更新日:
失敗しないIPO 第8回「資本政策」
企業運営のために不可欠である資金。
IPOを想定した企業においては外部の第三者による出資からこれを調達し、成長を加速させている事例が多く見られます。
しかし第三者による出資は企業の支配権・経営権に影響を与えることにも繋がるため、企業は資金調達と持株比率の維持において最適な組み合わせを検討する必要があり、これを中長期的な計画に取り纏めるものを資本政策といいます。
IPOを検討する企業において資本政策ではどのようなことを考えるべきか?
4つのポイントをお伝えします。
1.資本政策とは
(1)資本政策の定義
全ての企業は自社の維持・成長のため資金を必要とします。資金調達の方法は大きく分けて、
- デット・ファイナンス
- エクイティ・ファイナンス
の2つとなります。デット・ファイナンスは銀行借入や社債といった負債・他人資本による調達で、いずれは返済を要するものとなります。一方で、エクイティ・ファイナンスは増資を中心とした純資産・自己資本による調達であり、資金を提供する側からは出資となりますので、出資を受けた企業は原則的には返済する必要はありません。
エクイティ・ファイナンスの活用は、特にベンチャー企業など信用力が未だ形成されていない企業においては返済不要の長期資金として活用され、とりわけIPOを想定した企業においてはベンチャーキャピタルといった外部の第三者に出資を依頼して資金を調達することにより、成長を加速させている事例が多く見受けられます。
エクイティ・ファイナンスによる資金調達は財務の安定性からも望ましいといえますが、外部の第三者から出資を仰ぐということは、すなわち外部の第三者が議決権といった企業における共益権を持つこととなり、企業の支配権・経営権に影響を与えることとなり、株式数によってはイニシアティブを獲られてしまうことも考えなければなりません。
従って企業においてはエクイティ・ファイナンスを活用するに当たり、資金調達と持株比率の維持において最適な組み合わせを検討する必要があり、これを中長期的な計画に取り纏めるものを資本政策といいます。
(2)トレードオフ関係
ベンチャー企業を例にとると、当初は創業メンバーだけで設立され、一株あたりの金額も比較的安い金額で創業メンバーによる払込が行われ、その後外部から資金調達を行う場合には設立当初の株価ではなく、なるべく高い金額で資金調達を実施したいと考えることでしょう。しかし出資する側はなるべく安い金額で資金提供し、可能な限り株式数・議決権を持ちたいと考えるのが通常です。従って外部の第三者からの出資を仰ぐ場合には、その一株当たりの金額が一番問題になります。
株価は通常、売買双方の合意に達した価格で決まりますが、特に買う側においては買った後に上昇するかどうかが意思決定のポイントとなることは申すまでもありません。この場合どういうことを指すかというと、対象企業がその後にどれだけ成長するか?という成功確率で決まるということになります。
- 事業が軌道に乗り、成長に見通しが立っている企業であれば当然高くなりますし、
- 逆に事業を開始して間もなく経験値が少ない所謂アーリーの段階では低くなります。
例えば、上記いずれの場合も外部からの必要資金が1千万円とします。そして設立時の資本金が一株5万円の200株で1千万円とした場合、「1」のケースでは、事業が軌道に乗っている段階での後発の出資ですので、設立当初の一株5万円よりも価値が向上していることが考えられることから、一株100万円と仮にするならば1千万円を調達するのには10株発行すれば良く、合計で210株となり、既存株主の200株が圧倒的に支配していますので経営権は安定すると考えられます。
しかし「2」のケースでは、未だアーリーの段階で投資リスクがあり、一株の金額が上限でも設立当初の5万円を上回ることはないと考えられますが、ここで1千万円を外部から調達した場合には200株発行することとなり、合計で400株、外部に50%の支配力を与えることとなります。
以上のことから、エクイティ・ファイナンスにおいては、何時、どのタイミングで実施するのか?というのは経営権の確保において非常に大事となり、かつ出資者に対しても株価を説明するための説得力が必要になることがお分かり頂けると思います。この場合、資本政策を説得力のあるものにするためには、事業やマーケットを分析し、売上や利益、将来の設備投資の見積もりを立て、そこから将来どの程度の資金が必要となるかを計画し、その時点での利益水準から時価総額を類推して株価を逆算し、いくらの資金を何株で発行するかを可視化することが必要となり、会社の成長計画、すなわち中期経営計画が必須となります。
2.資本政策で考えるポイント
IPO準備において考えるべき資本政策のポイントは、資金調達額、安定株主対策、キャピタルゲイン、インセンティブプランを総合的に検討することです。以下、項目別に解説します。
(1)資金調達
IPOの目的の一つに公募増資による資金調達があります。IPO審査の承認が下りた段階ではコーポレートガバナンス等のディフェンスの部分も評価され、かつ今後の事業の成長性や配当による株主への還元が期待されるということになりますので、株価を高めて資金調達することが可能となりますが、IPO以前でも資金調達が必要な状況が生じるため、中長期的にどの段階でどのくらいの資金調達が必要かを中期経営計画から検討し、資本政策を立案する必要があります。
(2)安定株主対策
IPO前と後のいずれにおいても外部の第三者に対して資金調達を行った場合、創業メンバーの持株比率が少なくなることとなりますので、IPO後も一定の支配権・経営権を確保するためには、いずれの資金調達のタイミングにおいても株式の割当先と割当数については慎重な検討が必要となります。
(3)キャピタルゲイン
IPO時においては、公募増資による株式発行に加え、創業メンバーなど従来の株主の持株を売却して、市場における流通株式を増やす必要が生じ、この際売却する株主においてはキャピタルゲインを大きくしたいと考えるのが通常です。当然、想定する株価においてキャピタルゲインを大きくするために、想定する株価と売却株数は資本政策において想定をしておく必要があります。またキャピタルゲインは譲渡所得として所得税の課税対象となりますので、同時に考慮に入れることが望ましいです。
(4)インセンティブプラン
IPOにおいては従前から企業で尽力する役員・従業員に対してもインセンティブを与えて、計画を達成出来た場合の報酬を与えることも検討に入れるべきですが、この場合良く利用されるのがストックオプションや従業員持株制度で、とりわけストックオプションは新株予約権の付与という企業にとってキャッシュを必要としないものとなりますので多く活用されるところです。
一方でIPO後にストックオプションを行使して新株を付与された後に市場で売却する分は自動的に外部の第三者の持分となりますので、これも資金調達の場合と同様に経営権の確保を同時に考える必要があり、行使価格と付与数は資本政策において十分に検討しておかなければなりません。
筆者プロフィール
重見 亘彦(しげみ のぶひこ)
株式会社サンライトコンサルティング 代表取締役CEO、公認会計士・税理士
(株)ミズホメディー(現在東証二部)社外監査役、九州大学大学院非常勤講師、その他IPO準備中の企業の社外役員、顧問、中小監査法人のパートナーを務める。
主な著書(共著) 会計が分かる事典(日本実業出版社)、7ステップで分かる株式上場マニュアル(中央経済社)
セミナー実績 名古屋・札幌・福岡各証券取引所のIPOセミナーを中心に講演多数
公認会計士・税理士 重見 亘彦 氏 連載記事
※本記事の内容についての個別のお問い合わせは承っておりません。予めご了承ください。