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使用者側弁護士が解説!人事労務担当者が現場で抱える社員のメンタルヘルス問題と実務対応第4回<まとめ>メンタル不調を未然に防止するために企業がすべき対策とは?
1 はじめに
これまでの第1回から第3回までのコラムでは、休職開始時から休職期間満了時までにおける、現場で悩みがちな問題への実務対応を解説しました。
この点、厚労省のメンタルヘルス指針(労働者の心の健康の保持増進のための指針)では、メンタルヘルスケアを次の3段階に分類しています。
- 一次予防(未然防止)
- 二次予防(早期発見、適切な対応)
- 三次予防(職場復帰支援)
この分類によれば、第3回までのコラムは、二次予防と三次予防に該当します。
もっとも、社員のメンタルヘルス不調を未然に防止するという、一次予防が最も重要であることに異論はないと思います。
そこで、第4回の最終回では、一次予防(未然防止)に関する実務対応を解説します。
2 メンタルヘルス指針の概要
メンタルヘルス指針には、今説明した3段階の分類の他に、次の4つの主体によるケアを分類しています。
「セルフケア」:労働者自身がストレスや心の健康について理解し、自らのストレスを予防、軽減するあるいはこれに対処すること
「ラインによるケア」:労働者と日常的に接する管理監督者が、心の健康に関して職場環境等の改善や労働者に対する相談対応を行うこと
「事業場内産業保健スタッフによるケア」:事業場内の産業医等の事業場内産業保健スタッフ等が、事業場の心の健康づくり対策の提言を行うとともに、その推進を担い、また、労働者及び管理監督者を支援すること
「事業場外資源」によるケアは:事業場外の機関及び専門家を活用し、その支援を受けること
これらのイメージ図は、次のとおりです。
<図表>
一次予防から三次予防までの各段階において、労働者本人、管理監督者、産業医、及び事業場外の専門家が連携していくことが重要になりますが、これらのうち、ストレスチェックは、一次予防のセルフケアに位置付けられています。
3 職場でのメンタル不調への対応策
⑴ 精神障害の労災支給決定件数
令和4年度の精神障害の労災支給決定件数は、710件であり、過去最も多い数字になっています。メンタルヘルス不調の原因として挙げられることが多いのは、長時間労働やパワーハラスメントの問題です(令和4年度「過労死等の労災補償状況」)。
具体的に、上記710件のうち、長時間労働とパワハラに関するものは、次のとおりであり、相応の割合になっています。
出来事の類型 | 具体的な出来事 | 決定件数 |
---|---|---|
長時間労働に関するもの | 仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった | 78件 |
1か月に80時間以上の時間外労働を行った | 21件 | |
2週間以上にわたって連続勤務を行った | 38件 | |
パワハラに関するもの | 上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた | 147件 |
合計 | 285件 |
⑵ 対策手段
これらの対策を講じるための法制度上の手段は、時間外労働の上限規制、労働時間の状況把握義務、医師による面接指導、ストレスチェック制度などが考えられます。ハラスメント対策の場合には、ハラスメント相談窓口の設置・運営なども考えられます。
これらのうち、ストレスチェック制度は、先ほど述べたとおり、一次予防のセルフケアに挙げられますので、次で解説します。
4 ストレスチェック制度
⑴ 内容
ストレスチェックは、ストレスに関する質問票に労働者が記入し、それを集計・分析することで、自身のストレスがどのような状態にあるのかを調べる検査です。
労働者が50人以上いる事業所では毎年1回の実施が義務付けられています(労働安全衛生法66条の10)。
もっとも、ストレスチェックの受検を労働者に義務付けることはできません。
なお、50人未満の事業場は、当分の間、努力義務となっています。
⑵ 趣旨・目的
ストレスチェック制度の主な目的は、メンタルヘルス不調の「未然防止」であって、精神疾患の「発見」ではありません。
具体的に、厚労省のストレスチェック指針(心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針(平成27年4月15日、平成30年8月22日最終改正))によると、この制度の趣旨・目的は、定期的に検査結果を本人に通知して、自らのストレスの状況の気付きを促し、個々の労働者のストレスを低減させるとともに、検査結果を集団ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を評価し、職場環境の改善につなげることで、ストレスの要因そのものを低減するよう努めることを事業者に求めるものとされています。そして、さらにその中で、ストレスの高い者を早期に発見し、医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することを目的としています。
つまり、キーワードとしてまとめると、ストレス状況について、①労働者目線に立つと、【労働者本人に気づきを促す】、【個々の労働者のストレスを低減させる】、【ストレスの高い者を早期に発見➡医師による面接指導につなげる】ことが挙げられます。②職場目線に立つと、【集団分析により職場のストレス要因を評価し職場環境の改善につなげること】などが挙げられます。
⑶ 実施手順
ストレスチェックの実施手順のイメージは、次の図のとおりです。
簡単に説明すると、①労働者目線に立つと、【実施者が本人に検査結果を通知(※)➡︎必要に応じて本人から面接指導の申し出・実施➡︎必要な就業上の措置の実施】、②職場目線に立つと、【検査結果の集団分析(努力義務)➡︎職場環境の改善】を行うことになります。
※実施者は労働者の同意を得なければ事業者に検査結果を提供できません。
⑷ ストレスチェック制度の有効活用
ア 第14次労働災害防止計画
第14次労働災害防止計画(令和5〜9年度、令和5年3月策定)では、「ストレスチェックの実施のみにとどまらず、ストレスチェック結果をもとに集団分析を行い、その集団分析を活用した職場環境の改善まで行うことで、メンタルヘルス不調の予防を強化する」と定められています。
イ ストレスチェックの実施状況
ところで、ストレスチェックの実施状況等については、次のデータがあります。
出典:「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」第1回資料(資料2 職場におけるメンタルヘルス対策の現状等)
50人以上の企業(緑)では、令和4年について、①ストレスチェック実施状況(84.7)%、②集団分析の実施状況(62.0%)、③集団分析結果の活用状況(50.5%)となっているのに対し、50人未満の企業(赤)では、①(32.3%)、② (23.2%)、③(18.4%)と、明らかに割合が低くなっています。特に、ストレスチェックの実施状況は3割程度となっており、小規模企業ではストレスチェックが浸透していないことが分かります。
ストレスチェックを実施していない理由として、約80%の企業が「実施義務がなかった」(から)と回答しています(令和3年度厚労省委託事業「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業」)。
ウ 厚労省の検討会
しかし、厚労省では、令和6年6月現在、「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」を実施しており、ここでは、50人未満の事業場のストレスチェックの義務化や、集団分析の義務化を検討すべきという意見が出されています。
議論の結果によっては、これまで努力義務であった企業にもストレスチェックが義務化されるかもしれません。
また、検討会では、小規模企業の場合における労働者のプライバシー保護が問題になるとの指摘がある一方で、大企業でもプライバシー確保のため、基本的に実施事務従事者を外部の機関に委託しているケースが多いという指摘もされており、議論がどのように整理されていくかが注目されます。
なお、必要に応じて、ストレスチェック又は面接指導の全部又は一部を外部機関に委託することも可能とされています(ストレスチェック指針)。
5 最後に
メンタルヘルス不調により出勤できない社員が生じることは、その社員、企業ともに望ましくありません。
企業としては、私傷病により退職となった場合の採用コストや、他の社員への影響を想像してみると、メンタルヘルス対策が重要であることが理解できると思います(特に小規模企業の場合、社員1名が退職した場合の影響は、大企業と比べて大きいはずです)。
また、仮に労災の場合、その法的リスクはさらに増大します。
この点、ストレスチェック制度は、一次予防として、労働者に気付きを与える機会になっていると理解されていますので、法的義務の有無にかからず、制度導入を検討することも考えられます。
全4回のコラムを通じて、企業が適切に社員のメンタルヘルス対応をするための一助となれば幸いです。
筆者プロフィール
飯島 潤(いいじま じゅん)
多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。
著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。
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