今さら聞けない旬ワード「Well-being(ウェルビーイング)」
2024/06/28 10:00
新聞やニュース、ウェブサイトなどで当たり前のように使われているけれど、じつは正確な意味を知らない言葉。そんな「旬ワード」をご紹介するコラムです。今回は働き方改革やSDGsといった現代的なテーマとともに語られる機会が増えてきた、「Well-being(ウェルビーイング)」について解説します。
【問い】あなたは何を手に入れるために働いていますか?
【ヒント】昭和の時代には経済的豊かさでした
個人の身体的・精神的な健康のみならず、社会的にも良好な状態を表す普遍的な価値観
古くから存在しながら、時代の変化とともに脚光を浴びる言葉があります。ワークライフバランスやSDGsといったトレンドワードとともに目に触れる機会が増えてきた「Well-being(ウェルビーイング)」も、そのひとつかもしれません。
じつはこの言葉が初めて公で使われたのは、1946年にWHO(世界保健機関)が設立された時に、健康を定義した一文でした。その原文は
Health is a state of complete physical,mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
というもの。当時の厚生省(現厚生労働省)では、これを「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と訳しています。
ただし、「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態」というこの訳文は、原文のままで使われるようになった近年のウェルビーイングとは、少し意味合いが違っています。
1946年といえば、終戦の翌年のこと。国民は飢餓や貧困にあえぎ、衣食住のすべてに事欠いた時代です。疾病や病弱の存在しないことどころか、まずは最低限の食料や医療の提供という社会福祉を実現して国民の生命を守ることが、日本政府の仕事だったのでしょう。
しかし、それから70年余りが過ぎ、発展しつくした今日の日本では、世界でも有数の経済力と長寿を誇る国を実現させました。そして当然のように、ウェルビーイングの解釈や在り方も、変わってきたのです。
地域でも職場でもその人らしく快適に日々を過ごせる社会の在り方
「人はパンのみにて生くるものにあらず」という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。聖書に出てくるこの一節は、じつは「主の口から出るすべてのことばによって生きる」と続くのですが、解釈としては、「人は物質的な満足だけではなく、心が満たされることで初めて幸せになれる」というのが一般的です。
つまり身も心も満たされて幸福な状態こそ、ウェルビーイングな姿である、ということ。この場合、WHOの原文にある「social well-being」も社会的福祉という上から目線の翻訳文よりも、「社会の中で認められた状態」、ひいては「ありのままの自分でいられる居心地のいい状態」というのが近いでしょう。それこそが、今日的なウェルビーイングなのです。
高度経済成長に沸いていた昭和の時代には、日本人の幸福のロールモデルはシンプルでした。冷房もない満員電車にスシ詰めにされて会社に通い、遅くまでモーレツに働くサラリーマンたちは、退勤後にも飲み屋で上司や同僚とつきあい、会社は社員の働きに報いるために、社員旅行や運動会、保養所などを用意して、“同じカマの飯を食う”ことを通して団結力や愛社精神を培いました。
モーレツ社員がくつろげる平和な家庭を築くのは、ご近所全員が同じ会社に勤める社宅。そうして真面目に勤めるうちに、必ず給料は上がり、電化製品やマイカー、そしてマイホームも夢ではなくなったのです。
今の若者からは「やめてくれ~」と悲鳴が聞こえそうですよね。そう、現代の日本人には、そうした横並びの生き方ではなく、多様なライフスタイルを実現できる、柔軟な社会の在り方が求められているのです。
それを実現するための指標は、つねに世界で議論されてきました。昭和の時代までは、経済的な国の豊かさを示すGDP(国内総生産)がもっとも一般的でしたが、これは個々人の生活の豊かさや、なによりも生活の質を測る物差しにはなりません。
2012年に国連が世界幸福度報告を発行したのをきっかけに、毎年世界150以上の国と地域の幸福度が調べられるようになり、ウェルビーイングの新しい指標のひとつになりました。2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)で、目標3に「Good Health and Well-being(すべての人に健康と福祉を)」と定められたことも、改めてウェルビーイングとは、を考えるきっかけになっています。
日本でも、2021年に政府が発表した「成長戦略実行計画」において、「国民がWell-beingを実感できる社会の実現」と謳われて、久しぶりにこの言葉が脚光を浴びることになりました。もちろん、これはたんなる福祉政策ではなく、GDPによる画一的な経済一辺倒の視点でもありません。国民の満足度・生活の質を表す指標群が策定され、調査結果は「Well-beingダッシュボード」として2019年から毎年公開されています。
この中には「仕事と生活(ワークライフバランス)」の項もあり、実労働時間や年次有給休暇の取得率なども調査されていて、2019年に施行された働き方改革関連法案の成果をチェックする答え合わせにもなっています。
ウェルビーイング実現への取り組みは、企業にも求められています。LGBTQをふくむ多様な人材の個性を尊重しつつ能力を引き出し、コロナ禍によるテレワークの普及を始めとする多彩な働き方に対応できる組織や経営の在り方が問われているのです。いわゆるブラック企業が論外であることはもちろんのこと。すべての社員が幸福感を感じながら自分らしく働き、生き生きと暮らせる環境を提供することが、企業の大きな使命になったのです。
その実現には正解も完成もありません。家族の在り方がさまざまであるように、企業と社員の在り方もさまざま。でも家族の関係と同じように、互いを思いやり、尊重しあう姿勢から、すべては始まるのだと思います。
なお、PCA関係会社の株式会社ドリームホップでは、メンタルヘルス分野に課題を抱える企業様に最適なソリューションを提供しており、その一環としてウェルビーイング関連領域を含む、働く環境での幸福度とストレス状況についての心理的関係を分析する実証事業に取り組んでいます。ぜひご活用ください。
この記事の執筆者
横田 晃(よこた あきら)
ライター
アニメーション雑誌を皮切りに、自動車雑誌や男性誌の編集者として多くの新雑誌やヒット企画の立ち上げに参画。94 年に独立後も、芸能インタビューから政治経済まで、幅広いジャンルの企画・制作・執筆に携わる。
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