ただの移動の足じゃない!
おもしろ系鉄道の旅「黒部峡谷トロッコ電車」

2024/06/28 10:00

最新の高速列車であっという間に目的地に到着する旅は快適ですが、窓ガラスもドアもないトロッコ客車でごとごとと絶景の中を行く観光鉄道には、非日常のワクワク感が満ちています。北アルプスの懐を縫うように流れる黒部川に沿って、深いV字谷へと分け入る黒部峡谷鉄道で、大自然に抱かれる感覚を味わってみてはいかがでしょう。

水力発電所の建設資材運搬軌道が起源の観光鉄道

富山地方鉄道の宇奈月温泉駅と接続する宇奈月駅を起点に、欅平駅までの20.1kmを結ぶ黒部峡谷鉄道の本線は、JRや私鉄の幹線よりもレールの間隔が狭い(JRの1067㎜に対して、762㎜)、日本では珍しいナローゲージや軽便鉄道と呼ばれる路線です。頭上に架線を張って電化されていますが、流れている直流の電圧は一般的なJRなどが1500Ⅴなのに対して600V。車両の長さや幅、トンネルの断面まで、何から何までミニチュアのような、かわいらしい作りです。

しかしその走行ルートはダイナミック。中部山岳国立公園にふくまれる北アルプスの鷲羽岳から日本海まで、約3000ⅿの標高差を駆け下る黒部川が、長い時間をかけて岩盤に刻んだ切り立つ深い谷を、ある時は高い鉄橋から見下ろし、またある時には岩壁にへばりつくように、慎重な足取りで遡っていきます。

四季折々の絶景の中を、電気機関車に引かれた開放的なトロッコ客車がごとごとと走る。

宇奈月から欅平までの所要時間は、約1時間20分。春には新緑と峡谷に残る残雪のコントラストが、夏には峡谷美や温泉が、そして秋には全山を染め抜く美しい紅葉が迎えてくれます。ただし、毎年12月から4月上旬までは、全線が深い雪に覆われて運休という事実も、ただ美しいだけではない、この地の自然環境の厳しさをうかがわせます。

もともとこの鉄道は、黒部川の豊富な水資源を活用した水力発電所建設のため、山中への資材運搬用に大正末期から昭和12(1937)年にかけて敷設されました。本来は一般客を乗せない業務用の軌道でしたが、当初から作業員を運ぶためのトロッコに地域の人たちを無料で便乗させていました。やがて登山客などの観光客も有料で乗せるようになりましたが、当時は切符代わりの便乗証に「安全は保証しません」と書かれていたそうです。

ダムや発電所の完成後、軌道の運営を引き継いだ関西電力株式会社が昭和28(1953)年に地方鉄道業法の許可を得て、正式に旅客営業を開始。昭和46(1971)年からは鉄道専業の黒部峡谷鉄道株式会社が設立されて運行を担い、記録のある昭和49(1974)年以来、令和5(2023)年までに、約2248万人もの人々を乗せました。

通常は一日11往復運行される列車は、トロッコ電車の名前通り、電気機関車にけん引される13両全車が簡単な屋根だけの開放的なBB編成と、13両中6両をリラックス客車(追加料金600円/1回が必要)と呼ぶ、窓やドアのある一般的な客車としたBR編成の、2タイプ5編成。オープンタイプの車両は雨が降れば濡れるし、標高が高いため天候によっては夏場でも防寒着が欲しくなることもありますが、四季折々の雄大な絶景を間近に感じられる臨場感と、まるで遊園地の乗り物のような非日常感はピカイチです。

普通客車は簡単な屋根があるだけの開放的な構造。見晴らしは抜群だが、雨天時は雨具の着用が推奨されている。

繁忙期でも当日券での着席乗車は可能ですが、紅葉が見ごろとなる10月下旬から11月中旬ごろは、乗車の3か月前から可能な予約がお勧め。2024年1月の能登半島地震で橋が落石被害にあったため、残念ながら2024年シーズンは途中の猫又駅までの折り返し運転の見込みですが、それでも絶景は存分に味わえます。

コロナ禍では大幅にダウンした乗車率も順調に回復し、海外からのインバウンド観光客も2023年度には約14%を占めるなど、沿線の圧倒的な大自然が世界の人々を魅了しています。新幹線の開業と延伸で首都圏からも関西圏からも身近になった北陸地方を旅するなら、ぜひ訪れたい目的地の筆頭になることでしょう。

宇奈月駅で販売されているオリジナルのお弁当を車内で楽しむこともできる。
宇奈月駅の売店では、トロッコ電車のチョロQやお箸などのノベルティも販売されている。

黒部峡谷鉄道トロッコ電車公式サイト

写真提供・黒部峡谷鉄道株式会社

この記事の執筆者

横田 晃(よこた あきら)

ライター

アニメーション雑誌を皮切りに、自動車雑誌や男性誌の編集者として多くの新雑誌やヒット企画の立ち上げに参画。94 年に独立後も、芸能インタビューから政治経済まで、幅広いジャンルの企画・制作・執筆に携わる。