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失敗しないIPO 第5回.あるべき労務管理

第3回ではIPO準備においてコーポレートガバナンスが重要になるというお話をしました。

今回はそのコーポレートガバナンスの中でも特に基本的かつ重要な要素となる労務管理について説明していきます。IPOに不適格...などと判断されないために、ぜひチェックしておきましょう。

1. IPO準備を目指す上での基本〜「法律は破るためにある」ものでは絶対にない〜

「第3回.IPO準備段階におけるコーポレートガバナンス」において、上場企業となるにふさわしいコーポレートガバナンスの参考情報として、日本取引所グループの自主規制法人が定める「上場審査等に関するガイドライン」の中の「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」という項目があり、その中の具体的な5項目の一つに労務管理がある旨解説しました。これはすなわちコーポレートガバナンスの確立において、労務管理が重要なエッセンスであることを公にアナウンスしているものでもあります。
また、主幹事証券会社や証券取引所の審査においてはとりわけコンプライアンス(法令遵守)の状況が厳しく審査されますが、IPOを検討する入り口の段階で、
● 労務管理体制
● 反社会的勢力の排除体制
が確立されていない企業は、端からIPOに不適格という烙印を押されるというくらい、労務管理体制は基本的かつ重要なエッセンスとなっております。

労務管理体制がここまで重要視されるのは、
★ コンプライアンス(法令遵守)状況が重点審査項目となっている上で、当然その中には労働基準法の遵守状況も含まれている
★ 労働基準法に抵触して従業員を勤務させている場合、労務訴訟として顕在化していなくても、実態として未払労働債務が存在することとなり、財務諸表、とりわけ貸借対照表における負債が実態を示していない可能性が高く、申請書類の信憑性に欠けることとなる
といったクリティカルな理由となるためです。

筆者が当コラムにおいて各月のテーマを決める際、この労務管理については1回分のボリュームとして是非取り扱いたいと考えましたが、その背景として、これだけ重要なテーマであるにもかかわらず、成長企業のCEOの中で多くの皆様が労務管理に関するコンプライアンスを軽視している傾向があるためです。
このようなCEOの方々が口にされる台詞の事例を挙げますと、
◇ 我が社の従業員は私の指示に納得してサービス残業・休日出勤をしており、労務訴訟にはならない
◇ 労働基準法が会社経営の実態を全然考えておらず、各条文がそもそもおかしい
などです。創業時から成長ステージまで叩き上げで尽力されたCEOにおいては、昼夜を問わず寝食を惜しんで、会社の就業定時時間を気にすることなく邁進し、また創業期の賛同者もこれに倣って尽力されてきたという背景もあって、IPOを検討する以前では労務関連法規をケアしてこなかったという傾向が見受けられ、そのため上記のような台詞が出てくることになるものと推察されます。
IPOを検討する=組織の拡大を図っていかなければならない、という中で、重要なことは人材の確保であることは疑う余地はありませんが、一方で日本に労働基準法という法律が存在する以上は、採用した従業員に対して勤務時間や給与支払などにおいてこれを遵守しなければならず、また同法の条文がおかしいという解釈は、国会で改正されない限りは遵守していない方が違法行為を犯しているということであって、そのような考え方をするCEOの企業は社会性を求められる上場企業において不適格という烙印を押されてしまいます。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉で「悪法もまた法律なり」というものがあり、例えCEOから見れば条文の内容がおかしいと感じる部分があったとしても、そこに抵触してよいという理解は、法治国家である我が国においては許されない解釈となります。もし労働基準法の中におかしいと感じる部分があるのであれば、国会議員を通じて国会での改正をお願いする以外方法はありません。労働基準法といった労務関連法令を盾に従業員サイドから訴訟を提起されて敗訴する可能性があるのであれば、他の法令を遵守するのと同様にこれらも遵守しなければならないものとなります。
各論の解説の前に、
★ 「法律は破るためにある」というような考え方は、IPO検討の有無に関係なく、CEOのみならず全ての社会人は持ってはならない
★ 事業活動を営む上では全ての法律を遵守しなければならない、その中でも労働基準法は大いに影響を与える
ということを押さえて頂きたいと思います。


2. IPO準備における労務管理のポイント

IPO準備における労務管理の押さえるべきポイントは以下の2点に集約されます。
(1) 未払残業代がないこと
(2) 三六協定違反がないこと

(1) 未払残業代がないこと

これは従業員の適切な時間管理を行っているかどうかに関わります。
従業員のタイムカードなど勤怠管理システムにおいて就業時間を記録し、超過勤務時間に対して残業代を支払うという基本的な仕組みについては論じるまでもありませんが、企業の中には定時時間または深夜残業時間帯に入る直前など、時間外勤務手当を支払わなければならないタイミングの直前で従業員に勤怠管理システムに退勤の打刻を強いて、打刻後勤務を継続させているというケースが見受けられますが、これは企業側の違法行為となり、従業員に対しては従事した時間に対応する残業代他人件費を支払わなければなりません。
もし仮に企業側が従業員にこのような打刻を強いているのであれば、従業員から労務訴訟を起こされた場合には企業側の敗訴となる可能性が高く、従業員に対して未払となっている労働債務を支払わなければならなくなります。

IPO審査においては勤怠管理システムの記録と残業代の相関関係をチェックされるだけではなく、
● 従業員にPCやタブレットが貸与されている場合のこれらのログオン・ログオフ時間と勤怠管理システム上の勤務データの整合性の確認
● 入り口にセキュリティが設置されている場合にはセキュリティーカード等による入室・退室時刻と勤怠管理システム上の勤務データの整合性の確認
といった、労働実態に照らした時間管理データの信憑性が確認される可能性もあります。

(2) 三六協定違反がないこと

① 就業規則の整備の必要性

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、労働者の代表者の意見書とともに所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。また作成時だけではなく、就業規則を自主的または行政の命令により変更する場合にも同様の手続きが必要となります(労働基準法89条、90条)。
上記にもかかわらずIPO検討段階において就業規則そのものが作成されていないというケースや、労働実態が就業規則と乖離しているにもかかわらず見直し・改定が行われていないというケースも見受けられます。このようなケースでは、例え収益性・事業の成長性が高い企業であっても、これらが整備されるまではIPOの審査対象期間にすら入ることが出来ないということも考えられます。

② 三六協定

従業員に時間外勤務又は休日出勤をさせる場合には、就業規則の中への明記とともに従業員の代表者との合意を明文化して労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署に提出しなければならないこととなっており、この根拠が労働基準法36条に定められていることから、通称・三六協定と呼ばれています。
企業においてはまずそもそも従業員の残業・休日出勤を命令する場合は、この三六協定が締結されていなければ違法となり、また三六協定における時間の制限を超えて超過勤務をさせている場合も同じく違法となります。
IPO審査においては(1)の適切な時間管理とともにこれらが三六協定の範囲であるかについても厳しく審査されます。
また残業時間の管理においては以下の3点も押さえておかなければなりません。

i. 「名ばかり管理職」がいないこと

一般的に部長、課長といった管理職は、経営者側の視点に立った現場マネジメントが求められることから、時間外勤務手当の対象外とするケースが殆どですが、2008年の日本マクドナルドの店長が訴訟を提起し勝訴した事件を契機に、本来管理職としての人事権、裁量権、相応の給与が与えられていないにもかかわらず、時間外勤務手当の対象外となっている従業員がいないかについて、相当の留意が必要です。

ii. 時間外勤務時間は月合計45時間・年合計360時間を超えないこと

労働基準法の改正法が昨年施行され、時間外勤務時間は上限が上記のように定められました。これに違反する場合には企業側に罰則が設けられており、知らなかったでは済まされないこととなります。
総務の実務においては、勤怠管理システムにおいて例えば月の残業時間が35時間あるいは40時間を超えた段階で該当従業員にアラームを発信するといった仕組みを構築することにより、労働基準法違反を回避するといったことが考えられます。

iii. 残業時間の集計は分単位で行うこと

時間外勤務時間の集計において、毎日の残業実績を1時間または0.5時間単位で集計している企業が未だに見受けられますが、実はこれも労働基準法違反であり、原則は時間外勤務時間は1分単位で集計し、その計算期間において分単位での時間外勤務手当を支払わなければなりません。
一方で、厚生労働省の通達で「1カ月における時間外労働等の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げる方法については労働基準法違反として取り扱わない」というものがありますが、これは日々の残業時間については1分単位で計算することを前提とし、そのようにして集計した1カ月の残業時間の合計に端数がある場合に端数処理を認めているものです。これを毎日の残業時間の30分未満を切り捨てて良いと曲解している企業が散見されますが、毎日の残業時間の30分未満切り捨ては労働基準法違反となることに注意が必要です。

筆者プロフィール

重見 亘彦

  • 株式会社サンライトコンサルティング 代表取締役CEO、公認会計士・税理士
  • ㈱ミズホメディー(現在東証二部)社外監査役、九州大学大学院非常勤講師、その他IPO準備中の企業の社外役員、顧問、中小監査法人のパートナーを務める。
  • 主な著書(共著) 会計が分かる事典(日本実業出版社)、7ステップで分かる株式上場マニュアル(中央経済社)
  • セミナー実績 名古屋・札幌・福岡各証券取引所のIPOセミナーを中心に講演多数
  • URL:https://www.slctg.co.jp

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