時間外・休日労働と割増賃金

2023/02/27 09:30

~2023年4月より、中小企業においても月60時間超時間外労働の割増率が50%以上になります~

長時間労働を抑制し労働者の健康と生活を守ることを目的として、2010年4月に労働基準法が改正施行されました。これにより一定の基準を満たす大企業は、1か月に60時間を超える時間外労働について従来の割増率(25%以上)よりも高い割増率(50%以上)で割増賃金を支払うこととなり、施行から既に12年以上が経過しています。
この制度の中小企業への適用は、経営に与える影響の大きさを鑑みて長く猶予されていましたが、2019年以降いわゆる「働き方改革関連法」が順次施行される中で、2023年4月より全ての事業所において適用されることとなります。

時間外労働の削減の必要を感じながらも、実際の対策については頭を抱えている方も多いのではないでしょうか。本稿では、割増賃金率の引き上げの概要、具体的な支給額がどのように変わるのか、会社において必要となる対応を確認していきたいと思います。

割増賃金率の変更への適正な対応のため、割増賃金の対象となる労働時間について、また、割増賃金率の内容を正しく理解しておきましょう。

1.時間外労働、休日労働とは?

一般的に、時間外労働は25%割増、休日労働は35%割増と認識されていますが、全ての時間外・休日労働がこの割増に該当するとは限りません。

例えば、1日の所定労働時間が7時間と定められている会社において週1日だけ1時間の残業を行ったという場合、労働基準法上は割増での計算が求められるものではありません(1時間分の通常の賃金の支払いは必要です)。また、土日を所定休日とし、うち日曜日を法定休日と定める会社で土曜出勤をした場合、休日労働には該当しません。ただし、月曜日から金曜日にかけて既に合計40時間の勤務を行っていた場合、労働時間が週40時間を超えることになりますので、土曜日の勤務は時間外労働の割増率にて計算を行うことになります。

2.割増賃金率:今回の改正事項

割増賃金率引き上げ後の計算の変化を見てみましょう。

【割増賃金の計算例】
基本給246,000円 年間所定休日119日、1日の所定労働時間8時間とした場合
1か月平均所定労働時間:(365日-119日)×8時間÷12か月=164時間
1時間当たりの賃金:246,000円÷164時間=1,500円

60時間を超えた15時間分の時間外手当の差額は、「33,750円-28,125円=5,625円」となり、引き上げ以前とは5,625円の差が生じます。このように、割増賃金率引き上げ後は、これまでと同じ時間外労働をしても時間外手当が増額になり、計算も複雑になります。

3.中小企業に求められる割増賃金率引き上げへの対応

割増賃金率引き上げの影響を最大限に抑えるためにも、社内の現状把握と事前準備が大切です。今回の改正の対象となる中小企業においては、次の対応を進めてください。

(1)適正な労働時間の把握

60時間を超えた時間外労働に対し、50%以上の割増賃金率による割増賃金を支払うこととします。もしも、1か月で60時間を超える時間外労働が深夜労働であれば、25%増の75%の割増賃金率で計算することとなります。正しい割増賃金を計算し、未払いを防ぐには時間外労働の実態を適正に把握できるようにしておくことが重要です。

(2)代替休暇の活用検討

代替休暇は、引上げ分の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇を付与することができる制度です。制度導入は義務ではありません。また、導入にあたっては労使協定を結ぶことや取得期限は2か月以内といった決まりがあります。

【注意点】
代替休暇の取得を従業員に義務付けることはできず、一人一人の従業員が実際に代替休暇を取得するかどうかは本人の意思次第です。
現在、時間外・休日労働には一定の上限が設けられており、時間外労働の45時間超は年6回まで、月100時間超と月平均80時間超の時間外・休日労働は禁止されています(一定の業種・業務に免除・猶予あり)。よって、割増賃金を抑えることを目的として代替休暇を導入しても、休暇に充てられる時間数には自ずと限界が出ることにもご注意ください。

(3)就業規則(賃金規定)の変更

割増賃金率の引き上げに合わせ、就業規則(賃金規定)の見直しも必要になります。

この他に60時間を超える時間外労働が深夜労働である場合や、代替休暇を定める場合も必要に応じて就業規則に追加する必要があります。早めに就業規則の規定をチェックし、見直しを行っておきましょう。

4.長時間労働の削減に向けて ~労働時間の把握、業務の見える化・効率化~

割増賃金の引き上げがそもそも何のために実施されるかといえば、長時間労働の是正にあります。時間外労働に対する割増賃金率の引き上げによる会社の人件費負担を軽減するためにも、そして従業員のライフワークバランスの改善のためにも、時間外労働を減らすことが大切です。最後に、長時間労働の削減に向けてどのような準備をしておく必要があるのかを解説します。

(1)勤怠管理の方法:勤怠システムの整備と適正化

現在の勤怠管理に問題はありませんか?
「残業は自己申告だから」だけで片付けてしまうことは危険です。時間外労働に関しては、これまで以上に厳しい目が向けられるようになりました。
働き方改革の観点からもより厳密に労働時間を管理することが大切ですので、勤怠システム導入と有効な活用について検討する機会です。例えば、勤怠システム内の労働時間に対するチェックの仕組みを活用することはいかがでしょうか。1か月の中で、段階的な時間外労働のアラームを設定し、基準値を超えた時点で、従業員本人とその上長へ報告し、残業抑制の指導を行うことも一つの方法です。

(2)労働時間の適正把握

勤怠管理のあり方を整理した上で、従業員の現状の労働時間が適正かどうかを確認しましょう。
業務内容の整理し、業務フローや担当者を確認します。従業員間で仕事量に偏りがある場合は是正へと取り組みましょう。従業員本人が自身の労働時間に意識的であることは必要ですが、上長はマネジメントとして労働時間を適切に管理し、過大な業務が一部の従業員に偏っていないかを確認します。
長時間労働と業務災害(労災)の関係を見ると、100時間超の時間外労働や恒常的な80時間超の時間外労働は脳・心臓疾患や精神障害における労災認定に直結する内容でありますから、大幅な時間外労働がある場合、その削減は急務です。

(3)業務の効率化

新たな機械・システムの導入や業務のマニュアル化などが考えられます。業務の効率化により、生産性の向上などの時間外労働削減以外のメリットもあります。しかし、一定の初期投資費用や継続的な維持費用が必要となるので、会社のビジョンや財務状況を考慮したうえでの取り組みとなります。
60時間超の時間外労働を行う従業員が多数いるという場合、業務の効率化で対応できる範囲なのか、新たな人材確保が必要となるのかの見極めも必要です。

(4)会社自体の意識改革:時間外労働の削減に向けて

日本企業においては、遅くまで働くことが「仕事熱心だ」「責任感が強く頑張っている」と評価される企業文化がまだまだ根強く残っています。まずは経営者層、管理者層が意識を変化させることにより、会社全体の時間外労働を是正していきましょう。上司が率先して定時退社することで部下が早く帰りやすくなる等、長時間労働が評価される風土を払しょくしていくことも大切です。
恒常化している時間外労働の要因を今一度見直し、会社全体の意識改革や業務効率化の仕組みづくりを検討してみてはいかがでしょうか。

おわりに

今回は、法定割増賃金率の引き上げについて確認しました。
中小企業にとっては、短期的に見ると人件費が増加する可能性が高く、ため息ばかりの内容に感じられるかもしれません。しかし、今回の改正は自社の労働時間の課題を見つめ直す良いチャンスですし、これを機に職場環境の改善に取り組み、一人一人の従業員が持つ技術・能力・経験を存分に発揮する場を築き上げることができれば、長期的には業績アップも見込めます。
長い目で見た対応を行うことが会社の成長につながることを信じ、まとめとします。


高志会から一言

「高志会」は、意欲と熱い気持ちを持った社会保険労務士の集まりです。メンバー全員が能力と収入をアップさせて、令和の時代を勝ち抜いていきます。「できる(社会保険労務士業務・コンサルティング)」は当然として、「しゃべれる(講座 ・ 講演)」、「書ける(本や雑誌の原稿)」の3拍子そろった社会保険労務士を目指して日夜、スキルアップに励んでいます。

この記事の執筆者

金光 由美子(かなみつ ゆみこ)

金光社会保険労務士事務所 代表
特定社会保険労務士
社労士「高志会」のメンバー

大学卒業後、財団法人や一般企業の総務人事を経て2012年に社会保険労務士試験に合格し、2013年に開業登録。手続全般、給与計算、就業規則策定等に幅広く関与し、中小企業の経営者と人事労務担当者のいつでも聞ける相談先として日々の業務に取り組んでいる。
共著「労働・社会保険の書式・手続 完全マニュアル」(日本法令)
【事務所HP】http://www.kanamitsu-sr.com/

この記事の監修者

秋山 幸子(あきやま ゆきこ)

あおぞら人事・労務サポート 代表
特定社会保険労務士
社労士「高志会」のメンバー

東京都三鷹市に開業して17年。労務相談を中心に手続き、給与計算、就業規則の整備、助成金申請など「関与企業様のニーズに沿ってきめ細かく」をモットーとしています。最近は勤怠管理、給与計算のシステム導入のサポートにも力を入れています。趣味はパンダ鑑賞&グッズ収集、阿波踊り、大相撲観戦。
著書「美容室の雇用と労務」(女性モード社)、「美容の経営プラン」連載監修、共著「労働・社会保険の書式・手続 完全マニュアル」「人事・労務ビジネスフォーム全書」(日本法令)
【事務所HP】https://aozora-sr.com