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社長と経理が共有すべき経理とお金のキホン第5回 経理は会社の「万が一」を想定、対応するために役立つ

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1%未満のリスクにも、見切らず誠実に対応するのが経理の仕事

知人のコンサルタントが、ある会社に訪問した時のことです。その会社の全社会議に同席すると、一部の社員から社長に向けて質問と称した批判が行われていました。「万が一また天災やコロナのようなことがあって売上が激減したらどうするんですか?対策していないですよね」「万が一今やっている金融商品の投資が失敗したらどうするんですか?考えていないですよね」。その質問に対して社長は怒ることなく、でも具体的に答えるということもなく、「まあ、そういうことはないと思いますから」と、何度も繰り返して強引に質問を終わらせていました。

会議が終わってから他の社員に聞くと、質問していた人は名物社員で、いつも社長が困りそうな質問をするそうですが、社長はあまり相手にしていないということでした。

また別の日に、今度は管理職以上だけが集まる経営会議に知人が同席したときのことです。経理部長から「今年も各地で自然災害が起きていますし、またコロナのようなことがあるかもしれませんので、今年満期になる金融商品の一部を再投資にまわさないで、一部現金で残しておきたいのですが。それと、今金利が低いうちに銀行から借入をしておいて財務基盤をしっかりしておきたいのですが」という提案がなされました。すると社長は「まあ、そういうことはないと思いますから」と、あっさりと経理部長の提案を却下してしまいました。それを見て知人は、「だからこの間、一般社員からあのような質問が出たのか」と理解しました。そしてその時に知人は経理部門の仕事とは何かということをはっきり理解したそうです。経理というのは、一般常識から考えると「まあ、そういうことは起きないと思う」という、発生確率が1%にも満たないような「万が一」のことを真剣に考えて「備えておく」部署だということにです。

具体的には、万が一、自分達のオフィス近辺で大規模な自然災害が発生したら当社のビジネスモデル上、売上は何パーセント影響を受けて下がるのか、修繕などのコストはどれくらい発生しそうなのか。それらを足し引きして、今日現在の現預金残高から考えて、全く融資などができなかったとしてもあと何カ月は資金繰りが持ち、社員や取引先にお金の支払ができるのか。そのような「万が一」のシミュレーションを考えておき、問われたらいつでも提示できるように「備えておく」のが、本質的な経理部門の役割の一つです。なぜならそのようなことは、普通は誰も考えません。しかし会社である以上、「誰か」は万が一に備えて考えておかなければいけません。それがお金まわりのことであれば「経理」が考えるということです。金融商品などの投資に関しても同様です。投資した金融商品の価値が0に近くなるくらい暴落することはまずないだろうけれど、投資である以上、その確率が0%ではないわけです。その「万が一」が起きることもあるということをしっかりと提示した上で、それを購入するかどうか、そしてその万が一が、仮に発生したとしても会社の資金繰りに影響がない金額を上限に投資をしましょう、というところまで検討、提案をするのが経理部門の仕事であり会社のお金に対する考え方です。

一般社員は、社長や経理が『自分と同レベルのリスク感覚』だと不安になる

このようにしておけば、一般社員から「もし売上が激減したらどうするんですか」と質問されても「おっしゃる通りそういう可能性は0ではありませんので、その場合は既にシミュレーションしてあります。もし明日から売上がずっと0円でも18カ月は皆さんや支払い先に払えるお金はありますから、その間に新たな融資を取り付けたり、売上を回復させたりすれば問題はないと考えています」と答えれば、「ちゃんと考えてくれているんだ」と安心することでしょう。また、「金融商品の投資に失敗したらどうするんですか」という質問には、「確かに投資である以上、失敗する可能性は0ではありません。しかし、日本円の現金で持っているだけだと、利息もつきませんし、円安になれば実質、お金の価値が相対的に下がっていることになります。投資した金融商品の価値が万が一、0円になっても会社の資金繰りに影響のない範囲内ですし、多少のリスクは覚悟で投資をすることでチャンスも得ていきたいと考えています」と答えられれば、「日和見ではなくきちんと考えた上で投資を検討してくれいるんだ」と安心します。

これがそうでなく、これらの質問に「そんなことは起きないですから」と何も答えを準備していないとどうなるでしょうか。一般社員から見たら「自分と同等レベル」と思います。つまり、「自分のような素人レベルでも、万が一また天災が起きたり金融不安が起きたりしたら会社や自分達の生活はどうなるのかと考えるのに、『まあそんなことないでしょう』って、それ、素人レベルじゃん」となります。「素人レベルの人が会社経営をしたりお金の管理をしたりしていたら不安で仕方がないですよ」ということを、冒頭の名物社員の人は言いたいのです。そして「金融商品に万が一など起きないと思うって、投資はリスクがあるんだから嘘ついてるじゃん。こんなに軽々しく平気で嘘をつくなんて信用ならない。他のことも嘘をついて一般社員に隠し事をしているんじゃないか」と思います。だから会社のお金に関して社員から質問された際に、適当にあしらうつもりで軽い「嘘」をつくと、社長や経理に対して社員からの信用を失います。

万が一のリスクを考えられない社長が、万が一のチャンスを掴めることは「ない」

現に、この知人が訪問した会社も、以前天災があった時も売上が激減して人員整理を行い、コロナ禍でも売上が激減し、社長がパニックになり社員は大迷惑を被ったそうです。でも、「喉元過ぎれば…」で、また今は何もなかったかのごとく「そんな万が一のことなんてないですから」と涼しい顔で経営をしているそうです。知人は「次に有事が起きたら、さすがにあの会社はなくなるね。社員も会社を見捨てるだろうし」と言っていました。

経営者の方の中には「万が一のリスク」ということを軽視する方がいるのですが、そのような方で「万が一のチャンス」を掴まれた方は私の知る限り一人もいません。なぜかというとそのような人は全てのことに「備えていない」からです。「うちの会社に万が一のリスクが起こるはずがない」ということと同じレベルで「うちの会社なんかに万が一のチャンスなど訪れるはずがない」と思っています。だから常にチャンスを掴み損ねます。反対に、万が一のチャンスを掴んだ経営者の方々は、万が一のチャンスとリスク、その両方がいつ来ても大丈夫なように備えています。「時流が来たらリスク覚悟で新規事業にお金を投じるから、最大いくらまで投資ができるか計算しておいて」と経理部門に指示を出しています。リスクとチャンスは相反していますが「万が一」という点で共通しています。それをわかっている経営者は、経理部門に「経理というのは自分がチャンスに飛び込むときの命綱だからしっかりね」という指導をしています。

社長と経理は会社のお金に関して、常識の範囲「外」を検討することが仕事の本質

ただ、「備えていない」社長さんというのは、いい加減な社長さんではなく「常識的で真面目な」社長さんが実は多いのです。常識的な方なので常識の範囲内であらゆることを考えてしまい、確率的に低い「非常事態」は「常識的に考えてありえない」という思考回路に陥り、準備をおろそかにしてしまうのです。だから非常事態に慌てます。会社のお金に関しては、経理と社長だけは「非常」の範囲まで抑えておくことが必須ですので、社長がご自身の常識に引っ張られず、経理の本質について理解を深めておいていただくことが重要なのです。

筆者プロフィール

前田 康二郎(まえだ こうじろう)

流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。

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