公開日:2024/03/29
「会社にとって経理や経理社員は重要なんです!」と社長に向かって声高に叫んでみても、社長がその必要性を最初から感じていなければ虚しさが広がるだけです。そして現実に、世の中の全ての会社に経理社員が雇われているかといえばそうではありません。そこで逆説的ですが、まず経理が「不要」でもいいという会社はどのような会社なのかを今回は考えてみましょう。
たとえば一人で経営コンサルタントを始める、一人でBarを開店させる、など、「一人」で経営をしている人達もたくさんいます。そのような人に経理担当者はいるかというと、必要ないことが多いでしょう。仮に一人でBarを開店させるとしたら、自分で物件を見つけて契約をして家賃を支払い、自分で材料の仕入れをしてお金を支払い、自分で接客をしてお金を受け取るでしょう。そのようにしていれば、多くの人は頭の中の暗算で誰に聞かずとも「今月はこれくらいの黒字(赤字)かな」「今、手持ちのお金はこれくらい残っているかな」と計算できてしまいます。そして自分で記録したメモや領収書や請求書などを税理士に送り、税理士がまとめた決算書の報告を聞き、「だいたい自分の頭の中の暗算と一致している」と、確認がとれます。もし二人以上の会社であったとしても、同様に社長が社員に一切お金を取り扱う権限を認めない場合もこれに該当します。これらのケースは、「社長の頭の中=簿記」が成立していますので、税理士などのダブルチェックをしてくれる人さえいれば、経理担当者が不要でもなんとか経営はまわります。だから一人で経営している人には経理担当者はいないことが多いのです。
ところが、これを「社長以外の人にもお金を取り扱う権限を持たせる」ようになると、状況が一変します。社員に材料を買ってもらいにいったり、売上のレジを社員に任せたり、そのようにしていくと、途端に「社長の頭の中=簿記」という前提が崩れます。社長といえども、「その材料の仕入れにいくらかかったのか」「今日の売上はいくらだったのか」は、それぞれの担当者に聞かないとわからなくなっていきます。しかし、だからといって、いちいちそれを社長が毎日、皆に尋ね聞いてまわっていたらお互いに仕事になりません。そこで、社長の代わりに「お金を使った人」「お金を受け取った人」などから情報や証憑を集め、管理、集計をし、その結果を社長に報告をする、という役割の人が「内部に」いれば、社長もタイムリーに収支管理ができ、一人でお金を管理していたときのように経営判断ができるようになります。それが「経理担当者の原型」であると私は思います。
そしてこれが10人、100人と、お金を取り扱う人が増えるにしたがって、それをフォローする人間(経理担当者)も増え、ソフトウェア(会計ソフトなど)も必要になってくるということです。
近年はスタートアップ企業が注目されていますが、起業する際にベンチャーキャピタルなどから資金調達をして、短期間で会社の企業価値を上げて会社を他者に売却し、その売却益で残りの人生はのんびり過ごす、そのような青写真を描きながら経営をしている社長にとっては「どうせこの会社は売却したら売却先の会社が管理しやすい組織を作るのだから、人や組織に時間やお金をかけても仕方ないし、意味がない」と思うことでしょう。人間の経理社員が会社に居る必要性というのは、現場の社員に対して金銭的なモラルを啓蒙し、不正なども起こらない盤石な組織を社内に構築する目的もありますので、その必要性がなければ、経理処理は外注の税理士などにお願いをして、社内にわざわざ経理部門や専属の経理社員を置く必要もないことでしょう。
経理が必要となる理由の一つに、いつまでも社長自らが請求書を作ったり振込処理をしていたりしたら、本業である経営に社長が集中できないからです。会社が大きくなるにつれて、社長は国内外に出張して自ら営業をして大きな契約を締結したり、社内では幹部候補の育成や教育をしたりと、いくら時間があっても足りなくなります。そのような時に会社全体の細かい事務処理も社長自らがいつまでも行っていては、本来社長がやるべき仕事ができなくなる恐れがあります。社長はまず「社長にしかできない仕事」を優先し、社長でなくてもできる仕事を部下に任せなければいけません。そのため、経理的な事務処理は経理担当者に任せる必要が生じてきますので、経理社員の必要性が生じます。
しかし、会社の成長は望まず、現状維持で「身内が食べて行けるだけの仕事があればそれでいい」「気の合う仲間だけでのんびり気ままに楽しくやっていける仕事量があればそれでいい」という場合は、社長も事務処理をする時間も余裕もあるでしょう。事務処理の量そのものもそれほど多くありませんから、あえて専任の経理社員を採用するまでもないでしょう。
経理の本質的な役割の一つは、会社の確定した月次決算などの数字を、経理社員が現場社員にわかりやすく伝え、その日以降の仕事に活かしてもらうことです。それにより、現場社員の計数感覚や売上獲得・利益確保の精度が上がっていく効果があります。しかし、社長の中には、「社員は会社の数字のことなど考えず、自分のやるべき仕事だけをやっていてくれればそれでいい。会社の数字は社長である自分だけが把握していればいい」という経営方針の社長もいます。そのような会社の場合、社員に共有するためのタイムリーな月次決算を作成する必要性がありませんし、税理士と社長の間でのみで数字のやりとりが行われるだけですので、経理社員の必要性もないということです。
このように、「特に会社は拡大・成長しなくてもいい」「長期的に経営するつもりがない」という考えの社長の場合、経理は活躍する場がありませんので、その必要性もありません。その一方で、「これから社員の皆と一緒にもっと会社を大きくしていきたい」という社長であれば、その取引量に応じて事務処理も増え、社長や現場社員の事務負担も物理的に増えていきますから、それらをサポートするための盤石な経理体制(経理社員の採用やソフトウエアの導入)が必要となります。また、「起業をして資金調達をした以上は、売却ではなく、社員の皆とIPO(株式上場)を目指して長期的に経営していきたい」という社長の考えの会社は、IPO審査の大半は経理関連の審査質問ですので、優秀な経理社員の獲得が急務となり、盤石な経理部門の構築が最優先課題の一つとなります。
結論として、これから会社を大きくし、長期的に社員・取引先・顧客・株主とも良い関係を築き、いつまでも成長力のある会社にするべく経営を行いたいと考えている社長の会社には経理部門・経理社員は不可欠となります。そして彼ら経理部門の人材が「経営参謀」として、社長の思いを実現する助けとなることでしょう。
流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。