更新日:2026/03/24
「おかげ様で当社はここ数年黒字ではあるのですが、なぜか成長が頭打ちなのです」。
経営者や管理部門の責任者の方から、このようなご相談を受けることが増えました。売上は安定しており、利益も確保できている。資金繰りにも大きな問題はない。それにもかかわらず、どこか停滞感がある、という会社です。そこで組織を丁寧に見ていくと、ある共通点が浮かび上がります。それは、「優秀な人材が定期的にいなくなっている」という事実です。
そのような会社は、実務未経験者の社員が入社をし、上司のもとで順調に一通り業務を覚え、結果を出す。あるいは中途採用者が即戦力として組織に適応できるサポート環境が整っている。そのような育成の仕組みはできているのに、その仕組みによって結果を出した人たちの一部がしばらくすると休職・退職してしまうのです。それは現場部門に限らず経理部門でも同様の傾向がみられました。優秀な経理社員には、例えば次のような特徴が挙げられます。
このような「会社の数字を守れるエース人材」が、休職・退職をする表向きの理由はさまざまです。体調不良、家庭の事情、さらなるキャリアアップ…。しかし、その背景や実態、本音を丁寧に見ていくと、ある共通構造が見えてきます。それは「静かな疲弊」です。
経理という仕事は、華やかな表舞台に立つというタイプの業務ではありませんが、その責任は重いものです。いわば大きな建物の土台のような存在、役割です。土台が崩れたらどんなにきれいな外壁で高いキラキラした建物でも一気に崩れ落ちます。経理業務は締切が絶対ですし、最終的な成果物にはミスは一つも許されません。それだけではなく「会社のWEBバンクのパスワードを教えても大丈夫な人か」という人間性も問われる職種です。
たとえば、営業の仕事は、10回トライして1回受注できれば御の字、という「失敗して当たり前」の世界です。だから失敗しても次の案件で挽回するチャンスがあります。一方、経理の場合「10回トライして10回成功しなければいけない」という「失敗しないことが当たり前」の仕事です。もちろん営業と経理ではその1回の内容の重さを単純比較することはできません。経理の場合、その1回の比重は営業に比べたら重くはないかもしれません。その代わり「普通に回答すれば間違えることはないミニテストを100問連続正解する」という種類のプレッシャーがあります。そのため、多くの経理社員は、作業中には口を開かずに集中して作業をしていることでしょう。ぺちゃくちゃと口を開きながら作業をしていたら、どんなに簡単な処理でもケアレスミスをしてしまうからです。また、経理が最終チェックをした数字で、万が一、決算の誤りや重大な会計処理のミスが発覚した場合は、「単なる経理のミスでした」で終わらず、会社全体の信用を揺るがします。このような環境の中で経理社員として成果を出している人には、性格的な面で次のような特徴があります。
つまり、非常に誠実で責任感の強い方です。問題は、その誠実さがその人へ仕事の負荷を集中させてしまう点にあります。
上司というのは、部下が複数いた場合、物理的に優秀な部下よりも課題を抱えている部下に、どうしてもマネジメントの時間を割かなければいけません。進捗が遅れている人、ミスが多い人、報告が不足している人などにはフォローが必要だからです。これは全うなマネジメントの姿ではありますが、その結果、何が起こるかというと「問題を起こさない優秀な部下」に対しては、上司が割ける時間が極端に少なくなるという現象が起こります。そのため、優秀な部下が個人的に何か悩みや課題を抱えていても、上司が気付いてあげられなかったり、気付くのが遅れてしまったりすることが起きます。たとえば、引継ぎ作業においてもそうです。ある会社で、経理部内の担当者が退職をすることになった場合、次のような連鎖が起きがちです。
このように、優秀な経理社員は、常に周囲から「とりあえずあなたが一番しっかりしているから」「ほかの人だと心配だけどあなたがチェック、してくれるなら安心だから」「そもそも他の社員は自分の仕事で手一杯だから」と言われてさまざまな仕事を受けざるを得ない状況にさせられます。周囲も悪意はなく、純粋に頼れる、信頼できるからそうしてしまうので、本人も断り切れず引き受けてしまうのです。しかし、それが続くと、やがて過度な負荷へとなっていきます。
さらに、上司の「正し過ぎる言葉」が追い打ちをかけることがあります。優秀な部下が「ちょっと作業が多くて大変です…」と言って、上司から「ちょっと休もうか」「社内でできる人がいないなら外注でできる人を探して負荷を減らそうか」という言葉を期待していたところに、「君ならできるよ」「自分も若い頃は同じでしんどかったけど、そこも超えたら次の景色が見えるよ」と、突き放してしまう。もちろん上司は「良かれと思って」の言葉です。でも、これが逆に真面目で責任感の強い優秀な部下を追い込んでしまうのです。
「上司の期待に応えなければならない」
「弱音を吐いてはいけない」
「しんどいけれど、ここで立ち止まってはいられない」
「とにかく自分が頑張らないと」
このようにして、優秀な部下は無理を重ねていくのですが、上司は、手のかかる部下にかかりきりで優秀な部下の変調に気付かず、そして周囲の同僚も「〇〇さんは優秀だしメンタルも強いから大丈夫。それよりもまず私達は自分の仕事で手一杯だからね」と、良い意味で気にかけない。そのような状況が続いたある日、「実はもう限界でした」と前触れもなく優秀な社員が突然退職届を提出する。この時になって、上司や同僚は初めて、優秀な部下がそこまで追い込まれていたことに気づくのです。
このようにして優秀な経理人材が離脱すると、会社は次のようなリスクが生じます。
これらは確実に会社のモラルを侵食していきます。優秀な経理社員が潰れて休職・退職してしまわないためには、次のようなポイントを見誤らないことです。
これらを見誤ると、エースの経理社員から順番に職場を静かに離れていきます。本連載では、なぜ会社はデキる人ほど疲弊しやすい構造になりがちなのか、そして、どうすれば「“数字を守る人”を守れる会社」になれるのかをお伝えしていきます。

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。