更新日:2026/06/23
上司が部下に期待をかけることは悪いことではありません。「君ならできる」「もう一段上を目指そう」「さらに精度を高めよう」といった言葉は、いずれも前向きであり、内容として間違っているわけではありません。実際、こうした声かけによって部下の意欲が高まり、成長につながる場面も多くあります。それにもかかわらず、この“正しい言葉”が、結果として優秀な部下を疲弊させてしまうことがあります。しかもその疲弊はすぐには表面化せず、静かに進行していくため、上司自身も気づきにくいのが特徴です。この現象を理解するためには、まず「“優秀な部下”とは、どのような特性を持つ人か」を整理しておく必要があります。
優秀な部下にはいくつかの共通点があります。責任感が強く、真面目で、周囲への配慮があり、期待に応えようとする姿勢を持っています。そして何より、自分の弱さや限界を簡単には口にしません。だからこそ、上司の言葉を真正面から受け止めます。たとえば、「もう一段レベルを上げよう」と言われたとき、多くの人は自分に余裕がない時は「すみません、ちょっと今はこれで手一杯です」と上司に言うことでしょう。しかし優秀な部下は、期待に応えようとして、「正直手一杯だけど、上司から見たらもう少しやらないと期待に応えられないのだな」と考えてしまいます。そして、今でさえ大変なのに、さらに自分に経理業務の負荷をかけ始めます。
こうした行動は一見すると非常に望ましいものに見えますし、実際、短期的には成果も上がります。そして上司から見れば、部下は順調に成長しているように映り、「自分の指導が効果を上げている」と思うことでしょう。そのため、さらに同じ言動を繰り返し、高い水準を部下に求め続けることを「良かれと思って」してしまうのです。
しかし実際には、優秀な部下には疲労が蓄積しています。経理業務は、見た目以上に集中力を要する仕事です。数字の整合性を確認し、論点を整理し、判断を重ねるという作業を長時間続けるため、精神的な緊張状態が続きます。この状態が続き過ぎると、ある時期をピークとして逆に作業量や判断の質が下がり始めます。そこで上司が異変に気付ければいいのですが、気付けない場合は一気に部下の心身は下降線をたどり不調をきたすのです。上司は、デキる部下ほど、「仕事をしているか」ではなく、「仕事で調子を落としていないか」を見守っていただくことが重要です。
正論には特徴があります。ほとんどの場合は良い特徴ですが、気を付けるべき特徴として「正論は、反論を許さない」という点です。一見、言葉遊びのようですが、人は正論を言われると、その言った人が正しい人であればあるほど、それについて言い返すことができなくなってしまいます。たとえば自己管理の完璧な上司から「週明けから体調不良の人は、週末きちんと自己管理をして心身を休めていないんじゃないかな。週明けから休んだら周囲にも取引先にも負担をかけるし、何より本人も自己管理が不足しているように見えてしまうから…」などと言われたらどうでしょうか。もし他人にはそのようなことを言いながら、自分自身はしょっちゅう週明けに体調不良で休んだり遅刻をしたりしている上司が言ったのなら「日頃から他人に自己管理がなんだかんだと言っておいて、どういうことでしょうか」と、言われた側も相手にしないことでしょう。
しかし、上司が今まで本当に一度も週明けに体調不良で休んだことがない人だったらどうでしょう。その正論はとても強力になり、誰の反論も許さない「揺るぎない正論」となります。そのため、デキる部下からすると「年に1回でも体調不良になってはいけないのだ」と純粋に思ってしまい、たとえ体調不良だったとしても、名乗り出ることができなくなっていきます。そうして無理がたたり、心身を壊してしまい、上司もその理由が「よくわからない」ということが起きかねないのです。だからこそ、デキる上司がデキる部下に正論を言うときは、極めて慎重に言わないといけないということなのです。
この話をすると、「デキる上司なら部下なんか壊さない。部下を壊すのは皆デキない上司だ」と言ったりネット上に書き込んだりする方がいます。本当にそうでしょうか。確かに、まだ発展途上の「(一通り業務が)デキていない部下」の場合、意地悪な上司からハラスメントまがいのことをされたときに、逃げ方、交わし方がわからないまま壊れてしまうことがあります。しかし、もし皆さんが「デキる部下」だったとしたら、「デキない上司」に壊されることはあるでしょうか。私は、ないと思います。きっとデキる部下ならこう思うのではないでしょうか。「何かよくわからないことを言っているけれど、とりあえず頭を下げておけば気が済むのだろうからそうしておこう」と、上司を立てつつもうまく交わして「自分が壊される」ことはないでしょうし、言われたことも気にしないはずです。しかし、デキる上司から正論を言われたら「聞き流す」ことはできません。それはデキる上司の言っていることが本人の言動とも一致し、矛盾もなく、正しいからです。正しいことは良いことですが、「正しい人」と「正しすぎる人」、この二人の人をイメージすると、「正しすぎる人」というのは、皆さんもプレッシャーを感じるのではないでしょうか。デキる上司というのは「正しすぎる人」になりやすいのです。特に「昔の自分のようなデキる部下と出会った時」にです。それはもちろん「良かれと思って」という好意からですが、デキるといっても部下はやはり部下であり、上司と条件が全く同じではありません。デキる上司の方は、デキる部下に出会ったときほど、ご自身を客観視していただき、ご自身でなくデキる部下を「主役」にして、部下に合ったペースでご指導や見守りをしていだけたらと思います。
次回は、上司と部下の「距離感」についてお伝えします。

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。