更新日:
数字の良い会社には「敬意」がある非財務情報を経理視点で読み解く第8回 敬意のある会社は社員同士がお互いのスキルを共有する
仕事を教えてくれない上司
皆さんは、自分が仕事で苦労して得たスキルを、職場の後輩から「教えてください」と言われたらすぐ教えるでしょうか。それとも簡単には教えないでしょうか。
以前、ある会社で職場環境を改善する研修を行った際、「ここ1カ月の間で、『敬意がない』と思った職場での出来事を教えてください」という課題を出して発表して頂いた中に、「仕事を教えてくださいとお願いしているのに、上司が意地悪をして教えてくれなかった」というものがあり、印象に残りました。
上司と部下のコミュニケーション齟齬の中に、この「仕事を教える、教えない」というのはよく出てきます。部下の言い分を聞くと「仕事のやり方がわからなくて困っているのに、気づかないふりをして教えてくれない」「部下か困っていたら積極的に声をかけて教えてくれるのが上司というものだ」と言い、上司は「『教えてください』と部下から言われたら、いくらでも教えてあげるのに本人から言ってこない」「ランチや飲み会は誘っても嫌そうな顔をするのに、仕事で困った時は積極的に話しかけて来て欲しいだなんて都合が良すぎる」と言い、それぞれの立場から見た「正義」が違いますので、難しい問題です。
ただ、研修で出た意見は、部下が上司に「教えてください」とお願いをしているのですから、これだけを聞くと、どうして上司は教えてあげなかったのかなと思います。ただ、万が一、上司なりの理由があると仮定したら、「何でもかんでも、考えずにすぐ『教えてください』と聞いてくるので、部下のためにならないと思って」ということがあったのかもしれません。ただ、このケースでは、部下が「意地悪された」と思っている時点で、仮にそのような気持ちが上司にあったとしても、その意図が伝わっていなかったことが課題ですので、部下としては「単なる意地悪で仕事を教えてくれなかった、心の狭い上司だ」と結論づけてしまったことになります。
理由は何にせよ、このように仕事のスキルを教え合わない職場と、「全然いいよー」と、上司が部下に、あるいは同僚同士、持っているスキルをどんどん教え合う職場とでは、どちらの会社が売上や利益が高くなるでしょうか。
たとえば営業社員同士が、お互いの得意な営業手法を教えあったら、会社全体の売上も上がっていくことは容易にイメージがつきます。しかし営業社員同士で順位付けをしている会社でしたら同じ社内であってもライバル同士となり、自分の手の内を見せるという発想は基本的にないと思います。この点が、これまでの時代と、これからの時代とで考え方を大きく変えていく必要があるのかもしれません。
「競い合いの前に教え合い」の時代へ
少し前までの時代は、「辞めてもまた採用すればいい」という時代でした。営業社員が100人いて、半分が辞めてもまたすぐ50人補充をして、100人で競争させてランキングをつければ成績上位者にインセンティブを付与すればモチベーションが上がるだろう、という考えで成立していたと思います。ところが今の時代は「人が辞めてもなかなか補充できない」「お金があるのに良い人が採用できない」という時代に変わりました。そのため、最初100人いた営業社員が90人、80人、70人、と補充が追い付かずに逓減していく会社も数多くあることでしょう。すると残された社員は営業社員の総数が減った分、一人当たりの売上ノルマは逆にどんどん大きくなり、さらにつらくなって離職していくという悪循環が生まれます。そのような繰り返しが加速すると売上も利益も当然減っていきます。
もしこの状況を打開できるとしたら、営業成績の上位者達が、それ以外の営業社員達に自分達の営業ノウハウを提供して売上がとれるように指導をしたり、営業成績の上位者同士で意見交換をしたりして将来の営業部門の体制をどうしていけばよいか一緒に考えていく、そのようにしていくことも選択肢の一つとして考えなければいけない時代になってきていると思います。
経営者の方の中には、このような時代の流れに早期に気付き、既にそのようにシフトしている会社もあるかもしれませんが、一社員の立場では、なかなかそこまで意識をして、自分が苦労して得た秘伝のスキルを善意で他人にやすやすと提供することに抵抗がある人もいるかもしれません。そのような方に、一つ、聞いていただきたい話があります。
苦労して得たスキルを出し惜しみせずに出せる人の特徴
私がまだ20代の会社員だったときに、取引先の方から差入れをいただきました。今まで見たことのない洗練された外観のスイーツで、味もとても美味しく、一体どこのお店なのだろうと思ってインターネットで調べました。初めて聞くお店だったのですが、値段も良心的で顧客の財布にも優しく、さらに驚いたのが、そのお店で出している何十種類のスイーツすべての作り方のレシピを公開していたのです。「みんなに真似されてしまうのに、何でこんなことをしているのだろう」と最初は驚いたのですが、だんだんそのレシピを見ながらスイーツを食べているうちに、一つわかったことがありました。それは、「このパティシエの人は、自分の腕に相当自信があるのだな」ということです。レシピ通り作っても、他の人には自分と同じように作れないという自信があるから公開できるのだなと思いました。
それともう一つの考えられる理由としては、このパティシエの人の頭の中には、常時、新作の構想が何十、何百とあるので、それくらいの情報はどうってことないということなのだなと思いました。その後、そのパティシエの方は、1年としないうちにメディアでも取り上げられ大ブレイクして今では多くの人が知っている有名な方ですが、後日インタビュー記事を読んだところ、レシピを公開したのは、若いパティシエの人達の参考にしてもらって、少しでも早くその人達も成長してくれれば結果的に業界も盛り上がると思って公開していた、ということをお話されていました。顧客や、顔を見たこともない後進の人達、そして業界の将来など、いろいろな方面に誠意や敬意を持って仕事をしている方なのだなと改めて感銘を受けました。
それから私も考え方が変わって、自分で得たスキルは積極的に周囲の人達にも共有するようになりましたし、独立してからも、書籍、講演会、コラムなどでも出し惜しみせず、自分が得た知見は取り置きせずにどんどんお伝えしようという考えで発信するようにしています。そうすると、取り置きのネタが空っぽになってしまうのですが、また1から新たなネタ探しのために努力するようになりますし、自分にとっても良いことのような気がしています。
お互いの知恵やアイデア、スキルを出し合える職場は、数字が悪くなりようがない
営業部門の社員同士がスキルを教え合えば全体の営業成績が上がって売上が伸びますし、開発部門の社員同士がスキルを教え合えば、よりクオリティの高い製品が開発でき売上が伸びる可能性がありますし、管理部門の社員同士がスキルを教え合えば、より会社全体の業務の生産性が上がって利益が改善される可能性があります。
皆さんご自身や経理部門が「敬意の発信元」となって、「教えてください」とお願いされたら教え、逆に教えて欲しいことがあったら「教えてください」と自分から積極的に声掛けをすることから始めて、お互いの知恵やアイデア、スキルを教え合う職場の雰囲気作りをしていっても数字は良くなっていくと思います。
筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
前田 康二郎 氏 連載記事
-
- 経営者が信頼するバックオフィスの仕事の習慣
- 「ちょっとした仕事への取り組み方の違い」をポイントに、経営者が安心して信頼するバックオフィスの社員には、どのような特長や習慣があるかを解説
-
- フリーランスの経理部長が答える!経理のお悩み相談室
- さまざまな会社を見てきた「フリーランスの経理部長」が、日常的によくある経理社員のお悩みについて相談を解決
-
- だから私は経理を選ぶ
- 「経理という仕事を選んで正解!なぜなら…」という経理の「トクトクポイント」をニッチなところまで解説
-
- AIやITで、経理は本当になくなるのか?~共存する人とAIとIT~
- AIをはじめとした IT技術でできる経理業務とできない業務の具体的な境界線、また、100%IT、100%人間、ではなく、「共存」が実務上重要であるという内容を解説
-
- 数字の良い会社には「敬意」がある
- 財務情報を専門的に取り扱う「経理」が非財務情報の正しい理解をしておくことで、敬意のある行為が良い非財務情報を形成し、それが良い財務情報として連動し数値化されることを理論的に説明できます。
-
- 社長と経理が共有すべき経理とお金のキホン
- 社長と経理が共有しておくべき経理やお金の基本概念などについて分かりやすくお伝えします。
※本記事の内容についての個別のお問い合わせは承っておりません。予めご了承ください。