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失敗しないIPO 第3回「IPO準備段階におけるコーポレートガバナンス」
1. コーポレートガバナンスの考え方
企業がIPOを検討する段階は売上高・利益・従業員数ともに成長過程であり、プライベートカンパニーからパブリックカンパニーへ生まれ変わらなければならないタイミングでもあります。そのような企業は権限と責任を要職者に移譲して組織的な体制を確立する必要があることはこれまでも述べて参りましたが、この時に検討すべきなのがコーポレートガバナンスの強化です。
コーポレートガバナンスの解釈は出版されている様々な経営書によって様々であり、基本的にはそのまま直訳すると「企業統治」となりますが、このコラムにおいて筆者は皆様にIPOを検討する経営者はコーポレートガバナンスを「利益の最大化のための経営監視機能」とご理解頂きたいということを申し上げておきたいと思います。
企業活動が多面化してくると純粋にこれまで成長させてきたビジネスを延長線で考えるのではなく、従業員の増加と同時にヒューマンエラーや信用失墜行為が起こるリスクも増加します。また、自社が業績を伸ばすとビジネスチャンスが認知され、同様のビジネスを競合他社が追随したり、大手資本が参入することによりマーケットシェアを取られてしまうことも十分考えられます。一方で売上高ベースで5億円を超える規模に成長した後は、上記のような経営課題はCEO単独ではなく組織的に解決していかなければなりません。
筆者はクライアントに常々、「IPOを目指すなら、まずIPOありきで考えるのではなく、エターナルに、仮にCEOが交通事故で長期入院することとなったとしても成長し続けることが出来る企業・組織的体制を作り出すことを考えてほしい」ということをどのCEOにも申し上げており、この時のキーワードがコーポレートガバナンスの確立です。
コーポレートガバナンスの本質は
① 業務監視機能
② 業務執行機能
の二点にあります。
一般的には①業務監視機能の役割のみがクローズアップされることから、「管理業務とそのインフラへの投資は売上と利益を生まないのであまりコストを掛けたくない、だからコーポレートガバナンスは二の次で良い」というCEOが多いと感じられます。しかし、コーポレートガバナンスを強化した企業の最大の強みは、現場で起こっている企業活動を数値化してリンクし、分析するとともに、それを適切なPDCAサイクルに乗せて将来の投資行動にかかる意思決定の判断資料にする、というまさに②業務執行機能を主眼において考えているところにあります。
もう少し詳細にいうと、稟議制度や各業務プロセスの定型化・システム化の充実を図り確実なファクトデータを作成させることで、ヒューマンエラーや不正行為などが出来ない仕組みを作って防御することができます。これにより、CEOはじめ各部門責任者は安心して、裏付けされたファクトデータを叩き台にし、フィーリングではない適時適切な意思決定を図ることができます。これこそが、コーポレートガバナンスの要諦です。
私が関与している企業のCEOのお一人が「わざわざ証券取引所がコーポレートガバナンスの重要性を強調したり、監査法人がやれJ-SOXが大事だとか騒ぐのはふざけた話だ!」と豪語され、刺激的なことをおっしゃるためたしなめたところ、曰く「そもそも、社内の出来事をシステム化などにより見える化したり、経理・総務の人員を充実させながら社内のチェック体制を作っていかないと、売上高100億円など会社が大きくなってきたらフィーリングで会社のことが分かるはずがない。コーポレートガバナンスをしっかり作り込むことは誰からも言われなくても経営者は自ら考えるべきであって、彼ら(証券取引所、証券会社、監査法人)に言われて受動的に対応しているようでは、IPOを検討する以前にそもそも長生きできる会社など作れる筈がない」とおっしゃいました。このCEOのおっしゃっていることが(表現は若干刺激的ですが)まさに成長企業におけるコーポレートガバナンスの本質であると私は考えます。
例えば市町村といったコミュニティでは、
- 10人前後の集落:そもそもガバナンスなど必要なく村人同士の話し合いで解決できる
- 100人前後の村:流石に村の役員や村長、村の中のルールが必要となり、村の中に駐在所くらいは必要になってくる
- 500人以上:コミュニティの中に知らない人も生じてくるレベルであり、役所の設置、エリアを区切っての自治システムの確立、警察署・消防署の設置、人材育成のための学校、議会を作っての条例の改廃の迅速化などが必要になってくる
といったような各段階別の必要なガバナンスを想像されると思います。
コーポレートガバナンスの確立は決して難しい話ではなく、上記のようなコミュニティを前提にすると、集落が町村さらには市に昇格する際にはどんなガバナンスが必要かをイメージ出来ると思います。それを自社に当てはめていけば現在の業容でどのような体制が必要かは申し上げるまでもないと思います。
2. IPO準備で求められるコーポレートガバナンス
コーポレートガバナンスの確立においてメルクマール(指標)となるものとして、
(1) コーポレートガバナンス・コード
(2) 「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」
があります。
(1)コーポレートガバナンス・コード
日本再興戦略の中で成長戦略として掲げられた3つのアクションプランの一つである日本産業再興プランの具体的施策として、コーポレートガバナンスに関する規範として設定されたもので、次の5つの基本原則で構成されています。
① 株主の権利・平等性の確保
② 株主以外のステークホルダーとの適切な協働
③ 適切な情報開示と透明性の確保
④ 取締役会等の責務
⑤ 株主との対話
これは全ての上場企業に適用されるため、IPO後はこれに基づくコーポレートガバナンス報告書の提出が義務となります。この内容をしっかりと押さえ、基本的にはこの内容に沿ったコーポレートガバナンスの構築を行い、もし一部でも自社が沿っていない場合には正当な理由を説明できるようにしておかなければなりません(comply or explain)。
(2)「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」
日本取引所グループの自主規制法人が定める「上場審査等に関するガイドライン」の中に標記の「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」があり、IPO準備段階ではこれをよく読みこんでコーポレートガバナンスの確立を検討することが効率的です。
具体的な内容は以下の5項目です。
① 機関設計とその運用
企業グループの役員の適正な職務の執行を確保するための体制が、次の事項などから適切に整備・運用されている状況にあると認められること。
- 企業グループの役員の職務の執行に対する有効な牽制及び監査が実施できる機関設計及び役員構成である
- 企業の継続及び効率的な経営のために役員の職務の執行に対する牽制及び監査が実施され、有効に機能している
② 諸規程の整備と内部監査
経営活動を有効に行うため、その内部管理体制が、次の事項などから適切に整備・運用されている状況にあると認められること
- 経営活動の効率性及び内部牽制機能を確保するに当たって必要な経営管理組織が、適切に整備・運用されている状況にある
- 内部監査体制が、適切に整備・運用されている状況にある
③ 労務管理
経営活動の安定かつ継続的な遂行及び適切な内部管理体制の維持のために必要な人員が確保されている状況にあると認められること
④ 会計制度の確立
実態に即した会計処理基準を採用し、かつ必要な会計組織が適切に整備・運用されている状況にあると認められること
⑤ コンプライアンス
経営活動その他の事項に関する法令などを遵守するための有効な体制が適切に整備・運用され、また最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となる恐れのある行為を行っていない状況にあると認められること
なお、これらのエッセンスについての具体的な各論は次回以降のコラムにて解説を行って参ります。
筆者プロフィール
重見 亘彦(しげみ のぶひこ)
株式会社サンライトコンサルティング 代表取締役CEO、公認会計士・税理士
(株)ミズホメディー(現在東証二部)社外監査役、九州大学大学院非常勤講師、その他IPO準備中の企業の社外役員、顧問、中小監査法人のパートナーを務める。
主な著書(共著) 会計が分かる事典(日本実業出版社)、7ステップで分かる株式上場マニュアル(中央経済社)
セミナー実績 名古屋・札幌・福岡各証券取引所のIPOセミナーを中心に講演多数
公認会計士・税理士 重見 亘彦 氏 連載記事
※本記事の内容についての個別のお問い合わせは承っておりません。予めご了承ください。