セクハラ(10.2%)よりも高い割合です。

したがって、企業としては、カスハラ問題は他人事ではないことを認識するべきです。

⑵ カスハラ対策の難しさ

セクハラ・マタハラ・パワハラ問題(以下「パワハラ等問題」)は、社内対応が中心になるのに対して、カスハラ問題は社外対応が中心になるところにカスハラ対策の難しさがあります。

たしかに、“ハラスメントから従業員を守る”という観点から見ると、パワハラ等問題とカスハラ問題には、相談体制の整備などの共通する対策があります。

しかし、例えば、パワハラ等問題の場合、当事者は自社の従業員同士であることが多いため、事前の予防策(方針の明確化、就業規則の整備、研修など)や事後の対応(配転、懲戒処分など)を取ることができます(詳細は、「厚労省パワハラ指針を読み解く!企業が講ずべきパワハラ防止措置と実務対応」(全3回)(https://pca.jp/p-tips/articles/tit211101.html)をご覧下さい)。これに対して、カスハラ問題の場合、顧客等は自社の従業員ではないため、パワハラ等問題の時のように人事権などを行使することができません。

また、カスハラ問題の場合、顧客等は不特定多数の者であることが多いことから、事前の予測が難しく、かつ、予防策も講じにくいと言えます。
したがって、カスハラ問題は、パワハラ等問題と共通する部分もありますが、その違いを意識しながら対応策を検討することが重要になります 。

⑶ 企業のリスク

ア 法的リスクに留まらない企業への悪影響

企業がカスハラ対策を怠った場合、法的リスクだけではなく、従業員の士気低下、離職率の増加、採用力の低下、顧客からの低評価など、企業運営にマイナスの影響を与えるおそれがあります。

そのため、企業は、カスハラ問題を軽視せず、対策に向けた意識改革が重要です。

イ 法的リスク

2022年時点において、企業にカスハラ対策を義務付ける法律はありませんが、だからと言って企業が何もしなくて良いことにはなりません。
その理由は、企業は従業員に対して安全配慮義務を負っているからです。

もし、従業員がカスハラによって精神疾患を発症した際、企業に安全管理上の問題があったと認められた場合(法的に言うと、企業に過失が認められた場合)、企業は安全配慮義務違反を理由に損害賠償義務を負う可能性があります。

そのため、カスハラに関する法律の有無に関わらず、企業は、“カスハラから従業員を守る”必要があることを認識するべきです。
もしカスハラ問題を放置した場合、次の裁判例のような損害賠償リスクが生じます(もっとも、次の裁判例はカスハラについて判断された事案ではないことに留意が必要です)。

2 裁判例

⑴ 事案の概要

小学校教諭である原告が、勤務していた市立小学校の校長からパワー・ハラスメントを受けてうつ病に罹患し、休業し、精神的苦痛を受けたなどと主張して、市(被告1)及び県(被告2)に対して、賠償金等の支払を求めました。

事案の概要図は、次のとおりです 。

このような事実関係の中、裁判所は、次のとおり、校長による不法行為を認めました。

⑵ 裁判所の判断

・・・校長は,本件児童の父と祖父の理不尽な要求に対し,事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく,その勢いに押され,専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない。そして,この行為は,原告に対し,職務上の優越性を背景とし,職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり,原告の自尊心を傷つけ,多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない。
したがって,上記の校長の言動は,原告に対するパワハラであり,不法行為をも構成するというべきである。

⑶ コメント

本件は、校長による不法行為が問題となった事案ですので、事業主の安全配慮義務違反の有無は直接的には判断されていません。
しかし、上記裁判例の校長のように、父兄(顧客等)から理不尽な要求があった場合、これに対応した教諭(従業員)に対して、安易に謝罪をさせるべきではありません。

安易な謝罪をさせて幕引きを図ろうとすることは、従業員に対するハラスメントになり得ますし、謝罪を理由に顧客等の要求がエスカレートする可能性も否定できません。

以上を踏まえ、次からは、企業が対策すべきカスハラとは何かを見ていきます。

3 カスハラについて

⑴ 定義

カスハラとは、顧客や取引先などからのクレーム・言動のうち、①当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、②当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により労働者の就業環境が害されるものをいいます。
なお、法律上、明確な定義はなく、上記はカスハラマニュアルから引用しています。

⑵ 判断基準

上記定義を前提に、①顧客等の要求内容に妥当性があるか否か、②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か否かによって、カスハラ該当性判断することが考えられます。

上記①については、事実関係、因果関係を確認し、自社に過失がないか、根拠のある要求がなされているかを確認します。

上記②について、例えば、長時間に及ぶクレームは、社会通念上不相当性の場合が多いと考えられます。

また、上記①の妥当性が認められたとしても、その手段・方法が暴力的、威圧的、継続的、拘束的、差別的、性的である場合は、社会通念上相当ではないと考えられます。

もっとも、抽象論だけを理解しても、各従業員が共通認識の下、判断できるとは限りませんし、業種・業態によっても判断が異なり得ます。
そこで、各企業において、上記判断基準を参考にしつつ、具体例を集めた上で、どのような行為がカスハラに該当し得るかを整理しておくことが重要です。

ところで、クレームとカスハラに関する明確な線引きはありませんが、クレームの中には、正当なクレームもあれば、不当なクレームもあるといえます。
さらに、不当なクレームの中にも、カスハラには該当しないものもあれば、カスハラに該当するものもあると整理できます。

以上を図示すると、次のように分けることができます 。

なお、ここでの留意点は、顧客等からの指摘(正当クレーム)には、企業にとって、より良いサービス提供や商品開発のためのヒントが含まれていることがあるため、全てのクレームを不当クレームとして扱うことは適切ではないということです(自社のファン層を想像してみてください)。

⑶ カスハラの具体例

カスハラの具体例は、次のものが挙げられます。
以下のうち、どのような類型が多く発生し得るかは、業種・業態ごとに異なります。

そのため、各企業は、どの類型の対策に重点を置くべきかを分析することが重要になります。

  1. 時間拘束型(例:居座る。長時間の電話。)
  2. リピート型(例:繰り返しの電話、面会の要求)
  3. 暴言型(例:大声。侮辱的、人格否定、名誉毀損の発言)
  4. 暴力型(例:殴る。蹴る。物を投げつける)
  5. 威嚇・脅迫型(例:SNSにアップするなどの脅しをかける発言)
  6. 権威型(例:土下座の要求)
  7. 店舗外拘束型(例:職場外への呼び付け)
  8. SNS/インターネット上での誹謗中傷型(名誉毀損、プライバシー侵害などの書き込み)
  9. セクシュアルハラスメント型(例:身体接触。卑猥な発言)

4 本コラム要約と次回予告

⑴ 本コラム要約

本コラムの要約は、次のとおりです。

  • カスハラ対策は、“まだやらなくて良い”ということはない。
  • カスハラ対策は、法的リスクだけではなく、従業員の働きやすさに影響を与える。
  • カスハラ該当性は、①内容、②手段・態様の2点に基づいて、社会通念上相当か否かで判断する。

⑵ 次回予告

次回(第2回)コラムでは、実践編として、企業がどのようにカスハラ対策を行うべきかを解説します。
対策を講じる際には、まず、企業トップがカスハラ対応の方針を明確にすることが考えられます。

※本コラム特典として、「企業のトップメッセージ案(カスハラ基本方針・基本姿勢)」(ワード)の無料DLを用意しています(詳細は後述)。
企業のカスハラ対策としては、カスハラが発生してから場当たり的に対応するのではなく、実際にカスハラが生じた場合を想定した事前対策が重要になります 。

筆者プロフィール

飯島 潤(いいじま じゅん)

多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。経営法曹会議会員。

使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。

著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。

URL:http://www.tamura-law.com/

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