更新日:2026/05/26
月次決算が早い会社は、「優秀な組織」と評価されます。数字が早く締まれば経営判断も迅速にできます。資金繰りの見通しも立てやすくなります。そのため、月次決算の早さは多くの企業にとって重要な目標課題の一つです。しかし、その早さがどのように実現されているのかがポイントです。もしそのスピードが、特定の一人だけの能力と努力に大きく依存しているとしたら、その状態はある意味リスクともいえます。
そのような会社の経理部門には、必ず中心となる人物が存在します。仕訳処理が速く正確。勘定科目の特性を理解しており、例外処理にも強い。各部門との調整も円滑で、必要な情報を先回りして回収できる。いわば、会社の数字の全体像を頭の中で立体的に把握できている人です。原価の変動傾向、未払費用の発生パターン、過去の修正履歴といった細かな情報なども理解、あるいは暗記しているため、処理判断も素早くできます。その結果、月次決算を早く締めることができます。ただ問題は、その優秀な経理社員の能力は、マニュアル化されたり、仲間にシェアされたりしているのでしょうか。それとも、個人の中にだけ蓄積しているのでしょうか。ここが大切なポイントです。
優秀な経理社員の中には、業務を後輩に引き継ぎをしてやってもらったり、派遣社員の方に説明をして作業をお願いしたりするより「自分で処理した方が早いし楽だから」と全て自分でやってしまう人がいます。業務量もそれほどなく、心身が元気な時はいいのですが、繁忙期や会社が急成長して一気に処理量が激増した時はどうなるのでしょうか。その時にも身体は持つのでしょうか。バックヤードの業務というのは止まったら事故になってしまいます。「もし自分が急病になった場合でも事故なく経理がまわる体制作り」を経理部門は目指していただきたいのです。
実際に「人に任せず何でも自分でやる」という人が、そのやり方を続けていくと、業務は徐々にその人一人に集中していき、周囲もその人に頼り、質問もその人に集中し、確認もその人を通さなければいけないようになります。そして、経理部門全体が無意識のうちにほとんどの業務をその人を前提として動かざるを得ないようになっていきます。これが俗にいう「属人化」の典型です。このような「一本かぶり」の状態は、もしその人が心身を崩して不在になったら、その瞬間に経理業務全体が止まってしまいます。
また、優秀な経理社員が属人化すると、本人自身も、周囲から「あなたがいるから安心だね」「この件はあなたに確認すれば大丈夫ですね」などと言われ、「私が倒れたら、部署が止まる。だからもっと頑張らないと」「しんどいけど、私が耐えないと」と、自分で自分を追い込んでいく状況を作っていってしまうこともあります。
「数々の修羅場をくぐってきた耐性の強いベテラン経理社員」のような人であれば、このような環境でも業務をやり切れると思いますが、優秀でセンスはあるのだけれども、まだそこまでの経験値はない、という人の場合、能力の前に「耐性」が限界を超えてしまい、ある日突然、心身を崩すということも起こりえます。経理業務は集中力を要し、日々、細やかな作業の連続です。この状態が長期間続き、業務過多で休息が不足すると、判断能力も低下し、普段ではしないような凡ミスをし始め、さらに焦り、負のスパイラルに陥ります。そしてある日突然限界を迎えます。優秀な人は「しんどいこと」を隠す傾向が高いので、その人たちが実際に休職、退職せざるを得ない状況になって初めて、「そんなに負担がかかっていたのか」と、同僚や上司、役員や社長が気付くことが多い傾向もあります。
ここで重要なのは、社員が潰れてしまう問題の本質は、その人自身の能力や体力よりも会社の「属人化」「一本かぶり」という構造にあります。特定の個人の努力に依存して成立している組織は、短期的には強く見えますが、持続力がなく長期的には不安定です。本来会社組織が目指すべき姿は、「業務の素早い人に依存する組織」ではなく「誰がやっても早く業務が回る組織」です。そのためには、まず経理一人体制ではなく二人体制、どうしても無理なら「経理社員+親身に相談に乗ってくれ、追加で費用を払えば手も動かしてくれる税理士事務所との契約」でダブルチェック体制を作っていただき、その上で、優秀な経理社員の方は、新しい作業を行ったら同時にマニュアルも作成し部内に情報共有する。このようにして属人化しない努力をしていただきたいと思います。それが後々、自分の心身を守ることにもつながります。
私はイベント会社と共催で「経理座談会」というイベントを定期的に行っています。さまざまな会社にお勤めの経理社員に集まっていただき、お互いの日頃の悩みを共有、解決し合うことを目的としていますが、いわゆる「一人経理」の方達が、本当に疲弊をしています。社長に「人を増やしてほしい、ソフトウェアを入れてほしい、今契約している税理士の先生は経理の相談をしても露骨に面倒臭そうな顔をするので親身に対応してくれる税理士の先生に変えてほしい」とお願いしても「君、優秀だから大丈夫だよ」「お金がないからさ」と却下されて、つらい。このような「一人経理」の方達が一人二人ではなく、毎回たくさんおられ、いつも皆で励ましています。その疲弊の原因は、「自動的な属人化」です。彼らは属人化をしたいわけではないのに「一人担当」「会社がお金を惜しんでデジタル化をしてもらえない」「契約している税理士との意思疎通が難しい」という3点セットのため、自動的に属人化させられてしまうのです。そのような環境にいると、スキルはどんどん伸びますが、最終的には「一人」という環境に疲弊し、潰れてしまうことが起こります。
経理は有事でプレッシャーのかかる時こそ本領を発揮しなければいけない部署ですので、有事でも事故なく業務がまわるように、デキる人だけに頼らないダブルチェック体制、業務のマニュアル化、デジタル化を意識していただければと思います。
次回は、「正論」が部下を追い込んでしまうのはなぜか、についてお伝えします。

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。