第5回 経理部に必要な上司と部下の「距離感」とは

優秀な経理は、なぜ静かに壊れるのか ~“数字を守る人”を守る組織のつくり方~

更新日:2026/07/24

優秀な人を会社が守る

デキる上司がしがちな部下を追い込んでしまう2つの距離感のパターン

前回、「デキる上司がデキる部下を潰してしまうことが起きる」のは、デキる上司は言っていることが原則「正しい」。そして、上司自身もそれを忠実に守っているという「言動一致」をしているがゆえに、部下は一切の反論ができない。そのため部下のキャパシティをオーバーする指示量を上司がしてしまうと、潰れてしまうことが起こるという点をお伝えしました。そうなると上司としては、昨今言われるように「部下とどう付き合ったらいいかわからない」、「正直、こちらのほうがメンタルをやられてしまう」ということになりかねません。今回は、上司が部下とどのような「距離感」でマネジメントをすればよいかについてお伝えします。
「心身の不調をきたしてしまった部下」の上司に当たる人がどのようなマネジメントをしていたかを調査したところ、2パターンの特徴がありました。一つは「過干渉」、もう一つは「放任」です。一つずつ見ていきましょう。

過度な期待による過干渉がデキる部下を追い込む

まだ一通り仕事がデキていない部下と違い、一通り仕事がデキる部下というのは、自発的に自分のスケジュールを組み、自分である程度の負荷も設定し、自己管理のもとに仕事を進めます。そこに上司が「どれどれ、スケジュールを見せて。君なら優秀だからこの2倍のペースでもできるんじゃない?そのほうが成長も早いよ。それとこの資格もためになるから勉強したほうがいいと思うし、あとはね…」と、部下本人から特にアドバイスを求められてもいないのに「良かれと思って」部下が忙しくなる、休む余裕がなくなることをどんどん進言してしまうと、デキる部下はそれを断ることは悪いと思い、全て受け入れてしまいます。上司から見たら優秀な部下は「若いし、体力もあるし、AIなどにも詳しいだろうから自分よりも効率的に仕事ができるだろう」と思えてしまうかもしれません。
しかし、部下には上司と違い「経験値」や「耐性」が不足しています。今日1日だけ、決算期の数週間だけ、ということなら瞬発力でなんとかなるかもしれませんが、たとえば株式上場準備など、数年にわたる作業でしたら私も経験しましたが、常時緊張しっぱなしでは心も身体も持ちません。そのため、デキる部下に関しては、原則「見守り」をし、部下が質問をしてきたらその質問に対して「のみ」答える。というコミュニケーションを繰り返してください。ここで「余計な一言」を言ってしまうと、部下は「上司に相談したら、相談したこと以外にまた良かれと思って負荷のかかることをアドバイスされそうだから、相談したいことがあるけどやめておこう」となってしまいます。また、「そうは言っても性格上、過干渉がどうしてもやめられない」という場合は、部下の負担を軽くすることを言ってください。「ちょっと休憩したら?」「そこまで皆に気を遣わなくていいよ」など、という声掛けでしたら、部下は「上司は自分のことをしっかり見ていてくれる上に、自分の負荷を軽くしてくれようとしているんだ」と信頼を寄せるはずです。

仕事の「やり方」に過干渉をしてしまう上司

こうした上司から部下への「仕事量」の過干渉のほかに、部下の仕事の「やり方」に過干渉をしてしまうパターンもあります。以前、「老害に苦しんでいる」という人へヒアリング調査を行った時に「自分なりに仕事の結果を出し、尊敬する上司から褒めてもらえると思っていたら、『私はそんなやり方は絶対に認めない!』と叱責されて大きなショックを受けた」と答えた人がいました。経理業務で例えると、部下がExcel の数式を使って素早く効率的に検算チェックをできる方法を考え、褒めてもらえると思って上司に報告したら「そんな手抜きのやり方など私は認めない!面倒でも電卓を叩きなさい!」と叱責されたということに近いでしょうか。この例なら「それは部下がかわいそう」となると思いますが、たとえば部下が「今までExcelでやっていたチェックをAIでできるように考えました!」と皆さんに報告して来たらどうでしょう。私もAIを活用して経理業務が簡便化できないか試行錯誤中ですが、論文などの論理的な文章においてはAIは優秀ですが、数字に関してはまだ発展途上のように私個人は感じていますので、数字のチェックツールとして安心してAIを使えるようになるにはもう少し時間が必要と感じています。その場合、やはり上司として部下に一言言わなければいけないのですが、その時にどのように言うかということです。頭ごなしに「AIなんてとんでもない!Excelでやり直しなさい!以上!」と一方的に部下に言ってしまったら関係性は断絶してしまいます。そのような時には、成果を出したということは認めて、認めた上で懸念点をアドバイスすると良いと思います。たとえば「AIでそんなことできるの?すごいじゃん!ただ、自分が同じようにAIでやった時は、念のためExcelで検算したら、こういうパターンの集計の場合はまだ数字が一致していなかったから、そこは気を付けてね」など、やってくれたことには感謝したり、成果を出してくれたことは褒めたりしつつ、その上で上司としての懸念点をワンセットで部下に提示すれば部下も「やはり上司は自分より視座が高くて経験値も違う」と納得してくれると思います。

部下が助けてほしいときにそばにいない「放任」

ここまでお読みいただいた方の中には「じゃあ結局、デキる部下というのは、放っておいて問題ないのですね」と思う方もいるかもしれません。しかしそれはそれで部下が壊れてしまう原因になります。デキる部下が優秀というのは主に「日常業務において」です。経理の実務を知らない方は「経理の仕事って日常業務の繰り返しなんでしょ」と言いますが、現実は違います。経費精算や請求書の申請を期限内にしてくださいと言ってもしてこない人、何度督促をしても入金してこない売掛先など、「非日常業務」があります。この非日常業務は、理屈ではなく「経験値、知恵」のスキルが多くを占めます。「ルールだから申請してください、お金を入金してください」と言ってやってくれる人や会社だったらそもそもその状態になっていないのです。「何度言っても言うことを聞かない人や会社にはどうすればいいのか」。これが「デキる部下でもまだできない、デキる上司にしかできない仕事」の一つです。このようなときに、部下が上司に助けを求めようとして見渡しても上司がどこにもいない、あるいは「君なら大丈夫だから一人で考えてなんとかしなさい」と上司が突き放したらどうなるでしょう。部下は孤立してメンタルをやられてしまいます。
そもそも経理業務というのは、誰かとぺちゃくちゃと喋りながらできない「孤独な業務」です。ただでさえ孤独になりやすいのに、さらに上司から放任されてしまうと、環境としては危険な状態になります。現に、私がイベント会社と共催している「経理座談会」という数十社の経理社員だけを集めてひたすら日頃の悩みや課題を話し合うというイベントでは「一人経理担当者」の方達が、「孤独でつらい」ということをおっしゃり、周りの参加者の人たちに励まされている光景をよく拝見します。そのような点からも、「日頃から口は出さないけれど見守りはしている」「部下から助けてほしいとお願いがあったらすぐ駆け付ける、部下が溺れかけていると思ったらすぐ助けに行く」という態勢は常にとっている、というのが理想の上司と部下の距離感だと思います。

接触回数より適距離からの見守り

上司が部下とのコミュニケーションを取る場合「どういう日本語がNGなのだろうか」「毎日話しかけないといけないのかな」などと考えると、上司は大変だな、面倒だなと思ってしまう人もいるかもしれません。だからこそ、基本は過干渉でも放任でもない、「見守り」のスタンスでまずは距離感をとり、そこからは部下にも個人差がありますので、部下のリクエストに応じて距離感を微調整していくと、上司も「部下をマネジメントしなければいけない負荷やプレッシャー」も軽減すると思います。

次回は、「部下を休ませる技術」についてお伝えします。

この記事の執筆者
前田 康二郎
前田 康二郎(まえだ こうじろう)

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。