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AIやITで、経理は本当になくなるのか?~共存する人とAIとIT~第7回 ITと網羅性
10年前のExcelの経費精算申請書
私は10年ほど前に会社員からフリーランスへと独立をしたのですが、その頃はまだクラウド系のソフトウェアはまだ出始めということもあり、実際に販売されていたものの中には、現実的には運用しづらいものもあったと記憶しています。そのため、私のクライアント先では、私がその会社の事業や事情に合わせて作ったオリジナルのExcelの経費精算申請書などを作ってお渡ししていたのですが、その後、2022年になった今でも、まだそれを使って頂いていることを先日知り、「もう恥ずかしいので新しいクラウドソフトを導入して使ってください」とお伝えしました。すると、「申請承認のフローにはクラウドを入れているんだけど、添付する申請フォーマットはこれが結局一番やりやすいからこれでいいって、皆が言うんです」ということでした。その会社自体は、他の総務経理関連のソフトウェアは既に全てクラウド化しているのに、私の経費精算の申請フォーマットだけが生き残っていました。それは作った自分にとっては純粋にとてもありがたく光栄なことではあったのですが、同時に、ITといっても、本当にユーザー1社1社に的確な製品やサービスを提供することは未だに難しいのだろうなとも思いました。
ちなみに私の経費精算のフォーマットというのは、通常の経費精算に加えて、仮払申請、仮払精算、国内出張申請、国内出張精算、海外出張申請、海外出張精算を各シートで用意されたExcelファイルで、海外でしたら、通貨が違う国をまたいで連続出張する人も現実にはいるので、その出張した人がどのタイミングで外貨を換算したかによっても、きちんと日本円で算出できるようにもしてあります。といっても、複雑な関数など使っているわけではなく、単純に四則演算だけで作った、誰にでも作ることのできるフォーマットです。
ただ、私自身がベンチャー企業の経験が長く、いろいろなバックボーンの方達と出会ってきたので、「どのようなバックボーンの人でも簡単に、間違いなく入力できるフォーマット」は意識しています。社会人経験のない人だと、「経費精算って何ですか」というところから教える必要のある人もありますし、現場の仕事は優秀だけどデジタル端末の操作だけが極端に苦手という人もいます。そのような人達と出会って、どのような人でも、簡単かつ、入力を間違えないようなシンプルなフォーマットはどのようなフォーマットか、と「最初に」考えて作ってはいます。
現在のビジネスやソフトウェアのトレンドは、最初に綿密に時間をかけて準備するよりも、「とりあえず始めてみて、作ってみて、それからユーザーの声を反映して軌道修正していこう」という流れのものも多いですが、ある程度は最初の準備も必要だとも思います。最初で「網羅し忘れたもの」は、後から設計上追加することができないこともあるからです。特にITなどは、展示会などでソフトウェアを見ていて「なぜこの機能がないのだろうか」とベンダーの方に伺うと、「その機能は最初から捨てました」という回答よりも、「そのケースがあることを最初に想定していませんでした」という回答のほうが多いので、これからのソフトウェアの開発競争においては、いかにユーザー側での実務経験値のある人をスカウトして開発メンバーに交えて、あらゆる想定を前提とした上でソフトウェアを開発できるかということが肝になっていくのではないかと思います。
「経験値」と「ユーザー目線」
たとえば前述の経費精算の例でいえば、なぜ私の申請フォーマットが、他のクラウドソフトに並んで生き残っていたかといえば、そのシートに「経験値」と「ユーザー目線」が活かされていたからなのだろうと思います。
「経験値」に関しては、あらゆる会社や業界で経費に関する例外的な事象やそれに伴う経費精算処理をこれまで見てきました。そこが起点となって、どのようなフォーマットを作ればその会社のさまざまな例外的な精算も網羅、包括できるかな、と考えてExcelシートを作っていたので、より多くの人や会社が長く使ってくれていたのだと思います。
「ユーザー目線」に関しては、現場社員からすると「精算」は、仮払精算だろうが、出張精算、国内精算、海外精算だろうが、「同じ申請フローのほうがありがたい」というニーズを理解しているかという点です。ITを優先し過ぎてしまうと「国内の経費申請はクラウドでできますが、海外の経費申請の一部はクラウドがまだ対応しきれていないので海外出張に行った人は今まで通りExcelで」など、同じ精算であるのに業務フローが別々になってしまうということが起きるケースがあります。管理する側は「仕方ない」と割り切れますが、申請する現場社員の立場だと「同じ精算なのにどうしてフローが別々なの?面倒だな」と思う人もおり、「海外出張の精算が結局Excelなら国内のものもクラウドでなく全てExcelのほうがわかりやすい」と時代と逆行してしまう声も起こりやすくなり、経理社員がその説得に苦労するケースもあります。
「網羅性」で有用性、利便性、生産性が決まる
この「経験値」と「ユーザー目線」が辿り着く先は「網羅性」ではないかと私は思います。
ITを活用する上で、その良さを最大限活用するために必要な要素の一つに、どれだけ諸条件を「網羅しているか」という点があります。ソフトウェアを開発する側は、経費精算のパターンが国内外にどれだけあるかということを網羅した上でプログラミングを始めれば、汎用性の高い経費精算のソフトウェアを作ることができます。逆に、網羅しきれていないと「帯に短し襷に流し」の経費精算のソフトウェアになってしまいます。
また、導入する会社側も、「今は拠点が一つしかなくて、国内外の出張もないから、国内の通常の経費精算だけできればいい」と判断して、そのようなソフトウェアを導入した翌年に、海外との取引が始まったり、海外に出張する社員が増えたりして、結果的に海外対応も可能なソフトウェアに再度入れ替えて社員に負担をかけてしまう、お金も余計にかかってしまう、ということも起こり得ます。
会社の将来性も見越して、「今は国内の精算しかないけれど、将来はいろいろな精算が出てくるはずだから、最初からさまざまなケースを網羅できる経費精算のソフトウェアを導入しましょう」と、網羅性の高いソフトウェアを導入しておけば、会社がどのようなステージになったとしてもソフトウェアはそれに伴う実務も「網羅」でき、トータルコストも抑えられます。
ITやAIがいくら進化しても、「ツール」であることには変わりがないので、それを使いこなす側が、どれだけ「網羅性」を持った上で、ツールに触れているか、選定しているか、ということが、会社のIT化、AI化、生産性の向上にも影響してくるのではないかと思います。そしてそのような能力を持った人であれば、どれだけIT化、AI化が進んだとしても、生き残っていけるのだと思います。
筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
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