更新日:2025/01/24
最終回は、会社の数字を、社長がどのように社員の査定やマネジメントに使うと有用かについてお伝えします。
社長に就任すれば、どの社長も組織や人事制度の改善などに取り組むことになると思います。しかし進め方を間違えると、組織改革や人事制度を刷新した結果、稼ぎ頭だったエース級の社員が次々と離職して売上や利益が下がるなど、改善どころか改悪につながる場合もあります。その原因は、売上や利益を無視、軽視した改革にあります。たとえば、営業成績の良い社員が求める福利厚生と、そうでない社員が求める福利厚生は違います。営業成績の良い社員は、会社全体のため、さらに自分が仕事のモチベーションが上がるための福利厚生を求め、そうでない社員は、自分のため、自分がラクになるための福利厚生を提案します。そのため、営業成績の良い社員の福利厚生案が否決され、そうでない人達が満足する福利厚生案が採用されることもあります。すると営業成績の良い社員達は「自分達が稼いできたお金を、こんな福利厚生に使うなんて」と、反発し、離れていきます。そして、ますます営業成績の出ない人達の天下になっていき、数字が下がります。だからこそ「売上や利益が出ること」を念頭に置き、会社の数字を活用した、組織改善案を考えなければいけません。ここでは2つの事例をご紹介したいと思います。
社長が社員を評価する際に、「(結果が出ている出ていないに関係なく)頑張っている」という行為を基準にして金額換算をして賞与などに充当している場合があります。一見良いように見えますが、自分がそのように評価されたら嬉しいですが、他の社員から見たら不公平感を持つ可能性もあります。なぜなら皆「自分だって頑張っている」と思って働いているからです。
もし「頑張っている」という指標も評価項目に加えたい場合は「個人別の売上実績に加えて、頑張っているかどうか」というように、客観的な経理の指標もセットにすることで、社員達も、「情緒的に査定したのではなく、数字の実績も加味されて評価されているのだな」と、理解します。
また、社員個々人が普段から会社でどのようなお金の使い方をしているかを気にされていない社長もいらっしゃいますが、その点を評価査定に加えるのも良いと思います。逆に、それが評価項目に該当しないということは、湯水のように後先考えず経費を使う社員と、その都度よく考えて経費を使う社員との評価が一緒ということになります。それであれば、湯水のごとく経費を使ったほうが得ですし、ラクです。社長から見て、効率の良い経費の使い方で結果を出している社員を評価すれば、他の社員も経費の使い方を意識するようになります。「○○さんのような効率的な経費の使い方をすれば、社長に評価される」と理解をし、皆がその社員のように経費を使うようになり、より生産性の高い、利益率の高い集団が生まれます。そのような集団作りのために、経理資料をもっと経営やマネジメントに有効活用していただきたいのです。
社長の経営参謀として、MBA取得者や外資系のコンサル出身者を採用した時に、会社の数字を見事に立て直す人もいれば、逆に会社そのものを破壊してしまう人もいます。これは、知識や数字の「使い方」に違いがあるのだと思います。
自分の知識や会社の数字を「刀」として使ってしまう人は、最初から「悪い奴らや言うことをきかない奴らはこの刀で成敗してやろう」というスタンスで入社してきてしまいます。その時点で迎え入れる側も「敵が来た」と警戒し、身構えます。そして「そんな仕事の仕方だからダメなんですよ」「とにかく良い数字にしてください」と、一方的に知識を武器に相手を斬りつけるだけ斬りつけてしまいます。そのため、反発する社員の中で転職できる力のある人は転職活動を始め、辞めていきます。一昔前ならすぐにその退職者の穴埋めを求人などでできましたが、今の時代は人手不足でそれが簡単には叶いません。結果的に現場が慢性的な人手不足に陥り、日常のオペレーションがまわらなくなります。そのため、「理論上、学問上は正しいはず」の指導をしているにもかかわらず数字は逆に下がっていきます。そこで焦ってさらに「それでも数字を出してください。私の言う通りにやれば出るはずです」と刀を振り回してしまうと、逃げる気力もない残った社員は、生きていくために不正を働き、売上や利益をかさ上げして報告する以外選択肢がなくなってしまうのです。
このように、知識や数字を「武器」として使ってしまうと、相手とのコミュニケーションがそもそも成立しません。ましてやMBAや外資コンサルのメソッドは磨きに磨かれていますから、刀の切れ味も抜群です。だから「賢い人ほど、やり方を間違えると組織を破壊し、人も数字も滅らし、会社を破綻させてしまう」ということが起こるのです。
知識や数字はコミュニケーションツール、つまり「道具」として使うと有用です。それらを道具として使いこなしている人は決算書を分析して頭の中に数字を叩き込んだ上で、課題のある部署を一つひとつまわります。そして、「なぜこの数字になったんですか?」「なぜこの会社にいつも発注しているんですか?」「なぜこの量を発注しているんですか?」「ちょっと働いている様子を見せてください」「自分にもちょっとやらせてください」と、数字を会話のツールのきっかけとして、ぐいぐいと現場に入っていきます。その上で、「素人発想で恐縮ですが、たとえばこういう管理の仕方をすれば、時間も節約できてコストが下がります。そして皆さんも早く帰宅できて数字もよくなると思うのですが、いかがでしょうか」と、自分の知識を活用して数字が変わる方法を現場担当者と「一緒に」考えていきます。
逆に数字が良い場合も、「なぜそんなに数字が良いのですか?」と、同じように現場に入っていきます。すると、数字が良い職場では必ず現場独自で数字の改善につながる創意工夫をしていますので、その情報を集め、社長に報告します。そして社長からその現場は評価をされ、社員のモチベーションもあがります。そのような経営参謀がいれば、現場は「きちんと仕事をやっていれば会社は自分達を見てくれている」と、経営陣に対しての自己開示意識も高まります。知識や数字は、「武器」ではなく「道具」として使うことを意識していただくだけで、社風も売上や利益も大きく改善します。
社長の「数字に対する考え方」一つで、会社は大きく変わります。だからこそ社長が数字の本質、経理の本質を正しく認識していただく必要があります。そして社長の直感と会社の数字、この二つを常に照らし合わせながら経営判断をしていくことが大切です。そのために経理とも、よりコミュニケーションをとり、社長の経営参謀として頼りにしていただきたいと思います。
流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。