更新日:2026/10/23
経理部門は、会社の中で最も「静かな部署」の一つではないでしょうか。
営業部門のように成果が可視化されるわけでもなく、開発部門のように開発のプロセスで議論が活発に行われるわけでもありません。日々、数字と向き合い、黙々と経理処理を進める。周囲から見ると、淡々と安定して業務が回っているように見えます。しかし、その静けさの中に、見えにくいリスクが潜んでいることがあります。それが「経理担当者の孤立」です。
経理担当者が最も孤立しやすい職場は「経理への理解がない会社」です。たとえば、ある会社に転職したAさんは、入社早々驚きました。社長や営業社員などが領収書を持ってきて「これ、〇〇さんとの接待費だからよろしく」と言うのです。「何が“よろしく”なんですか?」と尋ねたら「何って領収書だよ。申請やっといてね」と去っていきました。その会社ではクラウドの経費精算ソフトが入ってはいるのですが、社長が「そんなのは経理がやればいいから」と、経理社員が社長や営業社員など全員のIDとパスワードを管理して、代行して領収書や一か月の移動費のリストなどを直接もらいながら経費精算ソフトに入力するルールになっていたのです。
そのためAさんは、社長に「私がやりたいとかやりたくないとかという問題ではなく、このようなやり方は内部統制上良くないので、きちんと現場から申請入力をするルールにしていただけませんか」と提案したそうです。しかし社長は「そんなの経理がやればいいじゃん。その分、営業には1件でも営業に行ってもらったほうがいいから」と聞く耳を持っていただけませんでした。後日周囲の人たちに聞いたら、Aさんの前任者も同じように社長や現場に提案したところ、現場から「あなたが面倒だからやりたくないだけでしょ」などと言われ、社長からも「会社のことに余計な口を挟まないように」と言われ、それが原因で辞めていったそうです。
このように、いくら会計ソフトが発達、進化しても、それを「正しく使わない」会社はあります。そのような会社に経理担当者が入社してしまった場合、経理担当者は「正しいことを言えば言うほど、社内で孤立していく」という現象が起こります。
また、Bさんが勤めていた会社では、社長が「これ、適当な名目で計上しておいて」と高額な領収書を持ってきてBさんに計上を依頼してくることがしょっちゅうだったそうです。当然、そのようなことは責任を負えませんので、「それは困るので社長がおっしゃった名目を入力します」と、都度押し返していたそうですが、ある日、社長が「うるさいなあ、経理は黙って処理してればいいんだよ!」と社内に響き渡る大声で怒鳴られ、それがきっかけで社長とも距離ができてしまい、会社にも居づらくなり、転職を決意したそうです。
このように、経理への理解がない会社、内部統制が整っていない会社などでは、経理は自動的に本来の経理の役割とは別に「嫌われ役」を担うことになります。そのような会社では、経理は感謝されるどころか「経理のくせに意見を言うなんて」「経理は何をやるにも文句を言ってきて皆の士気を下げる」など、さんざんな言われようです。おのずと、このような状況に陥った経理担当者の方達は、いち早く転職活動を始めて経理への理解がある会社、内部統制のしっかりした会社に「逃げ切れれば」いいのですが、逃げ切る前にメンタルをやられて潰れてしまうというケースもあります。特にこのようなケースは「一人経理担当者」の会社に多い、という特徴もあります。同じ業務に「二人(以上)いる」のと「一人しかいない」のとでは心理的に大きな違いがあります。二人いれば、二人で一緒に意見や提案も言えますし、片方にアクシデントがあればもう片方がサポートできます。そして片方の様子がおかしかったら、すぐもう片方の人が気付けます。一人経理担当者の場合、これらが全てできません。だから「潰れやすい」のです。
これらのケースはモラルの乏しい会社のケースですが、モラルのある会社でも、経理社員が孤立するケースはあります。この場合は「優秀な経理社員であればあるほど孤立しやすい」という特徴があります。
「あの経理社員は優秀だ」と皆さんが思う場合、それはその人に「〇〇がない」という特徴を多く備えていると思います。
つまり、営業のように「受注があった」という「ある」ことが成果ではなく、「今月もミスが1件もなかった」というように「ない」ということが優秀さを示す一つのバロメーターになります。そのため、営業部門などと比べて「成果が可視化されにくい」という特徴があります。それが何を引き起こすかというと「成果が出ていることが当たり前」という状況を生みます。経理社員が懸命に努力をした結果、あらゆるミスが「ない」という状況を作っているのに「経理なんだからミスしないのは当たり前でしょう」という認識に周囲が変わっていき、たまに1件でもミスしようものなら「経理は何をやっているの」とマイナス評価をされてしまう、ということも起こります。
そして経理は専門職ですから、他部署の方達に相談などをしようにも、まず経理用語の説明をしないと伝わらなかったり、また機密情報などもあるので、細かい相談や愚痴なども言いづらかったりする仕事でもあります。これらが積み重なっていくと「どうせ自分の大変さや頑張りを誰かに言ったところで理解してもらえない」と、自ら心に蓋をして孤立の道を選び、そのままメンタルを崩してしまう人もいます。
優秀な経理社員がメンタルを崩す予兆はあります。それは「ケアレスミスが何回か続いた時」です。メンタルが不調に陥った時、多くの人は頭が回らなくなり、計算能力や論理的な思考が低下します。「理屈では次に何の作業をやらなければいけないかわかっているのに、頭が働かない」という状態です。そしてそれを他人に恥ずかしくて言えません。そのため、普段まずミスをしないような経理社員が、ミスを2回以上したり、これまで期日を守れなかったことなど一度もなかった経理社員が期日を守れなかったりしたときは、「本人のメンタルに何かあるかもしれない」と察していただき、声掛けをしたり、面談をするなりしてケアしていただければと思います。
次回は、自分の過去の経理経験をどう部下に伝えるかについてお伝えします。

流創株式会社代表取締役
エイベックスなど数社で管理業務全般に従事し、サニーサイドアップでは経理部長として株式上場を達成。その後中国・深センでの駐在業務の後、独立。現在は利益改善、コンプライアンス改善、社風改善の社員研修、コンサルティング、講演、執筆活動などを行っている。著書に『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)、『社長になる人のための経理とお金のキホン』(日経BP 日本経済新聞出版)、他多数。