中小企業の皆さん!ハラスメント対策は十分でしょうか。

2021/09/01 02:00

■PSS会報誌 2021年 秋号(2021.09.01発行)に掲載された記事です。現在の情報とは異なる場合があります■

2020年6月より大企業に義務づけられたパワハラ防止法によるパワハラ防止措置が、2022年4月より中小企業にも義務づけられます。パワハラだけではなく、ハラスメント全般に対する知識、理解を深め、会社を守り、従業員とのトラブルを避けるよう、対策を練ることが大切です。

時代の変化による、常識や価値観の変化

以前は、会社のために、自分の出世のために、上司に何を言われようが、歯を食いしばって頑張りました。上司の夜の誘いは断らず、有給休暇をとらず、残業や休日出勤は当然、などと仕事を頑張りました。しかし、今は、転職が普通、会社のためではなく、自身のキャリアアップのため、プライベートを大事にし、リフレッシュするためにきちんと休みを取り、業務時間中に仕事を終わらせるようにする、など全員とは言いませんが、そんなスタイルの方が増えています。

ご自身の常識や価値観を変える必要はありませんが、相手の常識や価値観を否定せず、理解を示し、間違っていることがあれば正しい指導、教育を行うことが重要だと考えます。相手の人格を尊重し、間違いを正そう、育てようという認識があれば決してハラスメントにはなりません。とはいえ、部下に何を言っても「それってパワハラです」と言われ、萎縮してしまう方が多いと聞きます。これは、部下の上司に対する「ハラスメントハラスメント(ハラハラ)」にあたります。本稿ではハラスメントについて正しい知識、理解を得られるよう、そしてその対策について誌面の許す範囲でお話ししようと思います。

ハラスメントの影響

厚生労働省労働相談コーナーでの、民事上の個別労働紛争の相談件数が、平成22年度では「解雇」が60,000件あまりでトップでした。それに比べて、令和元年度のトップは「いじめ・嫌がらせ」が87,570件、対して「解雇」は34,561件となっています。おそらく昔から「いじめ・嫌がらせ」はありましたが、この数字をみても、近年「いじめ・嫌がらせ(ハラスメント)」を主張する方が増加しています。

会社としては従業員からハラスメントを主張されることで、職場の環境が悪くなり、生産性は下がり、他の方が辞めていく、情報が伝わり会社のイメージダウンにつながるなど悪い影響は避けられません。ハラスメントを主張する従業員にしても、ハラスメントをしたとされる従業員との関係について今まで通りにはいかなくなります。転勤や、部署異動など、物理的に離し、業務上の関わりを断たない限り、経験上表向きは解決したとしても、いずれどちらか、または両方が辞めていく、辞めない場合でも仕事の効率が落ちる、精神的に病んでしまうなど、良いことは一つもありません。こうしたことからも会社、従業員共々、ハラスメントが起こらない職場にするための対策が必要です。

ハラスメントとは

「男なら家庭より仕事が大事だろ」「女性なんだから珈琲入れて」昔はよく聞いたフレーズですが、今では「ジェンダーハラスメント(ジェンハラ)」です。男性だから、女性だからと性別で限定することは、男女平等の世の中で、役割を限定するという意味で NG です。ただし、体格の違う女性に無理矢理重い荷物を運ばせたりすることは、嫌がらせになりますので、そこは常識でお考えください。
また、昨今は「LGBTQ」と呼ばれる、法律上の性別と、自身が認識している性別が違う(性自認)、恋愛の感情を異性ではなく、または両性ともに抱く(性的指向)、社会的に性にとらわれない表現をする(性表現)という方々が現れています。こうした方々に対する偏見や嫌がらせについてもハラスメントとなります。

ハラスメントとは「他人に対して意図的にあるいは意図せずに不快感を与えたり困らせたりする言葉や態度のこと」です。次に「パワハラ」について具体的にお話しします。

パワーハラスメント(パワハラ)とは

パワハラ防止法によるパワハラの定義は「①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより ③その雇用する従業員の就業環境が害されること」とされています。

①優越的な関係
上司、部下といった上下関係だけでなく、例えばコンピューターなどに疎い上司や先輩に対して、専門用語や最新の IT 技術などで話しかける「テクノロジーハラスメント(テクハラ)」。職場の宴会の後、2次会のカラオケに行き、歌が苦手な同僚に無理矢理歌わせて、皆で笑いものにする「カラオケハラスメント(カラハラ)」など、必ずしも上司だけというわけでは無く、誰しもが「優越的な」関係になり得ます。

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
仕事を遂行するうえで、業務命令に対しての意見の相違や衝突すること、指示された仕事ができない、スケジュール通りに仕事が進まない、など日々の業務では普通の事です。そうしたことに対して、一方的に非難する、誹謗中傷するなど不適切な言動や、何度も執拗に責める、過去の出来事を持ち出し、さも今回も同じだと言うことなどは業務上必要でも無く、相当な範囲を超えていると言えます。

③その雇用する従業員の就業環境が害される
パワハラを受けた、または受けたと感じている当人のみならず、パワハラを見ていた他の従業員達も良い気持ちはしません。パワハラをしているかもしれない従業員は、多くの場合、パワハラをしている自覚が無く、その職場の就業環境はどんどん悪くなっていきます。

パワハラの6類型

日本では2000年初頭から「パワハラ」という言葉が使われていましたが、パワハラ防止法による指針により6類型に分類されましたので概略を記載します。

◇ 暴行・傷害(身体的な攻撃)
相手の身体に手を出したら立派な犯罪です。その手前で、怒鳴る、机をたたく、威嚇して物を蹴るなどの行為です。上司が注意する、規定に基づいて対応するなど、その行為を見つけたときには即座に対処しないといけません。

◇ 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
相手の人格を否定する行為です。些細なミスを大勢の前で説教する、謝罪させることなどは、精神的苦痛を与えることになります。説教するときはもちろんそうですが、大勢の前ではなく、本人を別室に呼び、説明し、指導・教育することが大切です。

◇ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
人数が少ない職場では、社員は全員見知っている場合が多いかと思います。その中で情報を共有されない、無視されるのは耐えられるものではありません。本人や気づいた誰かが、解決のための働きかけができる環境が必要ではないでしょうか。

◇ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことへの強制・仕事の妨害(過大な要求)
他の部署に比べて残業が少ないので、わざわざ休日出勤を命じ、事務所の掃除をさせたという話を聞きましたが、必要なことでしょうか。また、営業ノルマを課すことは理解できますが、常識的・物理的に見て理不尽なものであればパワハラに該当する可能性があります。背伸びをすれば可能な目標設定にすることで、本人のやる気が出て、実現可能に近づき会社にとっても有益となります。

◇ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
中途で採用したところ、期待していた成果が得られなかったため、担当のプロジェクトを外し、簡単な業務を命じた場合、採用のミスマッチとはいえ、嫌がらせと思われることになります。また、経験を積んできた従業員に対しての同様の扱いについてなど、その配置、処遇、業務命令が適切かどうか、少ない人数で効率良く仕事をすすめる必要がある中小企業においては、よく考える必要があります。

◇ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
家族関係、交友関係、休日の予定など、プライベートなことをしつこく聞く、またそれに対する言動は、パワハラのみならず、いろいろなハラスメントに抵触します。あくまでも会社では業務上のお付き合いですから、節度を守って対応しなければなりません。

中小企業に義務化されるパワハラ防止措置

パワハラ防止措置の具体的な内容は以下の通りです。

◇ 会社(事業主)によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知・啓発
①トップの強いメッセージ
職場からハラスメントをなくす!という、社長や役員や上司の強い思いを従業員に伝えること。

②現状把握が大事
普段から面談を行う、アンケート調査を行う、など職場の状況を把握すること。

③万が一起きてしまった時の対応について規定し、周知をする
就業規則等に防止措置などを規定し、さらに懲戒規定にハラスメントの罰則規定を設け、周知徹底すること。

◇ 苦情などの相談に応じ、適切な対処のための相談体制の整備
①苦情・相談窓口の設置
一般的には総務部などが窓口になることが多いのですが、人数的に組織だっていない企業の場合は、社長や役員が務めることが多いのが現状です。当事者同士と普段から接しているため、なかなか難しいところがあります。ここでは冷静に公平な観点から話を聞くことが必要となります。

②外部の苦情・相談窓口
筆者は、関与先の苦情・相談窓口業務を請け負っています。
「社内の人に相談できないときは連絡するように」と社長は従業員に伝えています。費用の面はあるかとは思いますが、外部の相談窓口利用は検討に値します。

③相談を受けた後の対応
相談を受けた時は、まずは反論などすることなく、話を聞いてください。「あなたにも問題があったんじゃない」などと言うのはNGです。その後は、改めて関係者にヒアリングをして、客観的事実(メモやメール、録音など)を確認して、事実認定を行います。事実が確認できない場合は、その理由をきちんと説明し、事実があったと判断した場合には、処遇等を決定します。あまり長引くと会社に対する不信感につながりますので、ご注意ください。

◇ 再発防止等の対策
①パワハラを受けた従業員へのケア
最初は精神的なケアなど、職場に復帰出来るようにします。その後でヒアリングや事実認定の際に仕事の進め方などで問題があれば、指導し改善を求めるなど、一方的ではない対処が必要です。職種変更や部署異動ができずに、パワハラの行為者と同じ職場で働き続ける場合は、両者が和解できるように話合いの場などを設けることなどを検討してください。

②パワハラを行った従業員へのケア
パワハラの事実を認めたがらないケースがありますが、きちんと説明し、納得してもらわないと再発防止になりません。次の教育、研修をしっかり受講させ、二度とハラスメント行為を行わないように指導します。

③教育・研修
再発防止策だけではなく、起きる前から教育・研修を行うことをお薦めします。起きてしまうと正直なところ、今まで述べてきたように、たいへん面倒な事態となります。あらかじめ、予防策として社長、役員、従業員の皆さんには、研修などを通して正しい知識を得て頂きたいと思います。

④円滑なコミュニケーション
一番難しいところではありますが、信頼関係が築けていれば多少のことは乗り越えられるだろう、言わなくても分かるだろう、は今ではなかなか通用しませんのでお互いに積極的にコミュニケーションをはかることが必要かと思います。

最後に

誌面の都合によりご紹介できませんでしたが、昔から指摘されている「セクシュアルハラスメント(セクハラ)」や近年話題の「マタニティハラスメント(マタハラ)」など、ハラスメントの起きる職場は、企業の価値を下げ、従業員のモチベーションを下げることになります。会社(事業主)と従業員が一体となって、効率化を図り、生産性を上げていくためには、早急にハラスメント防止のための対策を構築する必要があります。
会社(事業主)、上司、従業員とのコミュニケーションをとり、ハラスメントを起こさない職場にするべく、本稿が少しでもお役にたてれば幸いです。


高志会から一言

「高志会」は、意欲と熱い気持ちを持った社会保険労務士の集まりです。メンバー全員が能力と収入をアップさせて、令和の時代を勝ち抜いていきます。「できる(社会保険労務士業務・コンサルティング)」は当然として、「しゃべれる(講座 ・ 講演)」、「書ける(本や雑誌の原稿)」の3拍子そろった社会保険労務士を目指して日夜、スキルアップに励んでいます。

この記事の執筆者

尾関 真(おぜき しん)

社労士「高志会」のメンバー
特定社会保険労務士

1浪2留で大学を卒業後、アルバイト先の IT ベンチャー企業に就職する。生放送のスポーツ中継の運用、ソフトウエア開発、企画営業、システム構築、経営に携わるが、訳あって退職する。
平成20年オゼキ人事労務オフィスを設立し開業。足立・荒川支部所属。
中小零細企業のお手伝いをする応援団、身近な相談相手を心がけ、現在に至る。

この記事の監修者

橋本 敬司(はしもと けいじ)

社労士「高志会」のメンバー
社会保険労務士

大学卒業後に社労士事務所勤務 平成元年開業
平成28年 社会保険労務士法人CANAL設立 代表社員
現在千代田支部に所属
東京会危機管理委員会委員長
支部行政担当副支部長
野球同好会(東京会大会2018・2019年優勝)監督