更新日:2025/03/12
新聞やニュース、ウェブサイトなどで当たり前のように使われているけれど、じつは正確な意味を知らない言葉。そんな「旬ワード」をご紹介するコラムです。今回は柔軟な働き方のひとつとして紹介される機会が増えてきた、「ギグワーク」について解説します。
最近、テレビCMで以前とは違うタイプの求人サイト/アプリの広告が増えているのに、お気づきでしょうか。「すぐ」や「短時間」、「誰でも」といったキャッチフレーズで募集されているのは、雇用者による面接などを経て決まったシフトに入る普通のパートやアルバイトとは違う働き方、すなわちギグワークです。
ギグ=GIGとは英語で、楽団などに所属しないミュージシャンによる、単発のライブ演奏を指すスラングです。もともとは水中で魚などを突く「ヤス」の意味で、ヤスで獲物を捕るという動詞としても使われることから、楽器ひとつでその場の観客の心をぐさりと突く、ミュージシャンの心意気をも表した言葉だったのでしょう。
それがワーク(WORK)、すなわち仕事と合体したギグワークは、ミュージシャンのゲリラ演奏よろしく、短い時間に単発で働くことを指します。アメリカでも2019年ごろから言われるようになった新しい言葉ですが、一説によれば今やそうした単発の仕事で働くギグワーカーは全労働者の約3分の1を占め、それによって成立するギグエコノミーと呼ばれる経済は、1兆ドルをはるかに越えるとも言われています。
それを可能としているのが、CMで見た求人サイトのようなマッチングアプリ。空いた時間に近くのおいしいレストランを探して予約までできるのと同じように、スマートフォンから気軽にアクセスして、近くですぐにできる仕事を見つけることができるというわけです。
仕事の内容は接客や皿洗いから荷物の配達、部屋の掃除や家具の組み立てなどの家事代行、引っ越しの手伝いにチラシなどのポスティングなど、さまざま。中でも日本でも知られてきたのは、レストランやカフェから注文品を家庭やオフィスに届けるUber Eatsや出前館などの配達業務と、海外ではUberの本業だが、日本では法規の関係でタクシー会社経由で運営されている、自家用車による客の有償運送(いわゆるライドシェア)でしょう。
それらが通常のパートや、スポットワークと呼ばれる単発のアルバイトと異なるのは、働き手が依頼主に雇用されるのではなく、限定された仕事を請け負う、業務委託の形を取ることです。Uber Eatsの配達員は誰かに雇用されているのではなく、自身が仕事を受けられる状態のときだけ、近くの飲食店からの配達依頼をアプリで受けて自分の自転車やバイクで仕事をします(なお、白ナンバーの自動車や125㏄を超える自動二輪車での配送業務は日本では法規違反)。他の仕事も同様に、働き手はアプリでマッチングされた仕事の現場に自身の責任で赴き、働いた分の報酬を、アプリの運営元(プラットフォーム)経由で受け取るシステムです。
業務委託の形を取る、と述べましたが、一般的な業務委託では、たとえばイラストレーターがカットを描いたり、プログラマーがシステムを組んだりといった、成果物の納品によってその対価としての報酬を受け取ります。しかし、ギグワークでは、あくまでも働いた時間や行為が商品で、成果の達成ノルマや納品の義務はありません。成果物で評価される仕事は、主に専門知識やスキルを持つフリーランスと呼ばれる働き手の仕事ということになります。
かつてはひとつの職場で勤めあげることが貴ばれていた日本でも、最近では転職が当たり前になり、就職という形を取らないフリーターも珍しくなくなりました。ギグワークもそうした変化から生まれた、新しい働き方と言えるでしょう。政府も「多様で柔軟な働き方」という言い方で、ギグワークをふくむ流動性の高い働き方を支持しています。
企業にとっては、仕事量の変化に応じて必要な人材を最小限のコストでタイムリーに確保でき、働き手にとっては、職場の人間関係や環境にしばられることなく、好きな時間と場所で働けるというわけです。
ただし、新しい、すなわちまだ成熟していない形態とも言えるわけで、依頼主にも働き手にも、トラブルのリスクはあります。短期単発という仕事は専門性をあまり問われない単純作業が多いですが、接客などでは働き手の能力や個性が依頼主のニーズに合致しないこともあるし、雇用という形態ではないために、業務遂行中の事故などの補償を働き手が依頼主に求められないといった問題も、実際に起きています。
「自由な働き方」というのは魅力的な響きですが、単発の仕事を転々とするギグワークだけでは、年齢が上がるほど同年代の正社員と同等の収入を得ることは難しくなると想定されます。
そうしてみると、ギグワークは会社員などが、副業として退勤後や休日に働くといったスタイルに向いているのかもしれません。PCの操作や語学力に秀でた人が、アフター5にITのインストラクターや通訳として働くとか、会計や法務、広報などのノウハウを持つ人がワンポイントでスタートアップ企業のお手伝いをするといった業態です。
これまでは、そうした専門性を持つ人材は派遣会社に登録や雇用されて、得意先に送り込まれるのが一般的でした。しかし、マッチングアプリを使ったギグワークなら、もっと柔軟に求める人と求められる人を結びつけて、互いに効率よくニーズを満たせるというわけです。
この場合も、働き手の信用や能力を担保する派遣会社などが間に入らないことは、依頼主が留意する必要があるでしょう。企業秘密などには容易にアクセスできないようにしておく必要があるし、依頼する業務を細分化するといった保秘の工夫もすべきかもしれません。
一方、ギグワークで能力を発揮した人材を依頼主の企業が正社員として迎えるといった、転職の面接代わりのような使い方も、これからは増えるかもしれません。
もともと仕事の内容で待遇が決まるジョブ型雇用が普及し、自己責任で転職しながらキャリアを積んでいくのが常識だった欧米では、ギグワークもその延長として受け入れやすかったのに対して、年功序列の終身雇用が長かった日本では、まだ試行錯誤の段階という気もします。
労働も“市場”である以上、やがては企業と働き手が、それぞれの価値に見合った条件で互いを選ぶようになるのでしょう。企業は力のある働き手に選ばれる魅力的な職場を作る努力をし、働き手はいつでもよりよい職場へとステップアップできる実力の涵養に努める。
ギグワークはそんな緊張感のある、けれど自由な働き方が実現される時代への、過渡期の働き方なのかもしれません。
アニメーション雑誌を皮切りに、自動車雑誌や男性誌の編集者として多くの新雑誌やヒット企画の立ち上げに参画。94 年に独立後も、芸能インタビューから政治経済まで、幅広いジャンルの企画・制作・執筆に携わる。