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第3回 日本版同一労働同一賃金問題の待遇差解消のための施策

ゼロからわかる!「日本版同一労働同一賃金」と企業の実務対応

公開日:2022/10/18

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2023年1月19日(木)【医療業・福祉業向け】弁護士が教える!判例から読み解くハラスメント対策の勘所2023

この記事の執筆をした飯島先生が講師を務めるセミナーのご紹介。労働訴訟専門の弁護士の視点から、医療業・福祉業におけるハラスメント対策の勘所について最新の情報提供をさせていただきます。

令和3年4月以降、中小事業主を含む全ての事業主は、パート有期法(※)8条等に基づき、いわゆる「同一労働同一賃金」対応をする必要があります。
(※正式名称は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)
ところが、「同一労働同一賃金のことは知っているが、何をすべきかがよくわからないので、実際は手付かずである」という企業も、少なくありません。

そこで、本コラムでは、全3回に渡って、「日本版同一労働同一賃金」と企業対応の実務をわかりやすく説明します(各回の最後に書式の無料DLリンクあり)。


1 解決

第2回までのコラムを前提にすると、不合理性4要素に基づいて、分析・検討をした結果、改善が必要な待遇とそうでない待遇が判明していることになります。

例えば、分析・検討をした結果、正社員と非正規社員との間の待遇差の説明が困難であると判断した場合、当該待遇差は不合理となり、パート有期法8条違反の可能性があるため、待遇差解消のための施策を講じる必要があります。

そして、待遇差解消のための施策としては、①職務内容や人材活用の仕組み(職務の内容及び配置の変更の範囲)を変更すること、②待遇を変更すること、③人事制度(賃金体系等)を変更すること、が考えられます。

以下では、①と②の詳細を説明します。
なお、上記③は、有期契約か無期契約かなどの雇用形態に関わらない処遇形態が想定されます。

不合理性の検討フロー

2 ①職務内容や人材活用の仕組みを変える

ここでは、大きく分けて3つのポイントがあります。

第一に、正社員と非正規社員が混然一体となって職務に従事していた場合、これらの職務内容を整理した上で、雇用管理区分に応じて、差を設けていきます。

例えば、(a)業務の内容に差を設ける、(b)責任の程度に差を設ける、(c)人材活用の仕組みに差を設けることが考えられます。

上記(a)の具体例は、基幹業務か補助業務かなどによって差を設けることが考えられます。
上記(b)の具体例は、トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応の程度に差を設けることが考えられます。
上記(c)の具体例は、転勤・配転・昇進の有無や範囲などに差を設けることが考えられます。

第二に、正社員と非正規社員の人事評価項目(人事評価基準)を、両者の相違に応じたものにすることが考えられます。
なぜ人事評価項目が関係するかというと、両者の職務内容等が異なる場合、求められる役割や期待が異なることから、自ずと両者の人事評価項目(人事評価基準)も異なるのが通常であるからです。

第三に、正社員登用制度の導入を検討することも考えられます。正社員登用制度の有無は、メトロコマース事件(最判令和2年10月13日)や大阪医科薬科大学事件(最判令和2年10月13日)でも、「その他の事情」として、会社側に有利に考慮されています。
また、制度を導入した場合、非正規社員に対するキャリアラダーとなり、これによる非正規社員のモチベーションアップが期待できます。
なお、形式的に、正社員登用制度を導入すれば良いものではなく、適切に制度を運用することが重要であることは言うまでもありません。
以上の3つのポイントを組み合わせることによって、「職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇」(ハマキョウレック事件(最判平成30年6月1日))を実現します。


勤続年数と業務内容で比較した場合のイメージ

(限定正社員を採用するのではなく、非正規社員から登用するパターン)

3 ②正社員及び非正規社員の待遇の変更をする

⑴ 方法

待遇を変更する場合に考えられる主な方法は、(a)非正規社員の待遇を引き上げるアプローチと、(b)正社員の待遇を引き下げるアプローチの2つです。

上記(a)の場合、法的な問題は特に想定されませんが、人件費の増大を意味しますので、賃金原資を確保できるかを確認することが重要になります。
これに対して、上記(b)による場合の方法としては、(ⅰ)就業規則の変更による方法、(ⅱ)労働者との合意による方法、(ⅲ)労働組合との間の労働協約による方法が考えられます。
これらのうち、就業規則の変更による場合、労契法10条の要件を満たす必要があります。

この点、厚労省のいわゆる同一労働同一賃金ガイドライン(平成30年12月28日厚労省告示第430号)では、「労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえないことに留意すべきである」という指摘がされていることに注意する必要があります。

なお、労働者との合意によって、労働条件の不利益変更を行う場合、労働者の同意につき、「労働者の自由な意志に基づいてなされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」(山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日))ことが求められていますので、慎重な対応が必要であることに変わりありません。


⑵ 就業規則の変更による労働条件の不利益変更

労契法10条の合理性は、次の要素を総合考慮(利益衡量)して、変更の合理性を判断します。

  • ①労働者の受ける不利益の程度
  • ②労働条件の変更の必要性
  • ③変更後の就業規則の内容の相当性
  • ④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情

まず、住宅手当などの金銭的な待遇を引き下げる場合、正社員が受け取る賃金が減少しますので、労働者の受ける不利益は小さいとは言い難いです。
また、賃金の場合、高度の必要性に基づいた合理的な内容であることが求められます(大曲市農業共同組合事件(最判昭和63年2月16日))。
そのため、賃金に関する労働条件の不利益変更を行おうとする場合、変更の合理性が認められるのは容易ではありませんので、代償措置、経過措置などの労働者の不利益緩和措置を講じることや労働組合との協議や従業員説明等を行うことが重要になります。
※本コラム特典として、改訂就業規則例(経過措置)の無料DLを用意しています(詳細は後述)。

ところで、企業担当者の中には、「パート有期法8条の目的は、正社員と非正規社員との間の待遇差を解消することにあると理解した場合、正社員には支給されているが非正規社員には支給されていない手当を廃止することによって待遇差を解消する方法も、結果的には法が要請する待遇差の解消を実現することになる以上、変更の必要性が認められるのではないか」という疑問をお持ちの方もいるかもしれません。

すなわち、“法が求める日本版同一労働同一賃金対応のため”という変更の必要性は、変更の合理性を肯定する要素になるかという問題です。
たしかに、正社員と非正規社員との間の待遇差の解消は法の要請であることから、上記必要性は尊重されるべきとも考えられます。

しかし、同一労働賃金ガイドラインでは、前述のとおり、「労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえない」としています。
また、「本改正法の施行にあたり正規労働者の労働条件を引き下げて対応しようとしているという事実は、本改正法の趣旨に反するものとして、変更内容の相当性(またはその他の事情)の点で合理性を否定する要素として考慮されるものと解される」(「同一労働同一賃金の全て(新版)」水町勇一郎・有斐閣・157頁)という指摘もあります。
なお、現時点で、上記論点に関する裁判例は見当たりません。

よって、実務対応としては、“日本版同一労働同一賃金対応のため”という理由だけで、変更の必要性が認められるとは限らず、むしろ変更の合理性を否定する要素として考慮される可能性があることを念頭に置く必要があります。

そうすると、実務対応としては、やむを得ず正社員の待遇を引き下げることによって非正規社員との待遇差を解消する場合、なぜ正社員の待遇を引き下げる必要があるのか、言い換えると、なぜ非正規社員の待遇を改善する方向で待遇差を解消できないのか、の理由を整理した上で、対応を検討することが重要になると考えます。


4 まとめ

日本版同一労働同一賃金改革の目的は、非正規社員の待遇を改善することを念頭に、正社員と非正規社員との間の待遇差を解消することによって、雇用形態に関わらず仕事ぶりや能力等に応じた公正な処遇を受けることができる社会をつくることにあると考えられています。

つまり、上記施策を通じて、多様な働き方を選択できる社会を目指すことにあります。

一方で、少子高齢化による人材不足が予想されますので、今後、企業間での人材獲得競争が激しくなることが予想されます。

そうすると、企業として発展していくために、これからは、勤務地・職務内容・労働時間に制約のない従来型の正社員だけではなく、これらが限定された労働者(限定正社員)も活躍できる企業(多様な働き方を選択できる企業)を目指していくことを通じて、優秀な人材を確保していくことが重要になるのではないでしょうか。

今回のまとめは、次のとおりです。

  • 不合理性4要素に基づく分析・検討を踏まえ、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を実現する
  • 労働条件の不利益変更対応は、慎重な検討が重要である
  • 日本版同一労働同一賃金改革の最終目標は、多様な働き方を選択できる社会をつくることにある
この記事の執筆者
飯島 潤
飯島 潤(いいじま じゅん)
弁護士 

多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会労働法制委員会委員(基礎研究部会副部会長)。
経営法曹会議会員。
使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。

著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)、『新しい働き方に伴う非正規社員の処遇-適法性判断と見直しのチェックポイント-』(共著、新日本法規、2021年)、『複雑化するトラブルに対応 懲戒をめぐる諸問題と法律実務』(共著、労働開発研究会、2021年)、『改訂版 実用会社規程大全』(共著、日本法令、2022年)、『対応ミスで起こる 人事労務トラブル回避のポイント』(共著、新日本法規、2022年)。

URL:http://www.tamura-law.com/