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2020年6月1日施行!企業担当者が知っておきたい、パワハラ防止法の内容と実務対応
パワハラ防止法の概要
2020年6月1日から、パワハラ防止法(労働施策総合推進法にパワハラ防止措置に関する法律が新設)が施行されます。中小事業主には適用猶予があり、2022年4月から適用が予定されています。
パワハラ防止法では、パワハラの定義(3要素)を明確にした上で、企業に対して、パワハラ防止措置を義務付けました。また、パワハラ指針(令和2・1・15告示)では、パワハラ行為を6類型に分類した上で、該当例、非該当例を掲げています。
以下では、企業(担当者)として知っておくべき、パワハラ防止法の内容及び実務のポイントを、パワハラ防止法、パワハラ指針、及び運用通達(令和2・2・10雇均発0210第1号)に基づいて、解説します。
パワハラの3要素・6類型
パワハラとは、職場において行われることを前提に、
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるもの
をいいます(パワハラ指針)。
上記①から③までの要素を「全て」満たした場合にパワハラに該当します。
職場については、「勤務時間外の「懇親の場」、社員寮や通勤中等であっても、実質上職務の延長と考えられるものは職場に該当する」(運用通達)とされていますので、例えば、職場での飲み会の場等においても、職場に該当する可能性があります。
上記③の「労働者」は、パート労働者、契約社員等を含む事業主が雇用する労働者の全てをいいます(個人事業主、インターンシップ等は、含まれていませんが、パワハラ指針は必要な注意を払うことが望ましいとしています。)
また、パワハラ指針は、代表的なパワハラ言動の類型として、以下の6つを挙げています。なお、パワハラの状況は多様ですので、これらに限られないことに注意が必要です。
㋐身体的な攻撃(暴行・傷害)
㋑精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
㋒人間関係からの切り離し(隔離・仲間はずし・無視)
㋓過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
㋔過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
㋕個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
社員が訴えたら全てパワハラ?
企業担当者から、「社員からパワハラだと言われてしまった以上、パワハラであると認めなければいけませんか」という質問を受けることがあります。パワハラ指針には、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。」という記載があります。
このことからすると、当該社員がパワハラだと言っていることのみで、パワハラに該当するわけではない、といえます。もっとも、パワハラ指針は、上記③の判断方法にあたって、「平均的な労働者の感じ方」が基準とされていますので、労働者の感じ方を一切考慮しないわけではないことに注意すべきです。
逆パワハラもあり得る?
企業担当者から、「基本的な業務指示や指導するにしても、部下からはパワハラだと言われ、業務が進まず、むしろ上司が困り果てている。部下からの行為はパワハラに該当しないのですか」という質問が受けることがあります。
パワハラ指針には、上記①について、「同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」は、優越な関係を背景としたに該当するという記載があります。
このことからすると、仮に、上記パワハラ指針に該当する場合には、同僚又は部下からの集団による行為がパワハラに該当する可能性があります。
企業が講じるべき4つの措置
パワハラ指針では、事業主が雇用管理上講ずべき措置の内容として、大別して、以下の4つを挙げています。
- 1 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
➡例えば、パワハラ防止規程(就業規則)の作成、トップによるメッセージ - 2 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
➡例えば、相談窓口を設置して、担当者が適切に対応できるようにすること - 3 事後の迅速かつ適切な対応
➡例えば、配置転換、懲戒処分その他の措置、関係改善に向けた援助 - 4 上記1から3に併せて講じるべき措置
➡例えば、相談者、行為者等のプライバシー保護のための必要な措置
注意指導を目的と手段から考える
実務上、パワハラ3要素のうち、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」の線引きが難しいと言えます。これは、セクシャルハラスメントの場合は、そもそも職場に性的言動を持ち込む必要性が乏しいことと比較すると分かりやすいと思います。
実務上の対応策として、部下等を注意指導する立場にある上司は、「業務上必要かつ相当な範囲を超え」ないようにするために、注意指導(フィードバック)の際に、(a)注意指導の目的は何か、(b)その目的のために相当な手段(時間、場所、方法、内容等)は何かを考えることが有効であると考えます。
なお、パワハラ指針に、望ましい取り組みとして、「感情をコントロールする手法についての研修、マネジメントや指導についての研修等の実施や資料の配付等により、労働者が感情をコントロールする能力やコミュニケーションを円滑に進める能力等の向上を図ること。」が挙げられていますので、このような取り組みを導入することも検討に値します。
パワハラを認定したら?
被害に遭った労働者(以下「被害者」といいます)からの相談等をきっかけとして、企業はパワハラの有無を調査します。調査の結果、企業がパワハラを認定した場合には、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者に対する懲戒処分等を検討します。
配置転換は、原則として行為者を対象とすべきです。
懲戒処分は、就業規則に懲戒事由を定めた上で、周知しておくことが前提として必要です。パワハラ及びその他のハラスメントを明確に禁止している定めを設けておくことが望ましいですが、就業規則上のその他の懲戒事由に該当するといえるのであれば、当該条項に基づいて懲戒処分をすることも可能と考えます。
なお、例えば、パワハラによって被害者が病気等になり、勤務できなくなった場合、企業は被害者に対して、安全配慮義務違反または不法行為責任(使用者責任)に基づいて、損害賠償義務を負う可能性があります(行為者自身も損害賠償義務を負う可能性があります)。ただし、パワハラ防止法上のパワハラに該当したことをもって、当然に民事上の損害賠償義務が生じるのではなく、別途、損害賠償の要件を満たす必要があります。
ハラスメントは社内だけの問題ではない
パワハラ(その他のハラスメントも含む)問題は、損害賠償訴訟等に発展する可能性がありますので、未然の防止策が何よりも重要です。パワハラ指針には、「適正な業務目標の設定や適正な業務体制の整備、業務の効率化による過剰な長時間労働の是正等を通じて、労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる環境や組織風土を改善すること。」という記載があります。
組織風土という観点から、厳しいノルマ(納期)が課せられている職場では、各社員に余裕がなく、また、長時間労働が常態化している可能性があります。このような職場においては、いわゆるパワハラ上司という対人関係の問題だけではなく、職場環境の問題もあるといえます。
このことからすると、パワハラ防止へ向けた取り組みの一つとして、労働者の労働時間を把握することによって、長時間労働が常態化していないかを確認し、その是正に取り組むことも検討に値します。労働時間の把握は、時間外労働の罰則付き上限規制の観点からも必要です。さらに、労働安全衛生法上、労働時間の状況を把握する義務が企業に課せられています。
社内でパワハラが発生した場合、企業の社会的信用が失われる可能性は否定できません。この場合、社会的信用の低下、優秀な人材の流出、採用応募者の減少、人材難という事態になりかねません。要するに、パワハラ問題は、単なる社内の問題ではなく、経営に関わる問題といえます。
これに対し、企業が積極的にハラスメント防止に向けた施策を打ち出していくことは、企業での働きやすさのアピールにつながるものと考えます。この点、経団連が「企業において、一人ひとりの働き手が持てる能力を最大限発揮するための環境を整備し、労働生産性を向上させていく上で、「エンゲージメント」という概念が注目されている。エンゲージメントとは、働き手にとって組織目標の達成と自らの成長の方向性が一致し、仕事へのやりがい・働きがいを感じる中で、組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を表す概念」(「2020年版 経営労働政策特別委員会報告」30頁)と記載していることは、注目に値します。
企業担当者の皆様におかれては、パワハラに関する適切な知識を得た上で、パワハラ防止措置を講じるなどして、適切な就業環境(エンゲージメントの高い企業)作りを目標としていただければ幸いです。
弁護士 飯島潤(いいじまじゅん)
- 多湖・岩田・田村法律事務所。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。経営法曹会議会員。使用者側から労働問題を取り扱う。労働法務に関するセミナー講師も務める。
- 著書に、『詳解 働き方改革関連法』(共著、労働開発研究会、2019年)、『Q&A労働時間・休日・休暇・休業トラブル予防・対応の実務と書式』(共著、新日本法規、2020年)。
- URL:http://www.tamura-law.com/
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