更新日:2025/05/30
企業の終身雇用が崩壊することで起こる大きな変化の一つに、転職組の流入が挙げられます。転出していった社員の補完として中途入社組が組織に増えていくわけですが、そこで「中途入社した社員」と「既存の社員」との関係性によって、組織が活性化する場合もあれば、反対にバラバラになってしまうこともあります。
たとえば中途入社してきた社員が、経理チームの中で一番経理業務歴が浅い場合、経理業務歴も社歴もチームの中で一番短いことになりますから、新入社員を迎え入れる時と同様に社内のことや経理のことを指導し、指導を受ける側もそれに素直に従うことでしょう。このケースの場合は、特に気を付けることはありませんが、次のように、中途入社してくる人の経理業務歴や管理職経験歴など、何かしらの属性が既存の社員よりも長いケースの場合はお互いに配慮が必要になります。
ある知り合いのケースですが、A社の経理部長がヘッドハンティングをされてB社へ転職していってしまいました。本来ならば、経理マネージャーのCさんを経理部長に昇格させるところですが、社長から見て、Cさんの経理スキルがそこまで到達していなかったため、外部からCさんよりも経理業務歴が長く経理部長の経験もあるDさんを経理部長として中途採用することにしました。
社長はDさんに「期待していますよ。経理部内を見てダメなところがあればどんどん改革していってくれていいですから。部下たちにあなたの知見を教えてあげてください」と発破をかけました。それを鵜呑みにしたDさんは、入社初日から「経理部内のここが整備されていないですね」「Cさん、そのやり方よりもこっちのやり方のほうが早くチェックが終わりますよ」など、ダメ出しや指導をどんどんしていきました。
すると最初は我慢していたCさんが「Dさん、あなたは経験豊富なのかもしれませんけど、まだ会社のことを何一つ知らないじゃないですか。私はここで15年も働いているんですよ。一方的に失礼じゃないですか」と言いました。Dさんは「私は好き勝手にやっているわけではなくて、社長から経理部内をどんどん改革して、Cさん達の業務内容も見るようにと言われているのでやっているだけですよ。それより早速1on1の面談をしましょうか」と意に介しません。Cさんは「結構です」と、拒絶しました。
こうなってしまうと、CさんとDさんで良い関係性を作ることは困難になります。Dさんは「私は社長の言う通りにやっているだけだし、なぜCさんは上司である自分の言うことを聞いてくれないのだろう」と悩み、Cさんは「新しく入社してきたDさんはまだ会社のことを何も知らなくいのに毎日上から目線で指導をしてきて困っています」と、社内中に吹聴していきます。
これは、Dさんは、「自分は経理業務歴も役職もCさんより上」という思いと、Cさんの「自分は社歴がDさんよりも上」という思いがうまくかみ合わないことで起こる事象です。Dさんは「Cさんがもっと素直に自分の言うことを聞いてくれれば、Cさんのスキルも上がるしもっといい経理チームにできるのに」と思い、Cさんは「Dさんがもっと私のことを信頼して社内のことや自分の意見を聞いてくれたらもっといい経理チームにできるのに」と思っているわけです。
それでは、お互いにどのようなコミュニケーションをとれば良かったのでしょうか。
これは入社するDさんのCさんに対する配慮がまず必要になります。
もし皆さんが転職をしてDさんの立場になった場合、まず社長の発破を鵜呑みにしないことです。社長はもちろん本音で発破をかけているのですが、それは「これから入社する人に対する期待や敬意」と謙虚に受け取り、入社初日から結果を出そうと組織や部下に対してガンガン駄目だしをするのではなく、まずは社歴の長い部下達に会社の状況や課題をヒアリングし、その上で実際の業務状況や社内ルールの整備具合などを確認し、違和感があるものは、いきなり否定せず「なぜこのようなルールがあるのか」「なぜこのようなやり方をしているのか」をヒアリングすると良いでしょう。すると「実は私が入社した15年前には既にこのルールはあったので、私もなぜこのルールがあるのかわかりませんし、私も変だなと思いながらやっていました」という場合もありますし、「これはA社とB社だけ、特別な契約になっているので、そのために、このような特別ルールを経理チームで以前作りました」ということもあるでしょう。
前者の場合は、既にルールを作った人は不在で、既存の社員の人達も違和感があるということですから、「では、このような新しいルールにしませんか。そのほうが皆さんもラクになりますし、効率的ですので」と提案すれば、すんなり提案が採用されることでしょう。
また、後者の場合は、「なるほど、それでしたらこのルールはこれからも必要になりますね。もし尋ねなかったら私で勝手にルールを変えてしまうところでした。ありがとう」というケースもあれば、「それでしたら、一度私が社長にA社とB社だけが特別な契約になっているために経理処理が非効率になっているという話をして、A社とB社の契約形態を他社と同じように見直すことはできないか一度相談してみますね」というケースもあるかもしれません。
このようなコミュニケーションの取り方をすれば、経理業務歴や管理職としての経験も豊富なDさんと、社歴が豊富で社内の業務や歴史、取引先との関係などに詳しいCさんが「メンター&メンター」となって、経理チームをより働きやすい環境に改善することができます。
そしてDさんを迎え入れるCさん側に立つ人に関しては、当たり前の話ですが、社内の状況をまだわからないDさんからの質問や相談は誠実に答えて差し上げることです。中には「今度優秀な人が入ってくるらしいじゃん。お手並み拝見しようか」と、意地悪をしてわざと教えない、という人がいますが、それは完全に社歴の長さを盾にした「老害」です。
お互いに「そんなこともわからないんですか」と、マウントを取り合う関係性より「お互いわからないことがあったら支え合いましょう」という関係性を目指しましょう。
流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。