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第7回 人手不足時代の経理社員は、上司の「仕事のやり方」ではなく、上司の「人間性」についていく

『メンターになる人、老害になる人。』~人材不足の時代に求められる令和の経理マネジメントとは~

更新日:2025/08/26

先輩・後輩

カリスマ上司が仕切るマネジメントスタイルが年々難しくなる理由

人が多くいる、あるいは人が辞めてもすぐ補充ができる組織には、「人間性においては部下に厳し過ぎて正直尊敬はできないけれど、この人の仕事のやり方についていければ確実に自分のスキルも上がるし成長もできる」という上司が、多くの部下を一斉指導するというマネジメントスタイルが多く見られましたし、実際に結果も出ていたと思います。

スポーツ競技でたとえるなら、高校や大学のスポーツの強豪校で、部員が毎年100人入部してきても、実績のあるスパルタの監督が「私の厳しいやり方についてきなさい」と言って、100人いた部員が翌年には数分の1になり、でもまた翌年には新しい新入部員が100人入り…という繰り返しで「実績のある監督が率いる軍団」が出来上がり、結果も出て、生徒も卒業後もそれぞれ活躍をすることで学校や監督の知名度がさらに上がり…というサイクルを生み、それはそれで成立していたと思います。

しかし今の時代、そしてこれからの時代はこのやり方はどこまで通用するでしょうか。人口減少に伴い、強豪校といえども新入部員は多くの学校は減少傾向にあり、その流れは変えられません。すると同じことをやっていると、かつては毎年新入部員が100人いたから、8割辞めても1学年に20人×3学年=60人はいたので成立しましたが、これが、新入部員がそれまでの半分の50人になったら8割辞めると10人しか残りません。さらに減って新入部員が30人の時代になれば8割辞めたら6人しか残りません。3学年合わせても18人、3年生が引退したら12人しかいなくなります。そうすると、まず選手層が非常に薄くなりますし、さらに誰かが病気や怪我をしても交代要員がいない、という事態も出て来て、試合そのものができなくなってきてしまうこともあります。
現に、今、学校のスポーツ競技では学校単体では選手の人数が足りず、地域の学校が集まって合同チームで参加することも増えています。実績のあるカリスマ監督が「これまでと全く同じように」やっていただけなのに「指導が厳しすぎるから選手層が薄くなり結果が出なくなった」「生徒が離脱するのは監督の人間性に問題があるのではないか」と突如周囲に糾弾されるケースがあるのも「人が減る」ということが、間接的にこれだけ影響があるということを、指導者も、その周囲も軽視、油断している場合に起こり得ます。

時代は一斉指導から個別指導へ

そして学校という組織で起きていることは、タイムラグで確実に会社という組織にも連動して起こります。かつては、実績のあったカリスマ上司が部下に「自分の厳しいやり方についてきて」と言って、部下が辞めてしまっても「仕方ないな。また採用するか」ということで補充ができました。今の時代はそう簡単に募集をかけても人が集まらない時代に既に突入していますし、入ったとしても、今度は離脱する理由につながる誘惑が今はたくさんあります。組織が社員を引き留め続けることはでは容易ではないのです。
「自分のやり方について来て」というやり方自体は、一つのマネジメントスタイルとしては「あり」です。ただし、それには一つ条件があり「人口が右肩上がり」の時に結果を出しやすいマネジメントスタイルだということです。

それでは「人口が右肩下がり」の時に結果を出しやすいマネジメントスタイルを取り入れるためにはどうしたらよいでしょうか。これもたとえるなら、今の塾の形態を見てみるとわかると思います。かつてはカリスマ講師が何百人の生徒を集めて大教室で一斉指導していた形が、人口減少の影響もあり、今は生徒のレベルに合わせたマンツーマン指導が増えました。一斉指導から個別指導へとシフトしてきています。講師と生徒の関係性も、かつての一斉指導の場合は、カリスマ講師の「合格テクニックとその実績」が生徒との信頼関係を結んでいました。講師と生徒は一定の距離感がありましたから、講師の人間性などは生徒にとっては特に関係も影響もありませんでした。しかし、個別指導の場合は、講師と生徒の距離感が非常に近いです。その場合、生徒にとっては講師の人間性が非常に大きなウェイトを占めることになります。講師側は仕事と割り切っていても、生徒側はそうはいかず、たとえば講師が生徒に敬意のない発言や行為をした場合「いくらこの人がたくさんの生徒を合格させた実績があるとしても、こんな人間性の人を講師として信頼できない、指導されたくない」となってしまうと、関係性が築けなくなってしまう場合もあります。生徒が講師を信頼するポイントとして「講師の実績や合格テクニック」の前に「講師の人間性」というハードルが一つ加わったということです。

指導者には「実績」の前段階で「人間性」が問われる時代に

これを職場に置き換えてみると、今の時代は昔ではあまりなかった上司と部下との定期的な1on1ミーティングが多くの会社で行われています。これも一斉指導から個別指導へシフトしてきている一つの現象でしょう。上司と部下の関係性が「一人のカリスマ上司の背中を多くの部下が追いかける」時代から「上司と部下が1対1で都度向き合う」時代へと変化してきています。

すると、上司が「部下の成長のためには自分が嫌われてでも厳しく接しなければ」という「やり方」は、上司が部下に背中を向けていた時代は、対面でない分、まだ部下に逃げ場がありましたが、対面の状態でそれをされてしまうと、部下からすると逃げ場がなくなり「なかなかきつい」時代になったということです。

今の時代は、部下に「この人のやり方についていきたい」の前段階として「この人についていきたい」という、人間性で信頼関係をお互いに構築することが重要であり、それができてから、次にテクニカルな指導の段階に入る、という順番がうまくいきやすいマネジメントスタイルだと思います。

経理だからといって嫌われ役をやる必要はない

私が会社員時代の時は、「経理の仕事というのは、そもそも人に注意をしたり催促をしたりといったネガティブなコミュニケーションをしなければいけないことが多いから、嫌われることを恐れていたら何もできない」と思っていました。その発想から、「現場から嫌われても部下から嫌われても、自分が厳しく指導伝達をして、会社がきちんとなり、部下も経理の仕事で将来どの会社に行っても食べていけるようになるのだったら、別に自分が嫌われることくらいはしょうがない。いつかわかってくれる時があればそれはそれで嬉しいけれど」と思っていました。

しかし人口減少時代に突入した今は、私もスタイルを変えました。まず仕事先の相手と人間関係を築き、それができた相手にだけ厳しいことは言うようにしています。人間関係ができていないうちにいきなり初対面で厳しいことを言っても「何なのこの人?人に対して敬意がないな」と思われて終わりです。クライアント先の役員や管理職の方達にも同様のやり方をお勧めしています。

人材不足の時代は、「結果を出すためなら誤解をされても自分が徹頭徹尾、嫌われ役になってもいい」というスタイルから「まず人と人として信頼関係を築き、お互いに誤解を生まない状態を作った上で指導に入る」ことを重視したほうが有用だと思います。その具体的な方法は「部下であっても敬意を意識する」ということに尽きると思います。
敬意を意識していれば、内容的には厳しい指導であっても、暴力的な言葉のチョイスや振る舞いを部下にする選択は起こりません。「おい、こら、てめえ」と皆の見ている前で絶叫するというのは、「ついやってしまいました」ではなく「部下には敬意など必要ない」と根底に思っているからです。「○○さん、この資料、チェックが漏れているからもう一度チェックし直してくれる?そして次回も同じミスが起こらないように予防方法を自分で考えてみて」と普通に言えば、普通に伝わります。
敬意のない行為で信頼関係を崩すことは誰も得をしないことですので、上司は部下に、そして部下も上司に、互いに「敬意」を意識し合ったコミュニケーションを心がけていただきたいと思います。

この記事の執筆者
前田 康二郎
前田 康二郎(まえだ こうじろう)

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。