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失敗しないIPO 第9回「制度会計への対応」

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IPO準備企業・新興企業のための税務調査のポイント

税務調査の基本を抑えながら、その概要、流れ、上場準備企業において対応が困難となる要因やそのポイントについてご紹介

企業のステークホルダーに対する会計情報の提供を目的として、法律・制度の枠組みの中で行われる会計が制度会計です。

実はその制度会計にもいくつか種類があり、今まで行っていたつもりの「制度会計」はもしかするとIPO準備においては不適切かもしれません。

ならば制度会計にはどのようなものがあるのか、IPOにおいて制度会計にはどのように対応しなければいけないのか...
今回はこれらについて説明していきます。

1.制度会計とは

(1)制度会計の定義

制度会計とは、企業のステークホルダーに対する会計情報の提供を目的として、法律・制度の枠組みの中で行われる会計をいいます。企業内部においては、勘定科目体系や会計基準を内部の関係者が理解しやすいようにアレンジすることが有用な場合があります。しかし、外部のステークホルダーに対しては、法律・制度といったルールに沿って会計処理が行われた結果でなければ有用な情報とはならず、会計情報を利用するステークホルダーの立ち位置に沿って会計情報を提供する必要があるのです。

(2)我が国の制度会計の種類

制度会計は大きく次の3つに分類されます。

① 会社法に基づく制度会計
明治32(1899)年に制定され現在も引き続き商取引に関する最上位法律として存在する商法から株式会社に関する法律がスピンアウトして成立した会社法の下、株主および債権者保護を目的として、配当可能利益の算定の仕方を規定しています。すべての会社を対象に営業上の財産及び損益の状況を明かにすることを求め、毎決算期において計算書類の作成を要請しています。

② 金融商品取引法に基づく制度会計
上場会社や一定額以上の有価証券を発行・募集する株式会社などを対象とし、これらの会社においては会社法に基づく計算書類とは別に「有価証券報告書」または「有価証券届出書」の作成を義務として定めた、このような会社に多く介在すると推定される投資家又は将来投資家になる可能性のある潜在的投資家の保護を目的として、投資判断に必要な経営成績や財政状態の開示の詳細な方法を規定しています。

③ 法人税法に基づく制度会計
全ての営利法人の課税の公平を目的として、法人の課税所得の算定の仕方を規定しています。

(3)我が国における制度会計の実態

① 会社法と金融商品取引法の関係について
会社法は平成18(2006)年に、金融商品取引法は平成19(2007)年にそれぞれ施行され、各々施行前は商法、証券取引法の枠組みで制度会計が確立され、若干の相違がありましたが、施行後はそれぞれの制度に基づいて作成される財務諸表に相違点がほとんどなくなったため、両者は最終的にはほぼ同じ財務情報となります。

② 会社法(又は金融商品取引法)と法人税法の関係について
会社法においては、同431条で「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」と規定されています。ここで公正妥当と認められる企業会計の慣行とは、昭和24(1949)年に大蔵省企業会計審議会が定めた「企業会計原則」を中心とし、以後、経済・社会の変化にあわせて同審議会が設定してきた会計基準と、平成13(2001)年からは企業会計基準委員会(会計基準の設定主体が変更)が設定した会計基準を合わせたものを指しています。会社法施行当時の立法担当者も明確に「会社法においては、会計処理や表示の問題に関しては、一般に公正妥当と認められている会計慣行に従う方向で規定を整備している」旨を明らかにしていることからも立証できます。
一方、法人税法においては、同法第22条第4項において、課税所得の計算は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする」旨が定められており、一見会社法のスタンスと同様に見えますが、実はこの基準が現実にいかなるものを指すかについては明確になっていません。
本来、会社法は六法の一つである商法のスピンアウトであるため、法人税法や金融商品取引法よりも上位の法律であり、会計慣行について会社法が定めた規定があるならば法人税法もこれに従うのが本来あるべき姿といえますが、法人税法の存在意義が先述のように全ての営利法人の課税の公平を目的としていることから、会社法に基づく「一般に公正妥当と認められている会計慣行」のうち特に見積もりにより費用・損失計上を要する基準についてはこれを認めないものが多く見受けられます。
例えば、

●減損会計、資産除去債務会計基準についてはこれを容認すると全国の企業で自社の見積もりにより費用処理(≒損金経理)することが出来るため会社によっては恣意的に課税所得を調整する余地を与えてしまう

●通常の減価償却において、一般に公正妥当と認められる会計基準のスタンスでの耐用年数は、当該資産の実態に即した経済的耐用年数を適用することを求めていますが、法人税法の観点からこれを容認してしまうと、全く同じ固定資産でも法人によって耐用年数が異なってしまう可能性があり課税の公平のスタンスと相容れない

●未払賞与または賞与引当金については、従業員に告知しない限りは労働債務としては確立しないためこれも恣意的に課税所得を調整する余地を与えてしまう

といった内容です。
仮に日本国内に存在する216万社の株式会社全てが公認会計士による財務諸表監査を受けなければならないとすれば、企業が作成する財務諸表において利益の過大計上や利益の過少計上といった誤った会計処理に対する抑止効果があり、課税の公平性に関する懸念が払しょくされることも考えられます。現実的には同監査は既上場企業、IPO準備企業又は会社法に定める大会社といった法律で義務化された企業のみが対象であることから、会社数単位で考えるとほとんどの株式会社が公認会計士による財務諸表監査を受ける必要がありません。この結果、課税当局が考える課税の公平性の観点で、恣意的な会計処理の余地が生じる会計基準は、その基準自体が「一般に公正妥当と認められている会計慣行」の一部を構成するとしても、認められないということになります。先に法人税法が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を明確にしていないと述べましたが、その理由としてこのように法人税法のスタンスにおいては相容れない会計基準があるため、ということもいえます。


ところで、公認会計士の財務諸表監査が義務となっている会社においては、会社法に基づく制度会計が実施されていますが、義務となっていない又は必要としない会社においては、先に挙げた減損会計や資産除去債務会計基準などを実施している会社はほとんど見受けられず、法人税法に定める規定のみ従って財務諸表が作成され、年度の決算を確定させている会社がほとんどです。
会社法が本来は上位の法律であるため、このような会社はいわば会社法に抵触しているということにもなるのですが、IPOを考えない又は公認会計士の監査を必要としない会社で、このことが問題として扱われることはほとんどないといえます。この理由は、

●中小・零細企業である営利法人においては、財務諸表を利用する外部の利害関係者は所轄の税務署のみである場合が多く、法人税法のみに基づく会計処理を行っても税務当局から問題視されることはない

●中小・零細企業の所有者である株主・出資者が経営者一人又は同族に限定されているケースがほとんどであり、会社法の基づく制度会計のすべてに準拠していなくても、これら限定された株主・出資者が株主総会等において財務諸表を容認すれば、会社の枠内において問題になることはない

ということによるものです。


2.IPOを検討する上での制度会計への対応

会社数単位でほとんどの営利法人が法人税法に基づく会計処理のみを行っている実態についてはご理解頂けたと思います。繰り返し述べると会社法が上位概念であり、本来実施すべきは会社法に基づく制度会計への対応であって、IPOを目指す企業においては、IPO後に多くの利害関係者を有することにもなるため、恐らくはIPOを目指していない当時は法人税法のみを遵守していたと推察される中、‘本来あるべき’会社法に基づく制度会計にコンバートする必要があるということになります。

以上から、法人税法では容認していない減損会計、資産除去債務会計基準などを含め、会社法に定める「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の全てに対応する必要があります。

なお、これにより税引前当期純利益と課税所得は乖離が生じることとなりますが、例えば減損会計を実施したとしても法人税法に基づく減価償却を継続し法定耐用年数に達した或いは除却・売却により滅失した時には累積の費用処理額が追い付くことになることから、累積の課税所得でみれば同額となり、減損会計を実施した年度は法人税法で認められない損金を税務上加算調整し、将来の会計期間において損金として認められることになって、加算調整した金額に対応する納税額は一種の前払い税金となります。ここで「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の一つである税効果会計を適用することで、会社法と法人税法の調整を図ることとなります。

IPOを検討する前の決算・会計処理に関する相談などは税務のプロである税理士のみを窓口としていた企業が多いと思われますが、IPOを検討する段階に入って以降は「本来あるべき」会社法に基づく制度会計に準拠しなければならず、会社法・金融商品取引法などそれぞれの制度会計に精通する国家資格である公認会計士(ただし、自社の財務諸表監査に関与しない公認会計士でなければ、財務諸表の作成に関するアドバイスが困難となります)にアドバイザリーを依頼するか、又は自社のCFOまたはその候補に外部研修等により制度会計に精通する能力を習得させることも検討が必要です。

税務会計一辺倒の段階から作業や会計データ収集のための社内体制の整備など、大きく変革する必要がありますので、IPOを検討する全ての企業の皆様がスムーズなコンバートが出来ることを願ってやみません。

筆者プロフィール

重見 亘彦(しげみ のぶひこ)

株式会社サンライトコンサルティング 代表取締役CEO、公認会計士・税理士

(株)ミズホメディー(現在東証二部)社外監査役、九州大学大学院非常勤講師、その他IPO準備中の企業の社外役員、顧問、中小監査法人のパートナーを務める。
主な著書(共著) 会計が分かる事典(日本実業出版社)、7ステップで分かる株式上場マニュアル(中央経済社)
セミナー実績 名古屋・札幌・福岡各証券取引所のIPOセミナーを中心に講演多数

URL:https://www.slctg.co.jp/

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