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企業の健康経営への取り組みに必要な人事労務の知識と実践とは中小企業が恐れのない職場を目指すための組織開発視点を解説第6回 自社の健康経営に関わる価値基準を掲げてみよう
このシリーズにある「恐れのない職場」とは、言い換えると、痛みがなく心理的安全性が高い職場のあり方を表わします。「痛み」には、身体的・心理的・社会的・スピリチュアル(霊的)側面という四つの側面があると言われています。職場というフィールドに置き換えれば、「これはどうなっているんだろう(聴きたいけど聴きづらい…)」などのモヤモヤ感のような心理的痛み、「本当は伝えたいことがあるのだけれど周りのメンバーには話しづらい」などのつながり意識の無さから来る社会的痛み、が生じがちだと言えます。
健康経営とは
近年、政府主導で取り組まれている「健康経営」とは、従業員の健康管理を経営的な課題と捉え、戦略的に取り組む手法のことを指します。健康経営を導入すれば、従業員がより良い状態でパフォーマンスを上げ、労働生産性の向上や離職率の低下にもつながるというものですが、これは、企業の業績向上という目的を前提としたものです。そこから更に先にある、働く一人ひとりの”幸せな働き方・生きがいのある暮らしかた”を前提として考えてみると、健康経営の視点を取り入れることによって、健全な働き方・健全な生き方に関してお互いの配慮がなされ、創造的で豊かな暮らし方を実現できるのではないかと思います。
今回は、まずは企業で健康経営に取り組む際に留意すべきことについて、まとめていきます。
企業で健康経営に取り組む際に留意すべきこと
日々、顧問として関わる企業や社員の皆さんと接していく中で、この数年間のコロナ禍で変化した、働くあり方、そして生活そのものの常識について、考えさせられることが増えてきました。
私たちは、時間と場所にとらわれない生活を送ることができるようになりました。その結果、人生の意味や目的について考える機会が増えると同時に、将来のあり方に疑問を持つ人も増えたと言えます。さまざまな不自由を強いられて来た中で、「仕事とは何か」「働くとは・会社とは何か」を根底から省みる、そんな期間を体験して来たのではないでしょうか。
この流れは、コロナが終息したからといって、かつての状態に戻ることはないと私は実感しています。
社会は、経済的価値だけでなく社会的価値が求められる時代。SDGs8番目に「働きがいも経済成長も」とあるように、同時に取り組んでいく持続可能な社会の段階へと入っているのです。そして「健康経営」に焦点をあてると、企業としての持続可能経営の視点からだけでなく、働く個々の人生の豊かさを願いながら社員を観ていく視点が大切なのではないでしょうか。
健康経営は、法的な義務やトレンドを踏まえ何となく取り入れている段階から変化しています。国が打ち出す新しい資本主義の流れからくる「人的資本経営」の方針の一つでもあります。人件費というコストや、使えば消費していく資源といった捉えかたをする、人材に関する旧い見方から、創造性や企業の持続的な成長を担う源泉、「人財」という資本としてみていく流れの中で、ますます大切になっていくのです。
健康経営に関わる施策についても、心身の健康推進にとどまらず、多様性が増す社会の中で、職場や日常で埋もれてしまいがちな個を大切にした”人間性尊重(ES)の健康経営”を考えていく必要があるでしょう。
しかし、取り組みを進める上では、いきなり施策から入り迷走状態になり、形だけの取り組みに終わるケースが多々見受けられます。しっかりと健康経営における姿勢やビジョンを「健康経営宣言」として言語化したり、自社の健康経営推進のロードマップを描いた上で具体的な施策を社内で示す、というプロセスが大切です。
まずは、会社視点・個人視点の両面から、自社の健康経営に関する価値基準を掲げてみてはいかがでしょうか。
健康経営の取り組み四つの価値基準
参考に、私が考える「健康経営の取り組み四つの価値基準」を挙げたいと思います。
- 効率や正解を求める姿勢から、創発・探究心へ(会社視点)
- 言われたらやる受け身な姿勢や自らが能動的にやるモチベーションのあり方から、場からの声・場からわきあがる意志へ(会社視点)
- マズローの欲求5段階説を踏まえ、安心安全の欲求・親和的欲求・承認の欲求と言われる”欠乏欲求”から、自己実現・自己超越欲求という”成長欲求”を、働くを通して人生に求める、というあり方の変容を(個人の視点)
- ただお金を稼ぐ為の会社と言う見方から、くらし・身近な人・地域へ貢献を通してわきあがる幸福というローカルな視点へ(個人視点)
是非ここから、社員との対話の場を持ち、具体的な施策を出し合って取り組んでみてはいかがでしょうか。
まとめ
健康経営は、ややもすると、企業の持続的な経営という側面の施策に偏ってしまい、社員にとってのワクワク感が乏しいゆえに、いずれ形骸化してしまうという事象もしばしば見受けられます。心身の健康のみならず、会社と社員の日常をつなぐ大切なこころみとして、働く一人ひとりの人生や生活を豊かにしていく持続的な幸福感の視点を取り入れて、包括的に捉えていくべき、ということをお伝えしたいと思います。
そして、中小企業においては、更には一歩次元を上げ、社員を「職場で働く仲間」という合理的に結ばれた関係だけでなく、因果を越え、縁あって人生を豊かにする仲間、という視点へと高め合っていくことも目指していくと良いのではと考えます。
筆者プロフィール
矢萩 大輔(やはぎ だいすけ)
有限会社人事・労務 代表取締役
一般社団法人日本ES開発協会 会長
903シティーファーム推進協議会 理事長
社会保険労務士
一般社団法人グリーン経営者フォーラム 代表幹事 他
1995年に社会保険労務士として開業。現在、400社以上の顧問先を抱えるリーディングオフィスとして注目を集める。
「ES組織づくりの有限会社人事・労務」として、1998年、有限会社人事・労務を立ち上げる。2008年より、CSRの団体として、「はたらく幸せは、地域の元気・日本の元気!」をコンセプトに日本ES開発協会を主催。年一度、勤労感謝の日の前後に「日本の未来のはたらくを考える」をテーマに開催される日光街道143kmを舞台に繰り広げるイベント「日光街道太陽のもとのてらこや」は、今年で第14回目となる。農商工連携を支援するコンソーシアム「903シティファーム推進協議会」を主催し、年2回、地域でマルシェを開催。経済合理性の外で起業を志す人の「ウェルファイアカデミー」を主催する。若い人たちの厭勤感漂う労働市場に元気を取り戻そうと活動を続ける。「小さな会社の働き方改革対応版 就業規則が自分でできる本」他11冊の書籍の出版を手掛け、全国の青年会議所や商工会議所、独立行政法人での講師も多数務める。
有限会社人事・労務 代表取締役 矢萩 大輔 氏 連載記事
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