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AIやITで、経理は本当になくなるのか?~共存する人とAIとIT~ 第6回 経理へのIT・AIの活用目的は、経費削減ではなく、経費抑制が正
売上は伸びたのに利益は下がった
コロナ禍になる少し前の話です。経理業務のIT化、AI化に向け、あるソフトウェア業者からプレゼンテーションを受けた知人が、その話の中で、ある会社の成功事例を紹介されました。それによると、わずか3人の事務職員だけで、千人規模の会社のバックオフィスの業務を全てこなしているというのです。
私はその話を聞いて、「多分、その会社、利益が下がっていると思いますよ」と言ったところ、知人は「でも、売上は伸びているということでした」と言います。そこで、その会社のホームページから、実際に開示資料を見てみました。確かに売上は毎年右肩上がりでしたが、利益は「なぜか」数期連続で右肩下がりになっていました。「どうしてわかったの?」と知人に言われたのですが、私はこのとき、「そのような脆弱なバックオフィスの体制でどのようにして利益が保てるのだろうか」と、ただ直感的に思っただけのことでした。
業者の説明資料によれば、成功事例として挙げられた会社は、総務1人、経理1人、経営管理1人、それ以外はITやAIで業務処理をしているとありました。でも、想像してみてください。もしその担当者たちの誰か1人でも病気になったら、誰がITやAIを管理するのでしょうか。そもそも彼らはいつ休暇をとれるのでしょうか。「こんな厳しい労働環境じゃやっていけません」と突然会社を辞めたら、どうするのでしょうか。そもそも、千人規模の会社の社長が何か相談をしたいときに、管理系の各部署にたった1人ずつしか意見を聞ける社員がいない環境というのは、健全でしょうか。私が直感的に思ったのは、ただそれだけのことです。そのような脆弱なバックオフィスの体制で、どうやって利益が上がるような経営戦略を練るのだろう、無理でしょう、ということです。
そうしたことがパパッと直感的に頭に浮かんだものですから、知人から「どうしてわかったの?」と聞かれ、「M&Aなどで、売上だけは簡単に積めても、利益というのはまた別の話。だから多分、利益は右肩下がりだと思う」と答えたのです。
しかし、このように私でなくても誰でも思い浮かびそうな想像でも、浮かばない人が今は増えたということなのかもしれません。「会社と会社をくっつければ売上が上がるし、利益だってちょいちょいっと増えてなんとかなるだろう」「バックオフィスなど、ただ会社から言われた事務作業をやっているだけの役回りだろう」と考える人がまだまだ一定数いる、ということを示しているのだと思います。
M&Aそのものが良いか否かという議論はよく耳にしますが、私は、M&Aの手法自体の議論以前に、こうした「バックオフィス体制のレベル」が、M&Aが成功するか否かのかなりの部分を占めていると思います。バックオフィスで綿密に準備・検討をして、経営者に進言できる体制でない限りは、「利益を出せるM&A」はできないと思います。この点は、新規事業がうまくいくかについても同様です。
IT・AIの導入が減益の理由ではない
この会社の事例が示しているのは、IT化・AI化で人件費を減らせても、単にそれだけでは利益は相反して上がらない、ということです。そして、利益が減った責任は、ITやAIにあるわけでも、それらの導入を提案する業者でもない、ということです。業者の事例に挙げられた会社は、IT化、AI化によって発生した余剰人員をそのまま削ってしまったようですが、本来は、それらの人員は、ITやAIをさらにどのように活用すれば会社全体にとって良いのかを考え、実行するスタッフとして再教育(リスキル)して引き続き働いてもらうことを私がコンサルタントでしたら提案したと思います。
そうならなかったのは、事務職、たとえば経理を安易に「ただ計算をしているだけの部署」というように会社(経営陣)がとらえてしまい、一方のITやAI導入を勧める業者もまた「経理はただ計算をしている仕事なのだからAIなどで代替できる」というように営業をしてしまった結果でしょう。このようなことはこれからもITやAIの進化の都度、頻繁に起こると思いますが、それこそが会社がこれからの時代に気を付けなければいけないポイントになると思います。
IT化、AI化を進めるのであれば、それらがハイレベルになればなるほど、それを「使いこなせる」社員を一定数確保しておかなければいけません。AIは設定されたら自動で動きますが、自分で自分の設定はしません。だからAI自身にも「優秀な」人間のサポートは必要なのです。
この点において、優秀な経理社員であれば、たとえば前述した「経理の1人体制」というものが、紙に書かれた二次元の組織図の世界では成立したとしても、現実世界ではいかに脆弱で危険なもので、どれだけ社員が疲弊していくのかもよく知っています。そして、そのような体制を打ち出した会社ほど、本来は幹部として残るべき期待していた社員のほうから順に「自分一人以外、人間が誰もいないのは(自分に何かあったときに)とても責任をとれない」と去っていきます。優秀な社員を失ったAIは、せっかく良い機能を持ちながらもそれを使いこなせる人を失い、「ただの機械」に成り下がっていきます。 AIを活用した意見を経営者に進言する機会もなくなっていくことでしょう。おのずと経営者は、本来会社の売上数字を上げるために使わなければいけない活動時間の一部をこうした管理数字を考える時間に自ら充てなければいけなくなり、他社の経営者と比べて時間の使い方が不利になっていきます。この悪いスパイラルが、ボディブローのように徐々に効いていき、「利益の逓減」につながっていきます。同じAIなどを導入しても、バックオフィスの社員をリストラせず、リスキルし、何人もの優秀な経理社員の操作でAIを駆使して経営者に数字の報告や提言をしている会社と比べれば、相対的に競争力が落ちて行くのは当然のこととも言えます。
「経費削減」ではなく、「経費抑制」のためにIT・AIを使う「発想」が大事
改めて今回のコラムを書くにあたり、冒頭の「成功事例」として出されていた会社のIR情報を久しぶりに拝見しました。コロナの影響で大きく売上や利益が沈み、助成金でなんとか継続はできていますが、営業利益は依然大きな赤字のままです。IT化、AI化によって排除されてしまったその会社の元社員の方たちは「あの時は腹が立ったけれど、今思えば逆に助かった」と思っていることでしょう。ITやAIというのは、人を排除するために使うものではなく、人をより活用するために使うものです。
たとえば業績が好調で、本来ならばあと人員を10人採用しなければならないところを、IT化、AI化をして追加の採用人員を3人で抑えることで利益、生産性、社員の労働環境を同時に確保する、といった発想です。経費削減ではなく、経費抑制の視点でIT化、AI化を行うことで、生産性も上がり、会社としてのトータルコストも抑えられ、膨大な事務処理から開放された優秀な社員がよりAIを活用し、コロナ禍のようなリスク対応にも即座に対応できる、という良いスパイラルが組織に生まれるはずです。
筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
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