更新日:2025/04/25
以前、「転職や起業を考えている」という大手企業に勤める20代の会社員の人達にインタビューをしたことがあります。会社の知名度もあり、先輩も親切に仕事を教えてくれると言います。
それなのになぜ会社を辞めるか悩んでいるのかと尋ねると、「自分が出世して管理職や社長になるためには、この先何十年かかるかわからないし、優秀な先輩も何人というレベルではないほどたくさんいるから、自分の将来の具体的なビジョンが描けない」と皆さんおっしゃいました。
そこで私は「大変失礼だけれど、それは大企業なのだから当たり前のことだし、それをわかった上で就職活動をして入社しているものだと思っていたけれど、そうじゃなかったってこと?」と尋ねたのですが、「頭では事前にそのように理解をしていても、実際に現実を目の前にすると、改めてずっとこの状態で何十年も仕事のモチベーションを保つのはやはり大変でした」というのが皆さんのリアルな本音でした。
その考え方に当てはめてみると、昨今トレンドになりつつある定年の延長や定年制の撤廃は、その当事者の年代の方達にとってはメリットが大きいと思いますが、20代の彼らにとっては逆効果で、さらにビジョンを描けない状態になってしまうということだと思います。
「優秀な人が自ら引退してくれない限り、自分達20代の世代は40歳や50歳になっても60代、70代の方達が現役の管理職でバリバリ活躍をしているだろうから、社長どころか管理職のポストすら空かないのではないか」と想像し、さらに離職が加速してしまうかもしれません。そして結果的に20代の社員がさらに減って、定年の延長や撤廃で維持された人数が相殺されてしまい社員の総数は変わらず社員全体の平均年齢だけが上がってしまった、ということにもなりかねません。
そして中小企業の場合は、上司と部下の関係性が大企業よりも近いですから、大企業のような漠然としたイメージではなく、さらにリアルにこの定年の延長や定年制の撤廃の影響があるのではないかと思います。
たとえば、自分が尊敬してやまない上司が、会社の規程によりあと1年で定年というときには「どうしてそんなルールがあるんだろう、年齢なんか関係ないのに」と、心底思うことでしょう。そうした時に、会社の規程が変更されて定年が5年延長になったことが発表されたら、部下は「良かった!まだ5年上司と一緒に仕事ができる。これからもいろいろと相談に乗っていただこう」と思うことでしょう。
反対に、相性が悪い上司だったらどうでしょうか。「やっと上司も定年まであと1年か。これまで長かったなあ。でもあと少しだから我慢しよう」と思っていたところに定年が5年延長になった、という一報が届いたとしたら。その人は「プチン」と我慢の糸が切れて、転職活動を始めることでしょう。
この定年の延長、定年制の廃止というのは、それぞれの環境によって、受け止め方や影響が変わってくると思います。
このようなことを考えると、やはり年長者というのは、これまでの時代は「若者に敬ってもらう存在」だったと思いますが、これからの時代は「若者を支えるメンターとしての存在」になることが、社会的にも、企業組織的にも、そして上司と部下の関係性においても良いのではないでしょうか。
一部の年長者の方の中には、「自分達が若い時は不条理な苦労や我慢を強いられて年長者の機嫌もとってきたのだから、今度は自分がそうしてもらう番だ」という考えの方もいらっしゃいます。私もまさに就職氷河期世代でしたので、その気持ちもわかります。
でも、このご本人もまさにおっしゃっていますが、「若者に不条理な苦労や我慢を強いる年長者」が定年延長、あるいは定年制が廃止されて組織に居続けることは、結局本人以外誰も歓迎しない時代になったということを受け入れなければいけないということでもあります。そうしないと「定年制がなくなったおかげでまだあの人が辞めない」という存在に自分がなってしまいます。
そうではなく、そこは発想を切り替えて「来年定年で仕事は終わりのはずだったのが5年延長になったのだから、これからの5年は20代の将来会社を担う人のために、自分の知見を使おう」と、後進を支えるメンターとしての存在になれば、皆が「定年制がなくなったおかげでずっとあの人と一緒に仕事ができて嬉しい、ありがたい存在」となるはずです。
前述した、退職しようかどうかと漠然と悩んでいる20代の人達なども、このようなメンターから、よりリアルな経験談やアドバイスに触れることで「別に今日明日辞める必要はないのだから30歳まではここで頑張ってみようかな」と思い直すこともあるでしょうし、「仕事って別に出世だけではなくて、日々の仕事で面白い人や普段出会えない人とも出会えるということか。じゃあこの会社でじっくり頑張ってみよう」と、20代では気づかない別の視点を本人に投入することもできるのが年長者のできることでもあります。それによって離職率を減らすこともできることでしょう。
今の時代は「あ、良い転職条件のスカウトメールが来てる。だけど転職してしまったら、今の尊敬している上司と二度と仕事ができなくなるのか…。それだったら今回は転職を見送ろう」というように、「尊敬できる人が社内にいるか」ということも、離職と思い留まらせる重要な要素になっています。
以前、ある会社を訪問した際、経理部門の70代、80代の社員の方達が会計ソフトを素早く操り、経理の帳票をスイスイと出していらっしゃり驚いたことがあります。思わず私は「大変じゃないですか?」と尋ねてしまいました。
なぜかというと、その当時、他の会社で経理のベテラン社員の方達が「今さら経理業務のやり方を変えたくない」と、経理のデジタル化に反対しているケースに接していたからです。するとその70代、80代の方達は「いえいえ、私達はもう紙の領収書や請求書を何百枚と手作業で処理する体力もありませんから(笑)デジタル化して画面上でチェックできたほうがありがたいです。画面も拡大できますから老眼でも見えますしね(笑)」とおっしゃっていました。
私もこういう方達とだったら何歳でも一緒に仕事をさせていただきたいですし、キャリアプランに悩んだり新しいことにチャレンジしようか迷うときに、人生の先輩として相談に乗って頂いたりしたいなと思いました。
たとえば経理部門のメンバーが5名いて、それぞれが20代・30代・40代・50代・60代だとすると、隣り合った世代同士は実務的にも常時接していることと思います。そこに、この部門の例でいえば、60代と20代が交流できる接点や機会を設けて、最新の会計ソフトが披露されている展示会に一緒に行ったり、会計や税務の勉強会に一緒に行ったりするだけでも新しい気付きや発見がお互いにあるかもしれませんし、その世代同士がつながることで、経理部門全世代が円のようにつながり、経理部門としてのまとまりも良くなると思います。
定年の延長や定年制の廃止など、単に制度が変わってまだ長く働ける、だけで終わらせずに、その制度を活用して新しい社員同士の関係構築や経理部門の活性化に活用してみてはいかがでしょうか。
流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。