公開日:2023/06/06
2020年4月以降、賃金の時効期間がこれまでの2年から3年に延長され、また、(中小企業を含む全ての会社で)時間外労働の上限規制が適用されました。さらに、2023年4月以降、これまで中小企業に猶予されていた、時間外労働60時間超えの場合の割増率(50%以上)が適用されました。
そのため、会社にとって、未払い残業代対策の重要性が増しています。しかし、会社によっては、適切に労働時間を把握していなかったり、法的には無効な独自ルールに基づいていたりするなど、未払い残業代リスクが高いケースが見受けられます(もちろん、訴訟等になった場合に、独自ルールが通用することはまずありません)。
そこで、本コラムでは、使用者側弁護士の立場から、残業代計算の基礎を説明した上で、リスクの高い対応例(6選)とその改善策を解説します(各回の最後に実務に役立つ書式例の無料DLリンクあり)。
未払い残業代の有無は、次の計算式によって算出されます。
したがって、未払い残業代の問題が発生する場合、通常、①~④のいずれかの論点が問題となります。
(労基法上の)労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいいます(上記③❶)。
使用者の明示の指示だけではなく、黙示の指示によって労働者が業務に従事する場合、当該時間は労働時間に該当します。
労働時間に該当するかどうかは、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されることになります。
したがって、使用者と労働者との間で、労働時間に該当するかどうかを自主的に決めることはできません。
管理監督者、裁量労働制、事業場外労働みなし労働時間制(みなし労働時間制が適用される時間に限ります)、高プロの場合は、通常の労働時間制は適用されません。
そして、各制度における割増賃金に関する適用の有無は、次のとおりです。
法定時間外 | 深夜 | 休日 | |
---|---|---|---|
管理監督者 | ×(支払不要) | 〇(支払必要) | × |
裁量労働制 | × | 〇 | 〇 |
事業場外みなし | × | 〇 | 〇 |
高プロ | × | × | × |
ア 賃金請求権の消滅時効期間の延長
2020年4月以降、賃金請求権の時効が2年から3年に延長されています。
そのため、2023年4月以降、消滅時効期間が延長された分、単純計算で、未払い残業代の総額がこれまでの1.5倍になる可能性があります。
イ 中小企業の時間外労働60時間超の割増率
2023年4月1日以降、中小企業において、1か月の時間外労働時間が60時間超になった場合、その割増率が50%以上になりました(大企業は既に施行されています)。
通常、長時間労働になるに伴い、作業効率は落ちますので、会社としては、時間外労働の上限規制に反しないことは当然のこととして、労働者の健康に配慮しつつ、どこまで残業させるか(=50%の割増率を払ってまで残業させる必要性があるのか)を考えなければなりません。
ウ 代替休暇
1か月60時間を超える法定時間外労働を行った労働者の健康を確保するため、労使協定を締結することを条件に、引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇(代替休暇)を付与することができます。これは、年次有給休暇とは異なるものです。
仮に、代替休暇を与える場合、法定時間外労働が1か月60時間を超えた月の末日の翌日から2か月間以内の期間で与える必要があります。
もっとも、期間内に代替休暇が取得されなかったとしても、使用者の割増賃金支払義務がなくなることはありません。
したがって、会社としては、代替休暇制度を導入したとしても、現実的に、代替休暇を与えることができるか否かを検討しておくことが重要です。
会社が従業員の労働時間を把握していない。
会社が従業員の労働時間を把握していない場合、従業員が時間外労働をしていたとしても、残業代を支払っていないことが多いため、未払い残業代リスクがあります。
このような場合、労働者側は、自身で記録化した証拠に基づいて、残業代請求をすることがあります。
証拠の例としては、メールの送受信記録やメモ帳等が考えられます。
これに対し、会社側には、タイムカード等の資料がありませんので、後手の対応を取らざるを得なくなります。
さらに、労働者が労基署に対して、残業代の不払いを申告することによって、労基署から会社に対して、臨検監督がなされることも考えられ、労基署が残業代の未払いを認定した場合、是正勧告が出すことや送検する可能性があります。
ア 適正把握GL
会社は、厚労省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)」(以下、「適正把握GL」)に基づいて、労働時間を把握する必要があります。
適正把握GLによると、労働時間を把握する原則的な方法として、(a)-1使用者による現認、(a)-2タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎とすることが挙げられています。(b)自己申告制は、例外的な場合に限定されています。上記(a)-1は現実的ではありませんので、通常は(a)-2のうちのいずれかの方法によることが多いです。
なお、実務的には、タイムカードで労働時間を把握する場合、当然のことではありますが、自分のタイムカードを他人に依頼して打刻させない等、ルールを明確にしておくことが重要です。
※本コラム特典として、「周知文書(タイムカードの打刻ルール)」(ワード)の無料DLを用意しています(詳細は後述)。
イ 適正把握GLの運用
また、労働時間の把握とその確認は、‘リアルタイム’ に行う必要があります。
例えば、時間外労働の上限規制のうち、単月100時間未満の規制について、締め日の後に、100時間を超えていたのを確認していたのでは、手遅れになります(気づかないうちに労基法違反となってしまいます)。
したがって、限度時間(36協定で定めた限度時間)を超えないよう、日々‘リアルタイム’にチェックすることが必要です。
ウ よくある会社担当者(会社経営者)の誤解
なお、会社担当者(会社経営者)の誤解として、固定残業代(定額残業代)を支払っている場合には、労働時間を把握する必要がなくなり、また、追加で残業代を支給する必要がなくなるというものがあります。しかし、いずれもその必要がなくなることはありません。
このような誤解をしている会社は、把握した労働時間に従い計算した残業代と固定残業代とを比較した上で、差額があれば別途支給する対応に改める必要があります。
なお、そもそも、固定残業代制度が法的に有効かという問題もあり、実務的に無効と判断されてしまうケースが多くあります。
会社が残業時間を30分単位で切り捨て・切り上げている。
未払い残業代リスクがあります。
ア よくある会社担当者(会社経営者)の誤解
会社担当者から、「賃金計算期間中の残業時間の合計が30分未満の場合、端数を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げることは、問題ないと理解している」という話を聞くことがあります。
たしかに、通達(昭和63年3月14日・基発150号)上、その月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の総労働時間数に、30分未満の端数がある場合にはこれを切り捨て、それ以上の端数がある場合に切り上げることは、労基法24条及び37条違反としては取り扱わないとされています。
おそらく、会社担当者は、上記通達の存在を指摘したいのだと思われます。
しかし、上記通達は、行政上(=対行政との関係において)、労基法違反としては取り扱わないと言っているに過ぎません。
イ 実務上の対応
つまり、民事上(=対司法との関係において)、端数処理として切り捨てられた時間外労働等の時間数は、労働者の自由な意思による同意がない限り、消滅しているとは解されません。
したがって、実務上、このような同意がない限り、1分単位で労働時間を把握した上で、1分単位で発生した残業代を支払うことが必要です。
ウ 補足事例
稀に、❶30分未満の端数切り捨てはしているが、30分以上の端数切り上げはしていないケースや、❷1日ごとに端数処理(特に30分未満の端数切り捨て)をしているケースがあります。
これらは、そもそも上記通達にも反しているため、労基法24条及び37条に反します。
来客当番のため、従業員が休憩時間中に社内での待機を余儀なくされている。
当該待機時間が労働時間であると認められた場合、当該待機時間分(労働時間分)について、未払い残業代リスクがあります。
また、労働時間と認められた場合、休憩を取得できていなかったことになりますので、労基法34条違反のリスクもあります。
もしこのような状況が各労働日に認められた場合、次のとおり、未払い残業代が積み重なっていくことになります。
例えば、基礎賃金1563円(※)の労働者が、月20日勤務(年間1か月平均所定労働時間160時間)していたとして、各勤務日(合計20日間)に休憩を取得できておらず、かつ、会社が当該時間分の残業代を支払っていなかった場合、次の未払い残業代が発生していることになります。
さらに、このような働き方をしている労働者が他にもいる場合、上記金額に人数分を掛け合わせた合計額が、会社が支払うべき未払い残業代となる可能性があります(このようなリスクについて、「他の従業員への波及効果がある」と言われます)。
休憩時間とは、労働者が労働時間の途中において休息のために労働から解放されることを保障されている時間をいいます。
休憩中に電話や来客があった際にはこれに対応することが要求されている場合には、労働から解放されることを保障されているとはいえませんので、当該待機時間は労働時間に該当します。これは、仮に電話や来客がなかったとしても、労働時間であることに変わりありません。
したがって、会社としては、想定外に労働時間であると認定されないよう、現に休憩させる必要があります。
もし休憩時間帯に来客対応が必要になってしまう場合には、来客対応を当番制にして、従業員ごとに休憩時間をずらすことが考えられます(ただし、一斉休憩の原則の適用を除外するための労使協定等の整備が必要です)。
上記その①~その③の例について、一つでも遵守できていない会社は、未払い残業代のリスクが高いため、早急に、改善策を講じた方が良いでしょう。
第1回コラムの再確認(チェックリスト)は、次のとおりです。
多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。
経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。
著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。
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