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AIやITで、経理は本当になくなるのか?~共存する人とAIとIT~第1回「経理まわりのAI・IT情報は「自分達経理から」経営者へ転送する」
2015年のAIの共同研究、10年後になくなる仕事の一つとして経理作業者も挙げられていました。現状、2025年までに経理がなくなるのは難しいようです。この連載では、AIをはじめとした IT技術でできる経理業務とできない業務の具体的な境界線、また、100%IT、100%人間、ではなく、「共存」が実務上重要であるという内容を、「フリーランスの経理部長」としてコンサルティング業務を行う前田 康二郎氏が連載していきます。今回は第1回「経理まわりのAI・IT情報は「自分達経理から」経営者へ転送する」を解説させていただきます。
「10年後に経理がなくなる」と言われてから早7年
2015年に著名な大学と企業との共同研究の発表で、AIによって10年後になくなる仕事の一つとして経理作業者も挙げられていました。そして今年は2022年になりますが、研究結果の通りだと、あと3年で世の中の経理社員が絶滅しなければいけません。皆さんの会社ではいかがでしょうか。
私も当時この研究に関するコメントをメディアから求められたときに、それはあくまでも研究上の話であって、実務上はありえません、なぜなら……とお話したところで、記者の方が困っておられたので、どうしたのか伺ったら「もう、当社としては『AIで経理がなくなる』前提で特集企画が動いていまして、その内容が欲しいです」とのことでした。
相手の方も仕事で来ているのでその辺りの事情もわかります。かといって嘘もつきたくないので折衷案として、経理作業の中の、この部分はAIによって自動化、無人化されるかもしれませんね、という形でお答えした記憶があります。「経理がなくなるよりも先に、『10年後にAIで経理がなくなる』という意見のほうが、10年を待たずに忘れ去られているかもしれませんね」と言った部分はカットされていたはずです。
世の中には、本当に先のことはわからない、ということと、さすがにわかるでしょう、ということの二つがあります。AIで経理がなくなるかなくならないか、ということは私の中では後者です。でも人によっては、前者であると思っている人、そして情報を咀嚼せずそのまま見聞きしたものを信じ込んでしまう人もいます。
記事一つで経営者と経理担当者の関係性が破綻する時代
当時思い出されるのは、私の知り合いの経理社員が、「経営者が『AIで経理がなくなる』という記事だけを何のコメントもなしにメールで転送をしてきたので、自分の仕事は機械で十分だと言われたような気分で屈辱だった」と言っていたことでした。後々その経営者の方とお話する機会があったので、何の意図でそのようなことをしたのか伺ったら、「特に他意はなく、記事を読んでああそうなんだ、と思い、経理のトピックだから経理担当者に転送しただけですが」ということで悪気はなかったということでした。しかし結局その経理社員はそれがきっかけとなり、転職していきました。
そもそもコミュニケーションが互いによければ、転送するメールに「こういう記事があったけど、これ本当かな」とも書けたでしょうし、経理社員のほうも、「社長、この記事は研究上の話を書いているだけで、現実の実務は違いますから、10年でなくなるなんて無理ですよ」と言えば済んだ話でしょうが、実際にはコミュニケーションの良い会社は案外限られているものですので、当時は同じような思いをした経理社員の方達もいらっしゃったかもしれません。
ほとんどの人は、「専門家」になれる分野は一生に一つか二つ
私もそのような状況を受けて2018年に「AI経理」という本を出し、研究と実務は全く別物だということを書いたり、当時連載していたコラムでも書いたりしたのですが、ふと、逆に、私が他の仕事に関して同じように「○○の仕事は10年後AIによってなくなる」という記事を見たら、やはり同じように「へえ、あの仕事、AIでなくなっちゃうんだ」と思ってしまうだろうなということも感じたのです。
人の一生で専門性の高い職業・職種につけるのはやはり数個、普通の人なら一つか二つだと思います。現実世界の業種・職種は数百個以上あるわけですから、どんなに賢い人でも、どんなに偉い人でも、一つひとつの仕事に関しては精通していないことがほとんどなのが現実です。私は経理に25年携わっていますので、経理業務のうち、AIやITのツールで自動化できるものとできないことの区別くらいはわかりますが、それ以外の分野や職種のことは自分ではわかっているつもりでも、やはり表面的なことしかわかっていないのだと思います。
経理まわりのAI・IT情報は経営者から転送される前に自分達で先に精査して経営者に転送する
そのような前提を踏まえて、現実的に経理社員の皆さんが今やらなければならないことは、経理をとりまくAI・IT関連の最新情報をキャッチアップして、それを正しい部分とそうでない部分に分類して、「正しい情報のみ」を経営者に伝えることなのだと思います。これが今の時代の経理業務の一つだと思います。それを怠っていると、経営者のほとんどは経理出身者ではないので、世の中に溢れる有象無象の経理にまつわるAI・IT情報を、正しいかどうかもわからず、そのまま全て飲み込み「へえそうなんだ」と、消化してしまうことでしょう。
たとえば皆さんが経理出身の社長だとします。「営業も今やAIで対応できますので、100人いた営業社員もうちの製品を導入すれば3人で十分です」という記事を見たら、「へえ、そうなのかなあ」と多くの人は一瞬でも思うかもしれません。でも営業出身の社長だったら、「100人規模の営業を抱えないと売上が維持できない会社がどうやって3人で同じ売上をキープするんだ、ありえないだろう」と瞬間的に思うことでしょう。それぐらい、出身部署の経験というのは、その人の仕事上の判断に大きく影響を及ぼします。
現場系の職種の社員よりも経理社員が自ら情報をキャッチアップしなければいけない理由
経理が職種上不利なのは、業務そのものではなく、経理出身の経営者や役員が営業や技術系に比べて少ない点にあります。経営判断をする人の中に経理に精通している人がいれば、ある程度の経理をとりまく環境維持やマネジメントも考えてもらえるでしょうが、そうでないケースのほうが現実世界は多いですので、「経理出身者でない人でも簡単にわかる経理をとりまくAI・IT関連の情報」を定期的に経営陣にレポートしておく必要がありますし、それが経営陣の方達にとっても助かります。
筆者プロフィール
前田 康二郎(まえだ こうじろう)
流創株式会社代表取締役。エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。
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