公開日:2023/10/03
更新日:2026/02/10
従業員の休職や離職、あるいは出社していても本来のパフォーマンスを発揮できない「プレゼンティーズム」による生産性の低下に、お悩みではありませんか。その根本原因は、職場のメンタルヘルスにあるかもしれません。
今やメンタルヘルス対策は、ストレスチェックなどの法的義務を果たすだけでなく、企業の生産性向上に直結する重要な経営戦略です。本記事では、メンタルヘルス不調が生産性を下げる具体的なメカニズムから、企業が取り組むべき「4つのケア」を軸とした改善策、成功事例までを網羅的に解説します。従業員がいきいきと働ける職場づくりのヒントをつかんでください。

近年、働き方改革や人的資本経営への関心が高まる中、従業員のメンタルヘルス(心の健康)は、企業の持続的な成長に不可欠な要素として、その重要性を増しています。
かつては個人の問題と捉えられがちだった心の健康は、今や組織全体の生産性や業績に直結する経営課題であるという認識が広がっています。本章では、データや具体的な指標、法的な側面から、なぜ今、職場のメンタルヘルスが重要視されるのかを解説します。
職場のメンタルヘルス不調は、企業にとって看過できないレベルに達しています。厚生労働省の発表によると、仕事による強いストレスなどが原因で精神障害を発症し、労災認定される件数は増加傾向にあります。このような状況は、従業員個人の問題にとどまらず、企業経営に深刻な影響を及ぼします。
ある調査では、従業員のメンタルヘルス不調による日本国内の経済的損失は、年間約7.6兆円にのぼると試算されています。これは、医療費や休職による直接的なコストだけでなく、後述する生産性の低下といった「見えにくいコスト」を含んだ数字であり、企業がメンタルヘルス対策に取り組むことが、経営的な観点からも急務であることを示しています。
(参考:メンタル不調の影響、年間7.6兆円の生産性損失に—GDPの1.1%に相当と試算|横浜市立大学)
職場のメンタルヘルスが生産性に与える影響は、「プレゼンティーズム」と「アブセンティーズム」という2つの指標で説明されます。これらは従業員の健康問題に起因するパフォーマンスの損失を示す重要な概念です。
| 項目 | プレゼンティーズム(Presenteeism) | アブセンティーズム(Absenteeism) |
|---|---|---|
| 定義 | 出勤はしているものの、心身の不調(頭痛、気分の落ち込みなど)が原因で、本来のパフォーマンスが発揮できない状態。 | 心身の健康問題が原因で、遅刻、早退、欠勤、休職に至る状態。 |
| 状態 | 「出勤しているが、生産性が低下している」状態。勤怠記録上は問題が見えにくい。 | 「職場に来られない」状態。勤怠記録で把握が可能。 |
| 企業への影響 | 集中力や判断力の低下による業務効率の悪化、ミスの増加など。見えにくいが、損失額は大きいとされる。 | 業務の停滞、周囲の従業員の負担増、代替人員の確保にかかるコストなど。 |
とくに注目すべきはプレゼンティーズムです。欠勤として表面化するアブセンティーズム以上に、プレゼンティーズムによる生産性低下の経済的損失の方がはるかに大きいことが指摘されています。従業員が不調を抱えながら働き続けることによるパフォーマンスの低下は、組織全体の生産性を静かに蝕んでいくのです。
【関連記事:プレゼンティーズムで損をするのは誰?企業と従業員双方を守るための対策】
従業員のメンタルヘルスを守ることは、社会的な要請であると同時に、法的に定められた企業の義務でもあります。企業は労働契約法に基づき、従業員が安全で健康に働けるように配慮する「安全配慮義務」を負っています。この義務は、身体的な安全だけでなく、メンタルヘルスの不調を防ぐための配慮も含まれます。
その具体的な施策として、ストレスチェックの実施義務化があります。この制度は、従業員自身のストレスへの気づきを促し、不調を未然に防ぐ「一次予防」を主な目的としています。安全配慮義務の履行やストレスチェックの実施を怠った場合、法的な責任を問われる可能性もあり、リスクマネジメントの観点からもメンタルヘルス対策は不可欠です。

職場のメンタルヘルス不調は、単一ではなく複数の要因が複雑に絡み合って引き起こされることがほとんどです。近年、仕事に関する強いストレスや悩みを抱える労働者の割合は増加傾向にあり、企業にとって従業員の心の健康問題は看過できない経営課題となっています。ここでは、不調につながる主な要因を多角的に解説します。
従業員の心身に大きな影響を与えるのが、仕事の「量」と「質」に関する問題です。厚生労働省の調査でも、長時間労働や過度なノルマ、責任の重圧は精神障害発症の主要な原因として指摘されています。具体的には、以下のような要因が挙げられます。
| 要因の種類 | 具体例 |
|---|---|
| 仕事の量 | 慢性的な長時間労働、過密な業務スケジュール、休日出勤、持ち帰り残業 |
| 仕事の質 | 過大な責任が伴う業務、達成困難な目標設定、役割や権限の不明確さ、本人の適性とのミスマッチ |
| 仕事の裁量度 | 業務の進め方やスケジュールを自分でコントロールできない、意思決定の機会が少ない |
とくに、責任感が強く真面目な人ほど、一人で多くの業務を抱え込み、心身の健康を損なってしまう傾向があります。
多くの従業員にとって、職場の人間関係はストレスの大きな原因となり得ます。上司や同僚、部下とのコミュニケーションが円滑でない場合、従業員は孤独感や疎外感を抱きやすくなります。
とくに、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなどのハラスメント行為は、被害者の尊厳を著しく傷つけ、深刻なメンタルヘルス不調を引き起こす重大な問題です。相談できる相手がいない孤立した状態は、小さなストレスの蓄積を招き、やがて大きな不調へとつながる危険性があります。
近年普及したテレワークは、柔軟な働き方を可能にする一方で、新たなストレス要因を生み出しています。オフィス勤務とは異なり、コミュニケーションの機会が減少し、孤独感や不安感を抱きやすくなることが指摘されています。
また、仕事とプライベートの境界が曖昧になり、オンオフの切り替えが難しくなることで、かえって長時間労働に陥るケースも少なくありません。自宅の作業環境が整っていなかったり、家族の存在によって集中を妨げられたりすることも、新たなストレスの一因となります。
このような目に見えにくいストレス要因を早期に発見するために、「パルスサーベイ」が有効な手法として注目されています。パルスサーベイとは、数問程度の簡単なアンケートを週に1回や月に1回といった高頻度で実施し、従業員のコンディション変化をリアルタイムで把握する調査です。「仕事量は適切か」「十分な休息がとれているか」といった質問を通じて、個々の従業員や部署単位でのストレス状態を定点観測し、メンタルヘルス不調の兆候をいち早く察知することにつながります。

従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぎ、誰もがいきいきと働ける職場環境を構築するためには、企業が主体となってメンタルヘルスケアに取り組む必要があります。厚生労働省が示す「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、事業者が講じるべき対策として「4つのケア」が提唱されています。これらは単独で機能するのではなく、4つのケアが連携し、継続的かつ計画的に実施されることが重要です。
セルフケアとは、従業員自身がストレスやメンタルヘルスの不調に気づき、自ら対処することです。企業は、従業員が適切なセルフケアを実践できるよう、積極的に支援する役割を担います。ストレスの原因や感じ方は人それぞれであるため、まずは従業員一人ひとりがメンタルヘルスに関する正しい知識を身につけることが不可欠です。
企業によるセルフケア支援の第一歩は、教育研修や情報提供の機会を設けることです。これにより、従業員は自身のストレスサインに早期に気づき、適切に対処するスキルを習得できます。
ラインケアとは、部長や課長といった管理監督者が、部下のメンタルヘルスケアを行うことです。日々部下と接する管理監督者が、職場環境の改善に努めたり、部下の異変にいち早く気づいて相談に乗ったりすることが、問題の早期発見・早期解決につながります。
定期的な1on1ミーティングは、業務の進捗確認だけでなく、ラインケアを実践する絶好の機会です。部下が安心して心身の状態を話せる場にするためには、管理監督者の「傾聴」の姿勢が重要になります。
| 傾聴のポイント | 具体的な対応 |
|---|---|
| 肯定的な姿勢で聴く | 部下の話を遮ったり、安易に否定したりせず、まずは最後まで受け止める。「そう感じたんだね」と一度受け入れることが信頼関係の基礎となります。 |
| 沈黙を恐れない | 部下が考えをまとめたり、言葉を探したりしている間は、急かさずに待つ姿勢が大切です。沈黙もコミュニケーションの一部と捉えましょう。 |
| 安易なアドバイスをしない | すぐに解決策を示すのではなく、「どうしてそう思う?」「具体的にどうしたい?」といった質問を通じて、部下自身が考え、答えを見つける手助けをします。 |
| プライバシーを守る | 相談された内容は本人の許可なく他言しないことを伝え、安心して話せる環境を保証します。 |
産業医、保健師、衛生管理者、人事労務担当者など、事業場内の専門スタッフによるケアです。これらのスタッフは、セルフケアやラインケアが効果的に機能するよう専門的な立場から支援し、企業のメンタルヘルス対策全体の企画立案や推進において中心的な役割を担います。
専門スタッフの知見を最大限に活用するには、日頃からの連携が不可欠です。衛生委員会などを通じて職場の課題を共有し、具体的な対策について助言を求めることが重要です。
事業場外資源によるケアとは、社外の専門機関や専門家を活用して行うメンタルヘルスケアのことです。代表的なものにEAP(従業員支援プログラム)があります。社内の人間には相談しにくい内容でも、外部の独立した窓口であれば、プライバシーが守られる安心感から相談しやすいというメリットがあります。
EAPサービスを導入する際は、自社のニーズに合ったサービスを選ぶことが重要です。導入により、従業員の安心感向上や人事担当者の負担軽減など、多くのメリットが期待できます。
| 選定ポイント | 確認事項 |
|---|---|
| 相談方法の多様性 | 電話、オンライン(ビデオ・チャット)、対面など、従業員が利用しやすい相談方法が複数用意されているか。 |
| カウンセラーの専門性 | 臨床心理士や精神保健福祉士、産業カウンセラーなど、有資格者が多数在籍しているか。実績は豊富か。 |
| 企業への報告体制 | 相談内容など個人が特定される情報が企業に伝わらないよう、プライバシー保護が徹底されているか。利用状況の統計レポートなどは提供されるか。 |
| 対応範囲の広さ | メンタルヘルスの問題だけでなく、キャリア、法律、金銭問題など、幅広い悩みに対応可能か。 |
【導入のメリット】
企業のメンタルヘルス対策と合わせて、従業員一人ひとりが自らのストレスを管理し、心身の健康を維持する「セルフケア」を実践することが極めて重要です。
自分自身のストレス状態に早期に気づき、主体的に対処するスキルを身につけることは、メンタルヘルス不調を未然に防ぐだけでなく、日々の仕事におけるパフォーマンスの安定と向上にも直結します。ここでは、従業員自身が今日から取り組める具体的なセルフケアの方法を紹介します。
ストレスは、知らずしらずのうちに蓄積されていることがあります。いつもと違う心身の変化は、ストレスが溜まっているサインかもしれません。自分の状態を客観的に把握するために、以下のようなサインに注意を払いましょう。これらのサインが長期間続く場合は、注意が必要です。
| 側⾯ | 具体的なサインの例 |
|---|---|
| 精神面 | イライラ、不安感、気分の落ち込み、興味・関心の低下、集中力・判断力の低下 |
| 身体面 | 頭痛、肩こり、目の疲れ、動悸、息切れ、胃痛、食欲不振または過食、不眠、朝起きられない |
| 行動面 | ケアレスミスの増加、遅刻・早退・欠勤の増加、飲酒・喫煙量の増加、人との交流を避ける |
ストレスを感じたら、深刻になる前にこまめに解消することが大切です。仕事の合間や帰宅後に手軽にできる、自分に合ったリフレッシュ方法を見つけて、毎日の生活に取り入れてみましょう。
心と体の緊張をほぐすことで、気分を落ち着かせることができます。とくに意識的な呼吸は、自律神経のバランスを整えるのに効果的です。
不規則な生活は、ストレスへの抵抗力を弱める原因となります。基本的な生活習慣を見直すことが、メンタルヘルスケアの第一歩です。
セルフケアを試みても改善しない場合や、一人で抱えきれないほどの強いストレスを感じる場合は、決して一人で悩まず、信頼できる人や専門家に相談することが重要です。早めに相談することで、問題の深刻化を防ぐことができます。
| 相談先の種類 | 相談先 | 特徴 |
|---|---|---|
| 社内の相談先 | 上司・同僚 | 業務に関する具体的な問題について相談しやすい。 |
| 産業医・保健師・人事労務担当者 | 専門的な視点から、職場環境の改善を含めたアドバイスが期待できる。 | |
| 社内カウンセリング窓口 | プライバシーが守られた環境で、専門のカウンセラーに相談できる。 | |
| 社外の相談先 | かかりつけ医・心療内科・精神科 | 心身の不調が続く場合に、医学的な診断や治療を受けられる。 |
| 地域の保健所・精神保健福祉センター | 公的な機関であり、無料でこころの健康に関する相談ができる。 | |
| 公的な電話・SNS相談窓口 | 匿名で気軽に相談できる。厚生労働省の「こころの耳」など、さまざまな窓口がある。 |

職場のメンタルヘルス対策は、従業員を守るだけでなく、企業の生産性向上に直結する重要な経営課題です。メンタル不調は、休職やパフォーマンス低下(プレゼンティーズム)を招き、企業に大きな経済的損失をもたらします。
本記事で解説した「4つのケア」を軸に、管理職によるラインケアや専門家との連携を組織的に推進することが不可欠です。従業員一人ひとりが安心して能力を発揮できる環境を整えることが、企業の持続的な成長の鍵となります。まずは自社の現状把握から、できる対策を始めていきましょう。