公開日:2021/04/16
この連載コラムでは、印紙税の基本や誤解が生じやすい点について、鳥飼総合法律事務所弁護士の沼野友香 氏と山田重則 氏が易しく解説します。過去の新聞報道を分析すると、意外な文書が課税文書と判断され、多額の過怠税を課されていることが分かります。その第2回として、今回は、「契約書」「第2号文書」について解説します。
「契約」とは、申込みと承諾の意思表示が合致することによって成立するものですが、印紙税法でもこの「契約」の概念の捉え方は同じです。
「契約書」については、民法上定義規定はありませんが、印紙税法では以下のように定められています。
印紙税法 別表第1 課税物件表の適用に関する通則
5 …「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含む。以下同じ。)の成立もしくは更改または契約内容の変更もしくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証すべき文書をいい、念書、請書、その他契約の当事者の一方のみが作成する文書または契約の当事者の全部もしくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解または商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含む(一部抜粋)
この規定のポイントをまとめると、以下のようになります。
以上のように、一般に連想されるいわゆる「契約書」と印紙税法が想定している「契約書」との間には大きなずれがあります。両当事者の署名押印がない文書だからと軽視していると、思わぬ文書に課税をされることもありますので注意が必要です。
印紙税が課される20種類の文書のうち、第2号文書として定められているのが、「請負に関する契約書」です。
請負とは、当事者の一方が、ある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約をいいます。 請負契約の例としては、各種工事、エレベータ保守、機械等の据付・修理、コンピュータソフトの開発、洋服の仕立て、広告宣伝、音楽の演奏、宿泊、結婚披露宴の引受けなどが挙げられます。
このように、日常生活において皆様は数多くの請負契約を結んでいます。
そして、請負契約のうち機械修理や洋服仕立て等の少額取引の多くは、両当事者の署名押印のあるいわゆる契約書ではなく、伝票のような簡易な文書で代用されているケースが多く見受けられます。このように、機械修理等については伝票等で依頼内容を確認することが一般的ですが、1で解説をしたとおり、伝票も印紙税法上の契約書に該当しますので、注意が必要です。
ところが一般に伝票に印紙が必要とは考えられていないため、過去にも同種の事案で多くの過怠税の納付を求められた事案がありました。
前回も説明しましたが、過怠税とは文書の作成時に適切な印紙税を納付しなかったためにペナルティーとして課される税金をいいます。
過去の新聞報道の中にも、第2号文書に該当する伝票等の事案がありますので、ご紹介します。
2012年、大手スーパーマーケットが自転車修理を請け負った際に顧客に交付していた伝票について、印紙の貼り漏れがあるとして、3年間で約3000万円の納付漏れの指摘を受けました。過怠税は、もともとの印紙税額の1.1倍になるため、約3300万円とみられます。
同社は全国に店舗を有する大手スーパーマーケットであり、全国の店舗で同じ伝票を使用していたとみられるため作成通数が多く、合計約15万枚分の伝票に納付漏れがありました。
自転車修理は、自転車の不具合を直してもらい、不具合が解消されたことに対して修理代金を支払うものですから、請負契約にあたります(第2号文書)。また、1で解説をしたとおり、その文書の表題が「伝票」でも、一方当事者が作成した文書であっても「契約書」にあたり、相手方に交付されれば課税されます。
指摘を受けた伝票の詳細な記載内容はわかりませんが、納付漏れの指摘を受けたということなので、同文書には請負契約の内容に関する記載(第2号文書の重要な事項の記載)があったと考えられます。
ところで、第2号文書の場合、その文書に記載された契約金額が1万円未満であれば非課税となり、印紙を貼る必要はありません。また、契約金額が明確になっていない場合でも1万円未満の予定金額の記載や、「契約金額1万円未満」などの記載があれば、その文書は非課税となり、印紙を貼る必要はありません。
本件の事案の詳細は明らかにはなっていないので、ここからは憶測になりますが、自転車の修理を依頼して1万円以上になるケースはそう多くはありません。とすると、指摘を受けた通数から考えて、契約金額、予定金額、「契約金額1万円未満」のいずれの記載もなかったのではないかと考えられます。伝票の書式に「契約金額1万円未満」等の印字さえされていれば過怠税の金額は大幅に低くなっていた可能性もあります。
この事案からは、
ということを学び取ることができます。
2012年、大手下着メーカが、セミオーダーの女性用下着を販売する直営店が顧客に発行していた「お客様控え」について、印紙の貼り漏れがあるとして、3年間で約3200万円の過怠税の納付を求められました。
セミオーダーの下着の販売が、印紙貼付が必要な請負にあたるのか、印紙貼付が要らない売買にあたるのかの判断には少し悩むところがあるかもしませんが、セミオーダーは顧客のサイズに合わせて仕立て、依頼したサイズどおりに仕上がっていなければ通常は補正を求めることができますから、請負にあたると考えられます(第2号文書)。
また、この「お客様控え」には請負契約の内容であるサイズや支払方法が記載されていたということなので、「契約書」にあたる(第2号文書の重要な事項の記載がある)と判断されたものと考えられます。
このケースも⑴の修理伝票の事案と同様、一方当事者が作成・交付する「控え」であり、印紙税の「契約書」の考え方を知らないとなかなか印紙を貼る必要があるとの判断がつきにくいと考えられます。
この事案からは、
ということを学び取ることができます。
「契約書には印紙を貼らなければならない」ということは広く知られていますが、印紙の貼付が必要な契約書は、両当事者が共同で作成した署名押印等のあるいわゆる契約書だけではありません。
一方当事者が作成した伝票やお客様控えも契約内容の確認のために作成される文書などは印紙を貼る必要があります。特に、請負に関する契約書(第2号文書)は日常生活において作成する機会が多いので、第2号文書に当たらないか慎重に検討する必要があります。
鳥飼総合法律事務所所属。
中央大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院法務研究科修了。
第二東京弁護士会所属。
主に、税務、知的財産権、企業法務、労務・人事に係る業務に携わる。
株式会社鳥飼コンサルティンググループ主催、新日本法規出版株式会社協賛による「印紙税検定(初級篇)」の立ち上げに参画、「印紙税検定(中級篇)」の講師を務める。
鳥飼総合法律事務所印紙税相談室に所属し、印紙税相談、印紙税調査対応、企業研修など、幅広く印紙税に関する業務を行う。
著書に「迷ったときに開く 実務に活かす印紙税の実践と応用」がある。
鳥飼総合法律事務所URL:https://www.torikai.gr.jp/services/stamp/