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AIやITで、経理は本当になくなるのか?~共存する人とAIとIT~第11回 デジタル化が進むほど正確な数値を把握できる会社が生き残る理由

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AIの進化が分析業務のプロセスを変える

経理におけるAIやITの活用法として、現実的な技術においても、また実用性においても有用なのはやはり数字分析に活用することだと思います。どの会社でも月次決算が確定した後に、貸借対照表、損益計算書などをもとに、前月対比、前年対比、部門別など、必要な差異分析などは行ってきたことでしょうが、AIなどが進化していくと経理分析のプロセスそのものが変わっていくのだと思います。

これと似た例えをあげると、テレビの録画が該当するのではないかと思います。テレビの全録レコーダー(放送されるすべての番組を録画する録画機)というものがあります。全録レコーダーが登場する前は、「自分が見たいものを事前に調べて録画予約する」というプロセスですから、全ての番組の中から自分が録画したいものを選んで録画をするという作業をしていました。つまり、「面白そうかどうかわからない」ものに関しては「録画容量も限られているし、とりあえず録画はやめておこう」となるので、その時点でそれを見る機会は永遠に失われてしまいます。ひょっとしたらその中にとても面白い番組があったとしても、です。

しかし全録レコーダーは、全ての番組を録画してくれます。そして人間は、その録画された中から「見たかったもの」だけでなく「これまで録画してまでは見ようと思わなかったけれど、ちょっと興味のあるもの」をそれぞれかいつまんで見られるようになります。その中から、これまで知らなかった面白い番組を見つけられるようになった人もいるかもしれません。


「いつもの主要指標の分析」から「AIで分析された全データから何を発見するか」へ

会計ソフトの世界も同じようになっていくのではないかと思います。

これまでは、人員的にも、時間的にも限られた時間内で経理上のデータを分析するしかなかったので、確実に役に立つことがわかっているスタンダードな分析の範囲に留まり、「もう少し時間があって詳しく調べたら何か興味深いデータがとれるかもしれない」といったところまでは手が出せませんでした。

それが今後は、会計上のありとあらゆるデータ同士をAIの機能を使って相関性を検証し、月次決算が確定したと同時に全ての試算表に表示された科目明細同士を分析した結果も表示される、という時代も来るのだろうと思います。人間の作業は、分析用に試算表から数字を拾って再集計、清書するのではなく、AIが集計、計算した分析結果の数百、数千の指標から「どのデータ同士に相関性があるか」「どのデータを使って経営会議の資料を作るか」といった、「選択と活用のセンス」がメインの仕事になっていくのだろうと思います。すると、これまでは人間の頭では全くイメージのなかった科目同士が実は相関性があった、というようなことがAIの分析ではじき出されるということも起こり得ると思います。

私のイメージは、分析分野に関してはAIに人間が仕事を奪われるのではなく、人間の発想では浮かばなかった分析アプローチや、人間のアナログ作業では到底できなかった大量の分析ができるAIと共存して、さらに面白い、有益な仕事ができるのではないかと期待しています。「理由はわからないけれど、なぜか科目Aの残高が増えると科目Bの残高は減る」「科目Cの費用と科目Dの費用は、全く関係ないはずなのに同じ動きをしている」などということがわかると、ともすれば毎月同じことの繰り返し、同じ分析結果のコメント作成になりそうな経営会議の資料作成も、新たなアプローチの分析結果を書くことができ、それにより経営会議もより活性化していくのではないかと思います。


AIによる分析で必須な、しかし難しい「当たり前のこと」

一つ気を付けなければいけない点は、AIなどで分析をする際は、当然ながらそのデータが「正しい」ことが大前提です。そうでないと、分析結果も正しいものではないからです。しかし、実際にはこの壁が結構高いというのも事実です。

たとえば毎週テレビやネット記事で不正や横領といったニュースを皆さんもご覧になるように、会社の数字というのは、意図的、あるいは意図的でない理由でも乱れます。

たとえば経理社員の仕訳計上のミスというものは、今後AIで検知できる可能性があるかもしれませんし、そもそもAIが仕訳計上をして、人間が最終チェックをすることで課題をクリアすることができるかもしれません。しかし、

  • 社員の不正(横領、キックバックなど)
  • 経営陣の不正(意図的な仕訳改ざんの指示など)
  • 現場からの申請漏れによる計上漏れ

これらに関しては、今後AIが発達しても完全に検知することはできません。ここの部分というのは、AIの対象範囲や得意分野ではないからです。不正も、あからさまな前後と比較した異常値はアラーム(警告)を出せるかもしれませんが、その感知度を上げると常にアラームが出て日常処理に支障が出るでしょうし、そもそも不正というのは、数百円、数千円から始まるもの、毎月継続されているものが非常に多いので、AIでは拾いきれなかったり、正常取引と認識してしまったりしてしまうことも多いと思います。ここの部分というのは結局のところ、人間の重し、つまり経理社員の「会社のお金を100円でも不正をしたらどうなるかわかっていますね」というマインドセットのマネジメントしかないわけです。他社のイベントで集まってくれた元経理部長の方が「社長から不正仕訳の計上を指示されたので拒否して退職しました」と言ってたことがありましたが、そういったことも、現実にはやはり意外にあるんだなとも思います。そして計上漏れのチェック、これが実際には一番可能性の高いリスクでしょう。ここがあまりにも乱れていて、常に2か月前、3か月前の計上漏れの売上や原価などが反映されている月次決算の資料ではいくらAIが精度を高く正しく分析しても、分析する資料自体が正しくないのですから、結果的に正しくない分析結果が出てしまうことになります。

AIの活用で、数値管理が正しくできている会社とそうでない会社との格差が広がる

これらをまとめると、これからの時代は、デジタル化が進めば進むほど、それを活用するためにより厳密に月次決算を正しく完璧に締める能力が会社には求められ、それができる会社はAIを駆使した経営分析ができ、経営者がそれをもとに経営判断をし、圧倒的に強くなっていくことが想定されます。

逆にモラルがなく不正が恒常的に発生している会社、計上漏れをチェックできない脆弱な管理体制の会社は、デジタル化が進んでも数字が正しくないのでそれを活かした分析ができず、前述のような会社と差が開き、今よりもさらに業績が悪化していく可能性が高くなっていくと思います。

今までは「正直者が損をする」という側面もあった社会ですが、デジタル化が進むにつれて、少なくともビジネスシーンでは「正直者が得をする」世界になっていくのだと思います。それは正しい数字が正しい分析結果をもたらすためです。正直に経営をしてきた会社ほど過去の数字をさかのぼって正しい経営分析ができ、未来にそれが活かせることでしょう。


人間が正しい数字を管理し、AIがその数字を引き継いで分析する

デジタル化によって、一日でも早く健全な体制にした会社から、これからは生き残っていく時代であると思います。そのためには、モラルを啓蒙する人間と、集計分析能力の高いAIとの組み合わせが管理部門、経理部門の最強の体制であると思います。

筆者プロフィール

前田 康二郎(まえだ こうじろう)

流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。

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