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失敗しないIPO 第4回「IPO準備段階で必要な機関設計」
1. 機関設計の意義
第3回においてコーポレートガバナンスの確立の重要性を解説しましたが、その意義は経営活動を有効に行うためです。そのために必要な経営管理組織が適切に整備・運用されていなければなりませんが、特に機関設計がその基礎となります。
(機関設計においては様々な会社の形態(株式会社の他、合同会社、合名会社、合資会社)がある中で、IPOを検討する会社は株式会社に限定されますので、以下の説明は全て株式会社を前提とします。)
機関設計を端的にいうと、会社法に定められた「機関」の組み合わせを設計することです。会社法で定められている機関は、株主総会、取締役、取締役会、三委員会(指名委員会、監査委員会、報酬委員会の総合名称、以下同じ)、監査等委員会、監査役、監査役会、会計監査人、会計参与があり、その組み合わせは会社法に定める基本ルールに則った上で企業のニーズに基づく自由な機関設計が認められています(機関設計自由の原則)。なお、どの株式会社でも絶対要件となっている基本ルールは、以下の2つです。
【会社法295条】すべての株式会社には株主総会を設置しなければならない。
【会社法326条1項】株式会社には、一人又は二人以上の取締役を置かなければならない。
株式会社においてはこの基本ルールの中で自由な組み合わせが法的に認められており、IPOを検討しないのであれば、一人株主+一人取締役でも株式会社を設立し運営することが出来ます。また、IPOを検討しない中でも会社法の範囲において組み合わせができる機関設計のパターンは全部で40通りあり、各企業のニーズに応じた機関設計が可能です。
例えば、売上高が1億円に満たない創業期の段階を想定しますと、取締役会や監査役・監査役会、会計監査人などの機関の設置により経営のフレキシブルさが阻害される可能性も考えられ、またそこまでステークホルダーも多くないと想定されることから、最低限上記基本ルールに基づき機関設計するだけで充分であることも考えられます。
一方、既にIPO済の上場企業やこれからIPOを目指す企業、また目指さないまでもステークホルダーへの影響が大きいと想定される企業においては、内部牽制や監視が有効に機能できる一定レベル以上の機関設計を行わなければなりません。
会社法においては牽制を行う機関の設置の要否については
① 公開会社であるかどうか?
② 大会社であるかどうか?
で区分されています。
①の公開会社であるかどうかですが、「株式公開」で使用する「公開」の意味と異なり、会社法では発行済株式のすべてに譲渡制限を付している会社とそれ以外の会社(全て又は一部の株式に譲渡制限を付けていない会社)で分け、前者を株式譲渡制限会社、後者を公開会社と呼称しています。
IPOする段階になったら一部でも株式譲渡制限を付けることは出来ませんので、一定のタイミング(次項で説明)で公開会社にならなければいけません。以降は会社法における公開会社を念頭に説明します。
2. IPO準備において具体的に求められる機関
(1) 公開会社の機関設計
会社法上の公開会社である場合には、大会社であるか否かにより次のような機関設計の選択肢があります。(なお、大会社とは資本金5億円以上または負債総額200億円以上のいずれかに該当する企業のことをいいます)
① 非大会社
✔ 取締役会+監査役
✔ 取締役会+監査役会
✔ 取締役会+監査役+会計監査人
✔ 取締役会+監査役会+会計監査人
✔ 取締役会+三委員会+会計監査人
✔ 取締役会+監査等委員会+会計監査人
② 大会社
✔ 取締役会+監査役会+会計監査人
✔ 取締役会+三委員会+会計監査人
✔ 取締役会+監査等委員会+会計監査人
上記選択肢から理解できることは、以下の2点です。
- 大会社であるかどうかを問わず、公開会社となった場合は必ず取締役会と監査役、監査役会、三委員会又は監査等委員会といった監視機関を設置しなければならない。
IPOしていなくとも、一部でも自社の株式を自由に売買できる企業であるため、取締役の職務執行行為を監視する機関を設けなくてはならないということとなります。 - 公開会社かつ大会社である場合、三委員会又は監査等委員会を設置した場合には、会計監査人の設置が義務となる。
会計監査人とは計算書類などの会計監査を行う機関をいい、これに就任できるのは公認会計士または監査法人のみとなります。すなわち標記の要件を満たした場合には会計監査人を設置しなければなりません。
(2) IPO準備において検討すべき機関設計
IPO準備に入るまでの殆どの会社は株式譲渡制限会社でありかつ非大会社である企業であると推測され、このような企業がIPO準備に入ったらすぐに公開会社かつ大会社にならなければならないということにはならないのですが、各時期でステップを踏んで機関を変更していく必要はあります。以下に各時期までに対応していなければならない機関設計について説明します。
① 上場直前々期
株式譲渡制限会社かつ非大会社のままであるとしても、上場直前々期に入ると上場審査対象年度に入り、コーポレートガバナンスの状況を審査されることとなります。そのような背景から以下の機関設計が必要です。
- 取締役会の設置
取締役会を開催して重要議案を定期的に審議しているかどうかが審査されることから、取締役会の設置が必要となります。取締役会を組成するためには取締役は3名以上必要で、また会社法においては3か月に1回以上の取締役会の開催を義務付けているところですが、月次決算の結果の審議という重要議案が考えられますので、IPOを目指すのであれば、この時期から毎月1回以上の取締役会の開催が求められます。 - 監査役の登用
取締役の職務執行を監査する機関として、この時期に監査役は適任者に就任要請の上、登用することが求められます。この場合の適任者について、望ましいのは社外要件を満たす方で、監査役の社外要件は以下の通りです。
A) その就任の前10年間当該株式会社またはその子会社の取締役、会計参与、もしくは執行役または支配人その他の使用人であったことがないこと
B) その就任の前10年以内のいずれかの時において、当該株式会社またはその子会社の監査役であったことがある者にあっては、当該監査役への就任の前10年間当該株式会社またはその子会社の取締役、会計参与もしくは執行役または支配人その他の使用人であったことがないこと
C) 当該株式会社の親会社等または親会社等の取締役、監査役もしくは執行役もしくは支配人その他の使用人でないこと
D) 当該株式会社の兄弟会社及びその子会社の業務執行取締役等でないこと
E) 当該株式会社の取締役もしくは執行役もしくは支配人その他の重要な使用人または親会社等の配偶者または2親等内の親族ではないこと
しかし上記のような人材は一般的に外部から探して登用するということが難しいことが多く、どうしても見つからない場合は、一旦は社外要件を満たさない方に就任をお願いし、就任して頂きたい社外要件を満たす方々のリサーチを翌年度となる上場直前期までの宿題とするということも考えられます。
② 上場直前期
上場審査においては特に企業の機関が適切に運営されていることが要件とされているため、上場企業と同様の機関設計を行い、かつその下で運営が行われていることが求められます。そのような背景から以下の機関設計が必要です。
- 取締役会における社外取締役の登用
2019年10月18日の政府閣議において、2021年以降社外取締役の設置が義務付けられたことは新聞報道等でご承知の方も多いと思われ、2021年の改正会社法施行後において社外取締役の登用が義務付けられる企業は、
✔ 監査役会設置会社かつ公開会社
✔ 大会社
✔ 有価証券報告書を提出している
の3要件を全て満たしている企業となり、要は上場企業が対象となります。しかしながらこれに先立ち既に2015年にコーポレート・ガバナンスコード(第3回コラム参照)において社外取締役2名以上の登用が求められていることから、上場企業においては対応済である企業が殆どとなり、今回会社法の方で改めて明文化され強制力が増したということになります。
社外取締役とは、以下の要件に全て該当しない取締役となります。
A) 当該会社の代表取締役、業務執行取締役、執行役及び支配人その他使用人(以下合わせて「業務執行者等」)
B) 過去10年間において当該会社の業務執行者等であったことがある者
C) 過去10年間において当該会社の取締役・会計参与・監査役であったことがある者の場合は、その取締役・会計参与・監査役への就任の前10年間において業務執行者等であった者
D) 子会社の業務執行者等
E) 過去10年間において子会社の業務執行者等であった者
F) 過去10年間において子会社の取締役・会計参与・監査役であったことがある者の場合は、その取締役・会計参与・監査役への就任の前10年間において業務執行者等であった者
G) 親会社の取締役、執行役及び支配人その他使用人
H) 兄弟会社の業務執行者等
I) 当該会社の取締役、執行役、支配人その他使用人の配偶者及びその二親等以内の親族
登用する人材の探索が困難な企業も多いかとは思いますが、直前期には社外取締役2名以上の候補者を擁立する必要があります。 - 監査役会の設置
監査役会は監査役3名以上で構成され、その職務は常勤監査役の選任または解職、監査方針の決定、監査報告の作成などとされています。監査役会の要件として、1名以上の常勤監査役を選任するとともに、半数以上を社外監査役としなければなりません。従って直前々期に社外監査役を登用できなかった会社においては2名以上の社外監査役を選任する必要があります。 - 三委員会又は監査等委員会の検討
上記監査役会の設置に代えて三委員会又は監査等委員会を設置する選択肢もあります。
三委員会は先述の通り指名委員会、監査委員会、報酬委員会の3つの委員会を設ける必要があり、各委員会は取締役で構成されますが、このうち監査委員会においては監査役会の場合と同様に3名以上で構成し、かつ半数以上を社外取締役とする必要があります。
また監査等委員会は、監査役会を設置する代わりに業務執行取締役をチェックする役割に限定されている監査等委員となる取締役3名以上で構成し、これも上記と同様に3名以上で構成し、かつ半数以上を社外取締役とする必要があります。
③ 上場申請年度
IPO後を想定しての直前期の機関の運用を行う関係で、直前期でIPO後と同様の機関設計を行う必要があり、殆どの対応は既に終了している状態となりますが、この年度までには以下の対応が求められます。
- 公開会社となること
上場直前々期及び上場直前期では企業にとって株主・出資者を選別したいという意向が容認されますので、必ずしも会社法上の公開会社である必要はありませんが、IPOを前提にすれば株式譲渡制限会社とはなり得ませんので、遅くとも上場申請年度で公開会社となる必要があります。 - 大会社となること
これは資本金を必ず5億円以上にしなければならないということではなく、資本金5億円未満でも「みなし大会社」となることは会社法上可能であり、大会社と同じ法規制を受けることが求められます。これにより、上場直前々期及び上場直前期で監査法人の監査を受けるべく何処かの監査法人と契約済である中で、大会社でなければ監査法人による監査は「金融商品取引法に準じた監査」として任意の監査を受けている状態ですが、大会社は会社法によって会計監査人の監査が義務付けられますので、「準じた」ではなく法定監査を義務付けられる企業となります。
3. IPO準備における機関設計の留意点について
これまでは基本的な機関設計を解説しましたが、この項では私見も含めて実務上の留意点を解説します。
① 三委員会設置会社又は監査等委員会について
昨今では監査役会に代わり三委員会又は監査等委員会の設置を検討する企業が増加してきております。この制度の背景はアメリカにおける機関設計に準じて法制化された国際的な機関設計方法であることから、国際的なビジネスを展開する企業が採用することも考えられますが、それ以外では取締役と監査役の任期の違いで三委員会を選択するという企業も見受けられます。
監査役会設置会社の場合は、監査役に就任した方が不適任と考えられるとしてもその方に瑕疵がない、または株主総会で解任されない限り任期は4年となりますが、三委員会の場合は監査委員会を構成する取締役は任期が1年、監査等委員会の場合は監査等委員となる取締役は任期が2年と、改選までの期間が短縮されます。
一方で三委員会又は監査等委員会の場合留意すべきなのは以下の二点です。
- 上記いずれかの委員会における構成メンバーは全て取締役であるため、監査役と異なり取締役会で議決権を有する(監査役は取締役会の出席が義務付けられるものの、取締役会における議決権は有しません)こととなり、業務執行取締役とすれば好まざる議決権行使が行われる可能性を考慮しなければなりません。スティーブ・ジョブズもアップル社から解任され追放された過去があることを付記しておきます。
- 三委員会又は監査等委員会を設置した場合は、(1)に記載の通り会計監査人の選任が自動的に義務化されることとなり、いずれかの委員会設置を選択した場合には上場申請年度より前であっても会社法に基づく法定監査を受けなければならないことになります。
② 社外取締役及び社外監査役(以下、総合して「社外役員」)について
この件は登用する企業側と就任を受諾する方の側の両面から留意点を解説します。
【企業側】
登用する人材として、経歴・肩書・保有資格において適任と考えられる方を選任する傾向が多くみられ、とりわけ弁護士・公認会計士が選任されるケースが多く見受けられます。登用された社外役員は、業務執行取締役に対してしっかりと監視して頂く必要がありますが、弁護士または公認会計士の方で自身の知見を以って取締役会等で不必要に業務執行取締役を糾弾したり、企業に関係ない議論を持ち込む等、取締役会が荒れる傾向にあるということをよく耳にします。
私見ですが、企業側から社外役員の発言の機会を制限するなど、監視行為の妨害をしてはならないものの、社外役員の選任に当たっては適時適切に監視機能を発揮する人材を選ぶ必要があります。
【就任を受諾する方の側】
就任する側の留意点として、社外役員は決して名誉職ではないことを心得て頂きたいと考えます。
月数日の出社で役員報酬が得られるという甘い考えで就任しているケースもよく耳にしますが、仮に社外役員に就任した企業において粉飾決算など不祥事があり、会社に損害が生じた場合に、株主等ステークホルダーから監視義務の懈怠として損害賠償請求される可能性も十分に考えられます。不必要に取締役会等で強硬な発言をすることは避けるべきですが、社外役員に就任した以上はステークホルダーから監視機能を期待されていることを十分に肝に銘じて職務執行に当たらなければなりません。
筆者も社外役員を兼任しておりますが、就任前に企業のコーポレートガバナンスの状況のヒアリングを行うなど十分に対象企業を把握したうえで就任しております。就任する側は就任後に一定のリスクがあることを心掛けるべきと考慮します。
③ 上場直前期の監査役の‘常勤’について
筆者に寄せられる相談のうち、「常勤監査役は週何日出社すれば‘常勤’と認めて頂けるのでしょうか?」という相談はこれまで多数頂いて来ました。バブル経済期のIPOならば少々監視機能が脆弱な企業でも許容できた事例もあったことから、これまでその時の名残として「週3日以上なら常勤として許容される」という不文律があったように思います。
しかし上場審査において企業のコンプライアンス遵守状況が重点審査項目となっている中、監査役に出社を促さないというような企業の姿勢は今後容認されないものと理解して頂かなければなりません。
現在でも既上場企業で監査役が週3日程度しか出勤していない企業が多いと耳にしますが、これだけ企業自治・統治の必要性が叫ばれる中、監査役の細かい業務を挙げるだけでも、稟議書その他重要社内文書の査閲と違法性の有無の確認、内部監査部門との協議及び応相談、重要な金額の会計処理に関するヒアリング、その他たくさんの仕事が挙げられ、週3日程度の出勤ではとてもステークホルダーの期待に応えられるはずがありません。また「我が社には何も問題は起こっていないから監査役に仕事はない」という企業もありますが、問題が何も起こっていないということを継続して確認する必要があることは、東芝問題などを通じてご理解頂けると思います。
会社法上、監査役は取締役と同様に役員であり労働基準法の対象から外れますので、就業時間の拘束はありませんが、監査役が適切に業務を行っている企業であれば、物理的に考えると週4日でも時間は足りないはずであり、基本的には営業日は毎日出社が当たり前、と考えるべきです。
④ 会計参与について
冒頭に羅列して以降説明をしなかった会計参与について若干触れておきます。
会計参与とは、会社の取締役と共同して計算書類等を作成する機関をいい、公認会計士・監査法人、税理士・税理士法人といった会計に関する国家資格を有する個人または法人が就任することが出来ます。元々は中小企業においても企業会計の健全性を担保する必要があったことから、2006年施行の改正会社法から制度が導入されましたが、会計参与の設置は任意となっています。
IPO準備においては、会計監査人となる監査法人がしっかり監査している前提で会計参与の有無はあまり影響はないと考えられます。
なお、就任を希望する側の方々への留意点ですが、実は会計参与は取締役会への参加については、計算書類等の承認に関する議案を除いては出席が義務付けられておらず、企業側で会計参与を定例の取締役会にオブザーバー参加させるかどうかは任意となるため、企業の重要な情報をキャッチアップ出来ない可能性が十分にあり、会計参与が知り得ないところで粉飾決算等の不祥事があった場合にも損害賠償責任を負う可能性もあります。従って会計参与は社外役員の場合と同様に軽々に就任することは推奨できません。
筆者プロフィール
重見 亘彦(しげみ のぶひこ)
株式会社サンライトコンサルティング 代表取締役CEO、公認会計士・税理士
(株)ミズホメディー(現在東証二部)社外監査役、九州大学大学院非常勤講師、その他IPO準備中の企業の社外役員、顧問、中小監査法人のパートナーを務める。
主な著書(共著) 会計が分かる事典(日本実業出版社)、7ステップで分かる株式上場マニュアル(中央経済社)
セミナー実績 名古屋・札幌・福岡各証券取引所のIPOセミナーを中心に講演多数
公認会計士・税理士 重見 亘彦 氏 連載記事
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