更新日:2026/04/28
前回は、「優秀な経理社員ほど突然静かにいなくなる」というテーマを扱いました。では、その“優秀な経理”とは、どのような人を指すのでしょうか。決算処理が早い人でしょうか。税務に詳しい人でしょうか。会計システムを自在に扱える人でしょうか。AIを経理にうまく活用できる人でしょうか。もちろん、それらも重要な要素です。ただ、本連載で取り上げる「デキる部下」とは、単なる実務スキルの高さだけを指しているわけではありません。「一定水準以上の業務を自走でき、かつ、組織に対して誠実である人」。このような要素が「デキる部下」には備わっているのではないでしょうか。経理部門において、そのようなデキる部下には共通した特徴があります。一つずつ見ていきましょう。
経理部門は、会社全体の数字が集まる部署です。売上の増減、原価の変動、在庫の動き、資金繰りの状況など、日々変動する数字の動きを把握できる環境にあります。デキる経理社員は、その環境を活かして、自分の担当業務だけでなく、数字を通して会社全体を俯瞰しています。たとえば「この売上増はいいことだけれど、一過性かもしれない」「この原価上昇は来月以降も為替の状況を見ると続きそうだ」など、数字を見ても「単なる数字」で閲覧、処理して終わらせず、こうした気づきを、自発的に持っています。
また、経理だけでなく現場部門など他部署の忙しさや空気にも敏感です。そしてこう言うのです。「経理として何かお手伝いできることはありますか」と。このような姿勢が、周囲からの信頼を生む一方で、「助かる!じゃあ悪いけどお願いね」と、業務負荷の集中を招くことにもつながるリスクがあります。
デキる部下の最大の特徴の一つは、自己犠牲を自然に選択してしまう点にあります。たとえば、経理部内で退職者が出た場合、本来であれば後任が入るまでは、一旦他のメンバー全員で退職者の業務を分担して引継ぎすべきところを「皆さん忙しいでしょうから私が一旦全部引き受けますよ。そのほうがバラバラに引き継ぎを受けるようにいいじゃないですか」と退職者の仕事を一人でまるごと吸収してしまうこともあります。普通であれば「面倒だなあ、いやだなあ」という業務も、頼まれたら断らないどころか、むしろ頼まれる前に自分から動く人さえいます。その本人の考え方というのは、「自分の成長につながる」「会社のためになる」「みんなが助かるのなら…」という発想で、普通は引き受けることに躊躇する仕事も自ら積極的に取りに行くこともあります。だから成長度合いも早く、周囲からも慕われる存在になるのですが、半面、このような案件がいくつも積み重なっていけば、確実に心身の消耗にもつながるリスクがあります。
連帯責任ともいえるようなミスやトラブルが起きた時でも、デキる部下はまず内省します。「自分の確認が足りなかったのではないか」「もう少し自分がしっかり段取りをしていれば回避できたのではないか」。このように、自分だけの責任とは言えないようなものでも、内省気質のある人は、他者の失敗事例も自分の今後の参考材料にします。そのため、職場で誰かがミスやトラブルを起こすたびに、それらを教訓として学び成長していきますが、それは同時に、ストレスを自分の内面に溜めやすいとも言えます。反対に、何でも他責する人は「上司の判断が悪い」「職場環境が悪い」と自分が起点のミスやトラブルでも他人の責任にしてしまうので成長がありません。ただ、そういう人のほうがむしろストレスを内包しませんので、ある意味健康体な人も多いです。
経理部門は、組織の裏方であることが多い部署です。そのため、社長や現場を立てる場面も多いのではないでしょうか。同様に、デキる部下ほど、上司を立てます。上司の意見を遮って自分がしゃしゃり出ることもなく、上司を批判することもしません。そして自分自身の努力で出した成果も「上司や周囲のお陰です」と謙虚さを忘れません。「自分は支える側でよい」と考えています。半面、謙虚過ぎることが「目立たない」ことにつながり、デキる部下に業務負荷がかかり、心身に支障がきたしていた場合にも、上司や周囲が気付くことが遅れることがあります。
デキる部下は大丈夫でなくても「大丈夫です」と言ってしまう傾向があります。「ちょっとお願いごとをしてもいい?」「はい、大丈夫です」。「忙しかったら忙しいって言ってくれていいからね」「はい、大丈夫です」。上司も忙しく、ついデキる部下を頼り切ってしまうと、部下の本音は「全然大丈夫じゃない」状態なのに、「上司や周囲に迷惑をかけたくない」という心理から「大丈夫です」と上司や周囲に言ってしまい、ある日突然限界がきて心身のバランスを崩してしまうこともあります。
重要な仕事、緊急の案件などが重なったとき、デキる部下は、自分の仕事は後回しにして、他者の重要案件、緊急案件を手伝いつつ、片手間、あるいは最後に短時間で自分の仕事をこなします。この習慣が根付いてしまうと、常に他者の案件に振り回されて、自分自身の仕事や体調より他者優先になってしまい、その業務量が限界を超えると心身のバランスを崩してしまうことがあります。
デキる部下は、上司の性格なども素早く読み取り、それに適応します。細かく報告を求める上司には頻繁かつ詳細にコミュニケーションをとり、任せるタイプの上司には報告時に要点のみを伝えます。すると上司は「自分と部下は問題なくうまくやれている」と感じ、もっともっと、と期待してしまいます。しかし実際には、部下が無理をして上司に合わせている可能性もあります。上司は「デキる部下はいつも自分に気遣って合わせてくれているんだ」という認識を忘れないことが大切です。
ここまで挙げた7つの特徴は、いずれも組織にとって理想的です。しかし同時に、壊れやすさの種でもあります。
これらは評価されやすい半面、ストレスを外に出しにくい特徴も持ち合わせています。経理という、ミスが許されない部署で、こうした性質が際立つとどうなるでしょうか。静かな消耗が始まります。周囲もその消耗に気づきにくく、本人すらも自分の限界を自覚していなかったケースもあります。そしてある日突然、バタンと職場で倒れる、朝、目が覚めて起きようと思っても体が起き上がらない、など、心身の不調が顕在化することが起こります。デキる部下の心身の不調は、見えにくい、気付きにくいのです。デキる部下は、通常、問題を起こしません。上司と部下が自然に密にコミュニケーションをとる機会は「部下がミスをしたとき」「上司の意向が部下に伝わっていないとき」です。しかし、デキる部下は基本的にミスをしませんし、上司の意向も理解しています。だからデキる部下ほど「あ・うん」の呼吸で仕事ができてしまうので、上司との物理的なコミュニケーション機会が少なくなるのです。だからこそ、デキる部下に関しては問題が起きていることがあっても気づきにくいのです。上司の方々は、「デキる部下」にも他の部下と同じコミュニケーション時間をとることを意識していただき、デキる部下本人ですら無自覚のまま、必要以上の負荷で業務をしていないか、定期的にチェックをしてください。
次回は、なぜ“デキる上司”の正論が、デキる部下を追い込んでしまうのか。善意の言葉が生む圧力について掘り下げます。

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。