公開日:2024/11/22
2025年4月の高年齢者雇用安定法改正により、企業には『雇用を希望する65歳までの労働者』の雇用機会確保義務が強化されます。
本改正において「65歳定年が義務化されるのでは」という懸念もありますが、結論から言えば65歳定年が義務化されることはなく、継続雇用制度が変更されることとなります。
そんな中「自社ではどのように対応をすべきなのか」と戸惑いを感じられている企業担当者様もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では「65歳定年が義務化するのか」というよくある質問の答えや、2025年4月から改正される高年齢者雇用安定法の変更点をご紹介します。
企業側が今後行うべき対応や活用できる助成金・補助金制度についてもご紹介していますので、ぜひご参考にしてみてください。
結論から述べると、65歳定年は義務ではありません。
高年齢者雇用安定法では60歳未満の定年を禁止していますが、現行法では定年が60歳以上であれば問題ないとされています。
その代わり企業は60歳を超えた従業員が就労を希望する場合、65歳まで働けるよう雇用機会を提供する義務があります。
1. 定年を65歳まで引き上げる(定年の延長)
2. 65歳までの継続雇用制度を導入する(再雇用制度など)
3. 定年を廃止する
上記はいずれかを実施すればよく、「定年を必ず65歳に設定しなければならない」というわけではない点に注意が必要です。
たとえば企業が「継続雇用制度」を導入している場合、対象者にのみ再雇用制度などの継続雇用制度を適用すればよく、それ以外の従業員については定年を60歳としていても法的には問題ないとされています。
高年齢者雇用安定法とは、高齢者が安心して働き続けられるように「高年齢者の活躍できる環境の整備」および「雇用の安定」を図るための法律です。
日本では1971年に前身となる「中高年齢者雇用促進法」が制定され、1986年に名称が変更されました。その後社会の状況に合わせて複数回改正が行われ、直近では2021年に「改正高年齢者雇用安定法」が施行された経緯があります。
2021年4月以降における高年齢者雇用安定法では、主に以下の2つの規則を定めています。
【現行法(2021年4月以降)での高年齢者雇用安定法の概要】
①60歳未満の定年禁止 | 企業において定年を定める際、60歳以上にする必要がある |
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②65歳までの高年齢者雇用確保措置 |
定めている定年が65歳未満の場合は、以下のいずれかの高年齢者雇用確保措置を講じなければならない
|
上記の取り組みを実施せず、ハローワークからの度重なる指導にも関わらず改善が見られない企業には、勧告書が発行されます。勧告に従わない場合、企業名がハローワークによって公表される可能性があります。
日本では現状として少子高齢化による労働人口の不足が大きな課題となっています。そんな中、人手不足解消のカギとなるのが「働く意欲のある高年齢者」の存在です。
内閣府の調査(令和6年版高齢社会白書)によれば、60歳以上の高年齢者のうち「働けるうちはいつまでも収入を伴う仕事をしたい」と考える人の割合は20.6%です。
また現時点で収入を得ながら働いている高年齢者については36.7%が「働けるうちはいつまでも収入を伴う仕事をしたい」と考えており、現役で働く人ほど労働意欲が高いことが伺えます。
こうした現状を踏まえながら高年齢者雇用安定法の改正が行われており、直近では努力義務として「70歳までの就業機会の確保」というきまりが新設されました。
そして2025年4月以降は、働き続けたい高年齢者の雇用を継続するための規則へと改正が行われます。
2025年4月に施行される高年齢者雇用安定法の改正内容は、主に以下の2つです。
1.65歳までの雇用確保(継続雇用制度)の義務化
2.高年齢雇用継続給付の縮小(雇用保険法によるもの)
それぞれを詳しく見ていきましょう。
高年齢者雇用安定法では企業が定める定年が65歳未満の場合、「65歳までの定年引き上げ」「65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入」「定年制の廃止」の3つのうちいずれかの高年齢者雇用確保措置を講じなければならないと定められています。
このうち65歳までの継続雇用制度の導入については、労使で定めた対象者だけではなく『希望者全員へ実施すること』が義務化されます。
もともと現行法では、老齢年金(報酬比例部分)の支給開始年齢を段階的に引き上げることを条件とし、継続雇用制度の対象者を「労使協定を結んだ従業員」に限定できる経過措置がとられていました。
この経過措置は2025年3月31日までとなっており、2025年4月以降の改正後は継続雇用制度を実施する場合、希望者全員に雇用機会を確保しなければなりません。
ただし、これはあくまでも“継続雇用制度の改定”である点に注意が必要です。
3つの高年齢者雇用確保措置のうちいずれかを導入すればよいというルールは変わらず、「65歳までの定年延長が義務化する」ということでもありません。
また従業員が雇用を希望しない場合は、継続雇用制度の実施義務もありません。企業は「60〜65歳までの社員を全員雇用しなくてはならない」というわけではなく、あくまでも希望者にのみ義務が生じるという点をしっかり把握しておきましょう。
高年齢雇用継続給付とは、雇用保険法で定められた給付制度です。
年金支給までの雇用継続支援・収入の空白期間を生まないための制度として実施されてきた制度で、2025年4月からは現状の原則15%から原則10%へと支給率の引き下げが行われます。
高年齢雇用継続給付では被保険者期間が5年以上あり、定年後の賃金が定年前の75%未満である60〜65歳の労働者を対象としています。
現行法では対象者となった場合、支給対象月に支払われた賃金に対し原則15%が支給されます。
しかし高年齢者雇用安定法の改正で65歳以上の就業支援が進められている現状から、2025年4月以降は支給率が10%へと縮小されることとなりました。
なお現行法では70歳までの就業が努力義務となっていることも鑑みて、今後は段階的に廃止することも検討されています。
厚生労働省のデータ(※)によれば、高年齢者雇用確保措置を実施している企業は大企業・中小企業を合わせて99.9%と、ほとんどの企業が高年齢者雇用確保措置を実施済みであるとされています。
※参考:厚生労働省 令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果
一方「継続雇用制度の経過措置」を利用している企業も少ないながら存在しており、該当企業は今回の高年齢者雇用安定法改正で「希望者に対する65歳までの雇用確保」が義務となります。これにより雇用・賃金・社会保険関連の対応が必要になることが考えられるでしょう。
また高年齢者雇用安定法の改正のみならず、高年齢雇用継続給付の縮小も行われることから、高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業についても各種見直しが必要になることが予想されます。
高年齢者雇用安定法の改正において企業・人事が求められる対応として考えられるのは、以下の4点です。
高年齢者雇用安定法の改正に伴い、まず検討すべきなのが就業規則や労働条件の見直しです。
高年齢者の継続雇用に対応するため、定年制や継続雇用制度の明確化を行います。
定年の引き上げ、または再雇用制度等の継続雇用制度の導入や定年制廃止など、どの方法を採用するかを明確にし、就業規則に反映させましょう。
また改正後は希望する全従業員に対し、65歳までの雇用機会を確保する必要があるため、対象者や継続雇用の条件を具体的に規定します。
なお就業規則を改定した場合、所管の労働基準監督署へ届出が必要になります。手続きを忘れないよう注意しましょう。
60歳以降の労働条件や賃金設計についても再検討が必要になるケースが多くみられます。
年金の支給開始年齢の引き上げを考慮し、60歳以降の賃金が減少する場合には従業員の負担を軽減するための賃金制度の見直しや、社会保険料の抑制方法を検討しましょう。
短時間勤務制度や変形労働時間制度の導入を検討するなどの手法も有効です。
また、改定した就業規則や労働条件を従業員に周知することも重要です。社内説明会や文書による告知などを通じて、法改正やその影響について社員に十分な情報を提供しましょう。
賃金規定の見直しも検討すべき事項のひとつといえるでしょう。
高年齢雇用継続給付の縮小に伴って高年齢者従業員の収入が減少すれば、就労意欲の減少、モチベーションの低下が予想されます。
よってモチベーション維持の方法のひとつとして、高年齢者従業員の賃金規定を見直すことが重要であるといえます。現在は高年齢雇用継続給付を前提とした賃金規定を設けている企業も少なくありませんが、同制度の縮小(および将来的な廃止)を考慮し、早いうちから見直しを行うことをおすすめします。
また、年金の報酬比例部分の受給開始年齢は2013年から2025年にかけて段階的に引き上げられていますが、これにより賃金と年金のバランスを考えた給与設計の見直しが求められます。
特に60歳以降の賃金が下がる場合、企業は社会保険料を抑える方法や、従業員にとってメリットのある賃金制度を再検討することが重要です。
ちなみに厚生労働省では高年齢者を雇用する企業に対し「高年齢労働者処遇改善促進助成金」を提供しています。こちらは半月ごとに最大4回、2年間のみ利用できる助成金のため長期的な活用は難しいですが、転換期において助けとなってくれる可能性があります。これから賃金規定の見直しを行われる場合は、利用を検討してみるとよいでしょう。
65歳までの雇用機会を希望者全員に提供することが義務化されると、従業員が65歳未満であれば社会保険(健康保険や厚生年金保険)に引き続き加入する必要があります。
継続雇用制度を導入する場合は再雇用後の賃金が下がることが多く、保険料も影響を受ける可能性がある点に留意が必要です。
また従業員が65歳以上で働き続ける場合で年金受給資格である「払い込み期間の要件(10年)」を満たしている場合、国民年金の被保険者ではなくなり、年金受給資格を取得することになります。
ただし、企業と従業員が負担する厚生年金保険(※1)・健康保険(※2)・介護保険料については引き続き適用されます。介護保険については65歳を迎えた後から第1号被保険者となり、徴収方法が「支給される年金からの天引き」へ変更される点に留意が必要です。
※1:原則として70歳まで加入可
※2:75歳に到達した時点で資格喪失の手続きが必要(後期高齢者医療制度へ加入するため)
これら社会保険料に関する見直しについては手取りや将来の年金額に深く関わる事項のため、あらかじめ従業員に対し改正内容や見直しの詳細について説明・理解を深めておく必要があります。
また企業側は給与計算システムや社会保険の管理システムを最新の法規制に対応したものへアップデートするなどの対応も忘れずに行いましょう。
今後65歳以上の従業員を雇用する場合は、高年齢者の再就職援助措置の実施及び拡充を検討することも必要になる可能性が高いです。
高年齢者の再就職援助措置とは、再就職を希望する者に対し以下のような支援を行うことを指します。
・求職活動の経済的支援・提供
・求人の開拓
・求人情報の収集
・再就職のあっせん
・再就職のための教育訓練等の実施、受講のあっせん など
2021年の改正以降は原則として離職時に高年齢者である従業員を雇用している企業は再就職援助措置の実施が「努力義務」となっています。
しかしながら高年齢者の労働人口が増えつつある現状では、再就職援助措置の必要性が高まることが予測されます。
場合によっては今後の法改正で義務化される可能性もあるため、今後65歳以上の従業員を雇用する企業や雇用を検討している企業においては、早い段階から導入・拡充を行うことも検討されるとよいでしょう。
2025年4月からの高年齢者雇用安定法の改正により、企業は従業員が希望すれば65歳までの雇用を確保する義務があります。
具体的な雇用確保の方法としては「定年延長」「雇用延長」「再雇用」の3つの選択肢が用意されています。これらの方法を適切に導入すれば、企業は65歳までの高年齢者の雇用を確保し、労働力を維持することが可能です。
企業は自社の状況に合った方法を選択し、法改正に対応していくことが求められます。それぞれの方法について以下で詳しく解説します。
定年延長とは、現在の定年を引き上げて65歳まで雇用する方法です。
たとえば、60歳定年制の企業が定年を65歳に引き上げることで、全従業員が65歳まで引き続き働けるようになります。
この方法は一律に定年年齢を上げるため、全社員に平等な雇用機会を提供するメリットがあります。一方、企業にとっては賃金や福利厚生の見直しが必要となるため、コスト面の負担も考慮する必要があります。
雇用延長制度は、60歳で定年を迎えた社員に対して定年後も引き続き現在の雇用契約を延長する制度です。具体的には定年をそのまま維持しつつ、希望者に対しては現在の労働条件で働き続けることができるようにする方法です。
企業は給与や社会保険料の見直しなどを行いながら、現役社員としての雇用を延長するため、スムーズに雇用を継続できます。労働者のスキルや経験をそのまま活かすことができる点も大きな利点です。
一方で労働条件や給与面の見直しを行う際、労働者のモチベーション低下や合意形成が難しくなるなどの課題が生じる可能性もあります。トラブルを避けるには、企業と労働者それぞれの着地点を探りながら条件を調整し、合意を得る必要があります。
再雇用制度は、定年後に一度退職扱いとなった従業員を再度雇用する方法です。
企業は新たな雇用契約を締結し、労働条件や勤務形態を柔軟に調整することができます。
この制度は、定年前と比べて労働条件が変わることが多いため、労使間での合意形成が必要になります。企業としては人件費の調整が可能であり、従業員にとっても働きやすい条件を選べるメリットがあります。
高年齢者雇用安定法の改正、および今後のシニア従業員の雇用環境整備においてぜひ活用したいのが、高年齢者雇用に関連する助成金です。
現在、国では以下のような助成金・補助金制度が実施されています。
65歳超雇用推進助成金 |
高年齢者雇用確保措置を行う事業主に対して助成する制度。 ・高年齢者雇用確保措置の実施 ・雇用管理制度の整備等に係る措置 ・50歳〜定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換 などを行う事業主は、所定額の助成が受けられる。 ◼︎助成対象期間、助成額 内容に応じて異なる (例)60歳以上の被保険者数が10名の企業で定年の定めを廃止した場合、160万円が助成される。 |
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース) |
高年齢者等の就職困難者をハローワーク等の紹介により継続して雇用する労働者(雇用保険の一般被保険者)として雇い入れる事業主に対し、助成される制度。 ◼︎助成対象期間 1年(2期分で分割) ◼︎助成額 ・中小企業:40万円〜60万円 ・それ以外の企業:30万円〜50万円 |
高年齢労働者処遇促進助成金 |
60〜64歳までの高年齢労働者の処遇改善に向け、賃金規定等の増額改定に取り組む事業主が対象となる助成金。 ◼︎助成対象期間 支給対象期の第1期から第4期まで(6か月ごと)の最大4回(2年間) ◼︎助成額 条件を満たした事業主には高年齢雇用継続基本給付金の減少額の2/3(中小企業以外は1/2)を乗じた額が支給される。 |
高年齢者雇用安定法の改正により、65歳までの雇用確保が一層求められるようになります。
企業は法改正に備え、定年延長や再雇用制度の導入、定年の延長や廃止など適切な対応を進めることが重要です。また対応を進めるにあたって適宜助成金を活用すれば、負担を軽減しながら安定した高齢者雇用を実現する体制を整えられます。
シニア層の雇用確保等の対応には各種調整、変更、話し合いなどが生じるため手間や時間もかかります。
しかし、シニア従業員が長く働き続けられる環境を整えれば、人材不足の解消や従業員のモチベーションアップが期待できるのも事実です。
長い目で見れば企業にとってもメリットを得られる可能性が高いため、今のうちから早めに対策を進めていきましょう。